第48話 児童養護施設
「随分とデカいな……」
「ですね……」
サーシャのアジトを見て僕とリナは驚いた。そこには一般高校の校舎くらいはありそうな建物が堂々と建っていたのである。もっとこじんまりとした秘密基地っぽい所を想像してた。
「驚いたか? このアジトはとある大富豪の別荘を改築したものでな。所有者から奪っ――快く譲ってもらったんだ」
「今奪ったって言いかけなかったか?」
「……ま、私の所持呪文は人の弱味を握ることに関しては最強だからな。長年誰も住んでいなかったようだし、私達に使ってもらった方がこの建物も喜ぶだろう」
サーシャがニヤリと笑う。めっちゃ悪い顔だ。
「それとアジトに入る前に一つ頼みだが、ユートにはこのまま人間の姿を続行してもらいたい。覇王の姿だと子供達が失神してしまうからな」
子供達……?
「まあ僕もそのつもりだったから別に構わないけど、この状態で呪文を使うと【変身】が解けて覇王の姿に戻ってしまう。だから僕は何の呪文も使えない普通の人間ってことにしといてくれ」
「ふふっ。普通の人間、か。承知した」
「あと、子供達って?」
「それは入れば分かる。では行こう」
僕、リナ、サーシャはアジトの中に入る。一階はホテルのエントランスホールのような広い空間が広がっていた。
奥の方からは子供達がはしゃぐ声が聞こえてくる。そのまま足を進めてみると、そこには滑り台やジャングルジムといった様々な遊具が置かれており、大勢の子供達が楽しそうに遊ぶ光景があった。
さっきサーシャが言ってた子供達ってこのことか。なんだか室内なのに公園に来ている気分だ。
「……ここって保育所も兼ねてるのか?」
「児童養護施設、と言った方が近いな。ここにいるのは七星天使に親の魂を奪われ、身寄りを失った子供達だ。私がその子供達を預からせてもらっている」
そうか。魂消失事件の犠牲者は10代後半から20代前半が中心。ならば当然そういった子供も出てくるだろう。サーシャがこれほど大きな建物を手に入れたのは、沢山の子供を住まわせる環境が必要だったからか。
「サーシャにも良いところがあるんだな」
「失礼な奴だな。私には元から良いところしかないぞ」
「はは……」
これには思わず苦笑してしまう。
「本当は外で思いっきり遊ばせてやりたいんだがな。こんな事件が起きている最中だし、いつ子供達が標的になるか分からないからな……」
サーシャは目を細くして子供達を見つめる。
「ちなみに子供達には私が六歳ということは秘密にしてある。私を大人だと思っていた方が子供達も安心できるだろうしな。だから絶対にバラすんじゃないぞ」
「ああ、分かってる」
たまにサーシャが六歳ってことを忘れそうになるから困る。どう考えてもやっていることが大人だ。
「あっ、サーシャだ!」
「おかえりサーシャ!」
僕達の存在に気付いたのか、子供達が一斉にサーシャの所まで駆け寄ってきた。まるで芸能人のような人気っぷりだ。
「ただいま。みんな良い子にしてたか?」
サーシャはその場でしゃがみ、男の子の頭を優しく撫でる。
「サーシャ遊んで!」
「おんぶしておんぶ!」
「はは、お前達はいつも元気だな」
子供達とじゃれ合うサーシャ。なんだか見ていて微笑ましくなるけど、サーシャの実年齢を考えたらなんともシュールな光景である。
「ねえねえサーシャ」
すると一人の女の子が不安げな眼差しをサーシャに向けた。
「どうした? 具合でも悪いのか?」
「……私のお母さんはいつ帰ってくるの?」
「!」
一瞬サーシャの肩がピクリと揺れる。それからサーシャはその女の子の頭にポンと手を乗せた。
「心配するな。お前のお母さんは少し遠くへ出掛けているだけだ。必ずお前の所に帰ってくるから、もうちょっとだけ待っていような」
「……うん!」
女の子が元気に頷くのを見て、サーシャは優しく笑う。しかし一方で悔しそうに左手を握りしめているのが分かった。
「ねえサーシャ、そこの綺麗なお姉さんとアレなお兄さんは誰?」
子供の一人が僕とリナの方を指差した。アレって何だよどういう意味だ。リナは綺麗と言われて恥ずかしくなったのか、顔を赤くして俯いた。
「ああ、この二人もお前達の遊び相手になってくれるそうだ」
「は!?」
ちょっと待て聞いてないぞそんなの! そもそも早く『狂魔の手鏡』を入手しないといけないだろうに遊んでる場合か!?
「わーい! 遊ぼ遊ぼ!」
「鬼ごっこしよ! お兄ちゃん鬼ね!」
「……しょうがないな」
僕は観念して息をついた。子供は別に嫌いじゃないし、たまにはこういうのも悪くないだろう。にしてもサーシャの奴、僕を仲間に勧誘したのって子供達の遊び相手が欲しかったという理由もあるんじゃ……。
「実を言うと子供達の遊び相手が全く足りてなくてな。お前が仲間になってくれたら毎日でも遊んでもらうつもりだったのだが」
やっぱりかよ!
まあいい、今だけは覇王ではなく鬼になろう。こうして僕はしばらく子供達と戯れることになった。
☆
同時刻。人間領の東方面にて。今日も七星天使による人間の魂狩りが行われていた。
この東方面で魂を狩っているのはミカ。現在ミカはとある路地裏で一人の男性を追い詰めていた。
「た、頼む。どうか命だけは……!!」
恐怖に怯える男性。ミカはポッキーのようなお菓子をポリポリ食べながら、男性にゆっくりと近付いていく。
「お菓子持ってる?」
「えっ……!?」
「美味しいお菓子をくれたら見逃してあげる」
「か、金ならいくらでも出す!! だから――」
「お金じゃない。お菓子を持ってるか聞いてるの。持ってないの?」
「も……持ってない……」
「そう。じゃあサヨナラ」
ミカは呪文【魂吸収】を発動し、男性のいる地面に紋章を展開させる。
「ひっ……!! た……助けてくれえ……!!」
男性の身体から魂が抽出させる。男性は白目を剥き、ドサリと倒れた。
ミカは表情一つ変えないまま、自分のポケットに手を入れる。しかしそこには何も入っていなかった。
「お菓子、もうなくなっちゃった」
ミカは男性に背を向け、とぼとぼと歩き出す。
「お腹空いた。どうしよ――カハッ!」
すると突然、ミカは口から血を吐き出した。
「ゲホッ、ゴホッ……」
右手で口を押さえ、苦しそうに咳をするミカ。しばらくして咳は収まったが、血で赤く染まった右手を見て、ミカは顔をしかめる。
「まだ……死ぬわけにはいかない……」
ミカは建物の壁に手をつき、足をふらつかせながら歩く。しかしその目には確固たる意志が宿っていた。
「お姉ちゃんを……ユナお姉ちゃんを殺すまでは……!!」




