第53話 ユートvsアスタ
「お兄様、頑張ってください!」
リナが健気に声援を送ってくれる。これは元気が湧いてくるな。だけど特に頑張る必要もないだろう。
「ねえサーシャ、本当に大丈夫なの? アスタは馬鹿だけど実力は確かだし、まともに戦って無事で済む相手じゃないと思うけど……」
「なんだセレナ、ユートの身を案じているのか?」
「なっ!? だ、誰があんな変態のことなんか!! 私はただ状況を分析してるだけよ!!」
「ま、よく見ておくことだ。変た――ユートは強いぞ」
セレナとサーシャの会話が聞こえてくる。サーシャも僕のこと変態って呼ぼうとしなかった?
「さーて。女の子が四人も見てる前だし、ここはカッコいいところを見せねーとな。悪いがテメーにはオレ様の好感度アップの踏み台になってもらうぜ!」
威勢よく宣言するアスタ。果たしてどちらが踏み台になるのやら。
「それでは勝負、始め!」
サーシャの合図により、僕とアスタの決闘がスタートした。
「早速飛ばすぜ!! 呪文【電撃祭】!!」
アスタの身体が電気を纏う。さっきスーとの訓練の時に見せた呪文だな。一般的に人間が所持できる呪文はせいぜい一つか二つ。僕の勘ではアスタの所持呪文は【電撃祭】の一つだけだろう。
「〝雷撃弾〟!!」
すかさずアスタは右手の人差し指の先から電気の塊を放った。僕は敢えてその場から一歩も動かず、アスタの攻撃を真正面から受けることにした。〝雷撃弾〟は僕の身体に直撃し、周囲に爆風が巻き起こった。
「どうだ!! オレ様の〝雷撃弾〟の味……は……?」
平然と立っている僕を見て、アスタはポカンと口を開ける。当然今のはノーダメージである。
「……はは、どうやら外しちまったみてーだな。悪運の強い野郎だ。ならば!」
アスタは両手の人差し指を僕に向ける。
「〝W雷撃弾〟!!」
二発の電気の塊が時間差で放たれる。今度も僕は一歩も動かず、二発の〝雷撃弾〟が僕の身体に炸裂した。
「っしゃあ! 今度こそ直撃だぜ……ってはあ!?」
またしても平然と立っている僕を、アスタは信じられない顔で見つめる。もちろん僕のHPに変動はない。僕は服についた土埃を軽く手で払った。
「おいおいどうなってんだ!? なんでオレの攻撃が当たらねーんだよ!?」
「いや、ちゃんと直撃してるぞ。最初の〝雷撃弾〟も、さっきの〝W雷撃弾〟も」
「はあ!? いやそんなわけねーだろ! オレの〝雷撃弾〟は大人でも一発で気絶するほどの威力だぞ! 直撃してまともに立っていられるはずがねえ!」
早くも動揺を見せるアスタ。この程度の攻撃ではDEF99999の僕には傷一つ負わせることもできないだろう。
「あっ! さてはこっそり変な呪文を使いやがったな!? 一体何の呪文だ!?」
「……呪文なんて使ってない。僕は一つも呪文を所持してないからな」
「な、なにいいいいい!? 本当なのかサーシャ!?」
「……本当だ」
サーシャも話を合わせてくれた。もし呪文を使ったら【変身】が解けて僕が覇王であることがバレてしまうからな。呪文は一つも持ってないことにしておいた方が都合が良い。所詮相手はただの人間、呪文を使うまでもないだろう。
「くっ……!! だったらテメーが倒れるまで攻撃をぶち込むだけだ!! 〝雷撃連弾〟!!」
アスタが次々と〝雷撃弾〟を放ってくる。その内いくつかが僕の身体に直撃するが、やはり僕にダメージを与えるには至らない。
「くそっ、すました顔しやがって。むかつくぜ……!!」
するとアスタは徒競走のスタート前のような体勢をとった。
「テメーに生半可な攻撃が通用しないことはよく分かった。ならこれでどうだ!!」
アスタの身体を纏う電気が更に激しさを増す。直後、アスタはフッと姿を消し、一瞬で僕との距離を詰めた。
「〝雷撃拳〟!!」
そのスピードを維持したまま、アスタが僕に拳を突き出してきた。しかし――
「なっ!?」
驚愕するアスタ。僕の身体にアスタの拳が届く前に、僕はそれを片手で受け止めたのだった。そのまま僕はアスタの身体を遠くに投げ飛ばした。
「どわっとっと!」
なんとかアスタは着地に成功し、コート内に踏み止まった。もうちょっと強く投げ飛ばすべきだったか。やはりまだ力の調整に慣れていないようだ。
「あ、危ねえ危ねえ。〝雷撃拳〟のスピードに対応するとか、何者だよテメエ……」
アスタの頬を汗が伝う。やがてアスタは不敵に微笑んだ。
「こうなったらもう容赦はしねえ。殺すつもりでやってやる!!」
アスタは右手を頭上に掲げる。そして右手の上に電気の塊が生成され、それは徐々に膨らんでいくのが分かった。
「おおっ……!?」
思わず僕は声を発した。なんとアスタが生成した電気の塊は半径十メートルほどにまで成長したのである。
「必殺!! 〝雷撃膨張爆発〟!!」
その巨大な電気の塊が僕に向かって放たれる。避ける時間も場所もなくそれは僕の身体に直撃し、ダイナマイトのような爆発が巻き起こった。
「ちょ、ちょっとアスタやりすぎよ!! 本当に殺しちゃったらどうすんのよ!!」
「心配すんなセレナ。〝雷撃弾〟でビクともしねーような奴だし、せいぜい気絶くらいだろ。なんにせよこれでオレの勝ち――」
途中でアスタの言葉が止まった。僕が未だに倒れていないことに気付いたからだろう。
「ゲホッ、ゴホッ」
HP9999999979/9999999999
僕は軽く咳き込みながら自分のHPを確認してみる。
まさかこの僕が人間にダメージを与えられるとは。しかも七星天使のウリエルの最期の攻撃に相当するダメージ量だし、なかなか大したものだ。サーシャがアスタ達について「下級天使を倒せるくらいの力は備えている」と言っていたのは本当みたいだな。
「ば……化け物かよ……」
「よく言われる」
アスタの顔はすっかり青ざめていた。もう戦意も消失したようだし、そろそろ決着をつけるとしよう。
僕は拳を強く握りしめ、地面に向けて振り下ろした。
「〝破滅一撃〟!!」
僕の拳が地面に炸裂する。同時に地下訓練場全体が地震でも起きたかのように大きく揺れた。
あ、ちなみにこの技名はたった今考えついたものです。ただ地面を叩くだけじゃ味気ないと思って叫んでみたけど、やっぱり恥ずかしいなこれ。
「うおおっ!?」
「きゃあっ!」
この揺れでアスタや見学していた女の子達の足下が不安定になる。その隙に僕はアスタの背後に回り込み――アスタに足払いをかけた。
「どわあっ!?」
盛大にズッコケるアスタ。直後に僕が引き起こした揺れも収まった。
「足以外のどこかが地面についた方が負け……だったよな?」
地面に這いつくばるアスタを見下ろしながら僕は言う。こうして僕とアスタの不毛な戦いは幕を下ろしたのだった。




