第49話 セアルとキエル
人間領の南方面にて。ここでは七星天使のリーダー、セアルが町の中心で堂々と魂狩りを行っていた。
「無駄な抵抗はよせ。大人しくしていれば余計な痛みを感じずに済む」
セアルの目の前では全身傷だらけの男性が地面に這いつくばっていた。
「誰か……誰か助けてくれ……!!」
男性は声を振り絞って助けを求める。だが町の人々はそのすぐ近くを歩いているにもかかわらず、誰も男性に手を差し伸べようとはしなかった。
「なんでだよ……どうして誰も俺に気付いてくれないんだ……!!」
「ワシの【認識遮断】の効力じゃ。この呪文によって今のお前は誰からも認識されない状態にある。よってお前の叫びが人々に届くことはない」
「そん……な……!!」
セアルは【魂吸収】を発動し、紋章を出現させる。
「嫌だ……嫌だあああああ……!!」
男性の身体から魂が抽出される。セアルは辛そうな表情で静かに目を閉じた。
「……悪く思うな。覇王を亡き者にしなければ、いずれ人間は滅ぼされる。世界平和の為の礎となってくれ」
黙祷を終えたセアルは次の標的を求めて町の大通りを進む。すると今度は一人の若い女性に目が止まった。
「……あの女にするか」
次の標的を定めたセアルは、女性に向かって右手をかざす。
「!」
するとセアルの視界にその女性と手を繋いで歩く男の子の姿が目に入った。ソフトクリームを食べながら、とても楽しげに女性と喋っている。
「…………」
そんな幸せそうな親子を見て、セアルは静かに右腕を下ろした。親子はセアルの存在に気付くこともなく、その横を通り過ぎていった。
「……ダメだな、ワシは。まだ非情になりきれていない。こういう時だけはガブリの奴が羨ましい」
自分の半端な覚悟を嘆くようにセアルは呟いた。
「ん?」
その時セアルは一人の男に目が止まった。それはティシュ配りのバイトをしているキエルだった。
「……あいつめ、こんな所にいたのか」
キエルは大通りを行き交う人々にポケットティシュを差し出しているが、誰もそれを受け取ろうとしなかった。
「見ろよ、めっちゃ筋肉質のおっさんがティッシュを配ってるぞ」
「どう見ても肉体労働の方が向いてるだろうに、なんでティッシュ配りなんだ」
「あんなおっさんからティッシュを差し出されても絶対ビビッて受け取れないよな」
「お前貰ってやれよ。なんか見ていて可哀想だぞ」
「嫌だよなんで俺が! 殺されたらどうするんだよ!」
周囲の人々からはこんなことを言われる始末。セアルは呆れたように溜息をつき、キエルの所まで歩いていく。
「七星天使ともあろう者が地上でティシュ配りのバイトとは、随分と良いご身分じゃなキエルよ」
キエルはティッシュ配りを中断し、セアルの方に顔を向ける。
「……誰かと思えばセアルか。こんな所で会うとは奇遇だな。しかし悪いが今の俺は戦場に身を置く一人の戦士。邪魔をしないでもらえウグッ!」
セアルはキエルの腹に拳を叩き込んだ。キエルは左手で腹を押さえる。
「……何をするセアル」
「何をするではない!! 立て続けにワシの念話を無視しおって!! お前には七星天使としての自覚はあるのか!?」
できそこないの子供に説教するようにセアルが怒鳴る。しかしキエルはあくまで平然としている。
「もちろんある。しかし俺は七星天使であると同時に戦場を生きる戦士でもある。この戦いは俺が生きていく上での必要不可欠な――」
「あー分かった分かった。お前のバイトに対する情熱は聞き飽きた」
「そうか。ならばこれを受け取るがいい」
キエルはセアルにティッシュを差し出す。セアルは無言のチョップでそれを地面に叩き落とした。
「……どういうつもりだセアル」
「それはこっちの台詞じゃ。ワシはこんな物を貰う為に地上に降りてきたのではない。渡すならせめて食い物にしろ」
キエルは少し悲しげにティッシュを拾い上げる。
「では何の為に地上へ来た?」
「人間の魂を狩る為じゃ。ミカとガブリにも別の地域で魂を狩らせている」
「……やはりその事件はお前達の所業だったか。何故そんなことをしている」
「覇王を抹殺する為じゃ」
「!」
キエルの肩がピクリと動いた。
「もはや覇王を殺すには『幻獣の門』の封印を解く以外に方法はない。その封印を解くには最低でも1000の人間の魂が必要じゃからな」
「……そういうことか」
少し驚きつつも、キエルは小さく口角を上げた。
「まさか理由がアイツの抹殺だったとはな……。まったく奇特な運命だ」
「アイツ? まるで直接会ったことがあるかのような口ぶりじゃな」
「そんなわけないだろう。俺はずっとこの人間領でバイトをしていたのだからな」
もちろんこれはキエルの嘘だった。セアルは疑うようにキエルを見る。
「……まあいいじゃろう。それよりキエル、お前も魂狩りを手伝え。目標の1000に到達するまでまだ時間が掛かりそうじゃからな」
「断る。罪なき人間を手にかけるなど俺の騎士道精神に反する。たとえリーダーの命令であっても聞くつもりはない」
即答するキエルを見て、セアルは小さく息をついた。
「そう言うと思ったわ。昔からお前は頑固じゃったからな。いくらワシが言っても考えを変える気なんてないんじゃろう」
「流石は俺の幼馴染み。よく分かってるじゃないか」
「ぬかせ」
セアルは苦笑いをこぼし、キエルに背を向ける。
「まあいい、引き続き魂狩りは三人で行うとしよう。ただし邪魔だけはするなよ」
「分かってる。俺もお前のやることにとやかく言うつもりはない」
「……それと、もう一つ」
少し間を置いた後、セアルは口を開いた。
「もしワシの身に何かあった時は……。後のことは頼んだぞ、キエル」
「……ああ」
セアルは静かに歩き出し、キエルのもとから去っていった。
「……さて、ミカとガブリの進捗も気になるところじゃな。久々に連絡してみるか」
セアルは念話を使い、まずはミカに連絡してみる。
「ミカ、ワシじゃ。魂狩りは順調か?」
『うん、そこそこ……。ゲホッ、ゴホッ!』
「!? どうしたミカ!? 誰かにやられたのか!?」
明らかにミカの異変が伝わり、セアルは動揺する。
『大……丈夫……ただのお菓子不足……。ゴホッ、カハッ!』
「どう考えても大丈夫な声じゃないだろう……!! 今どこにいる!? すぐに向かう!!」
セアルは魂狩りを一時中断し、【瞬間移動】でミカのいる人間領の東方面に飛んだ。




