第45話 半々の血
「七星天使はあと六人もいる。いくらお前の力が強大でも、六人全員を倒すとなると時間が掛かるだろう。私達と協力すればその時間は大幅に短縮できるはずだ」
「……七星天使の抹殺は人間の手で行うべき、などと言うわりには余の力も勘定に入れているのだな」
「あくまでお前の立場から考えればの話だ。お前も私にそう言われて引き下がるようなタマではないだろうしな。人間の手で抹殺すべきという私の考えは変わらない」
「…………」
「だが私とお前の目的が一致しているのは事実。仲間になって損はないと思うがな」
僕は少し考える。確かに主犯のセアルを倒したところで魂消失事件が止まるとは限らない。おそらくセアルはガブリ以外の七星天使にも【魂吸収】の呪文を付与している。ならば七星天使全員を葬らない限り、この事件が終わったとは言えないだろう。事件の解決を第一に考えるならば、この人の誘いに乗るのも一つの手か……?
「ま、お前にも色々と思うところがあるだろうし、今すぐ返事をしろとは言わない。だができるだけ早く――あっ」
その時突然、サーシャの身体から眩い光が放たれた。僕は咄嗟に右腕で両目を覆う。何だ!? 一体何が起きた!?
「……は?」
次に目を開けた時、僕は唖然としてしまった。そこにはさっきまでいたはずのサーシャの姿がなく、代わりに見た目が五、六歳の小さな女の子が立っていたからである。
どうなってんの? 今の一瞬で何が……!?
「しまった。私としたことが、交渉に気を取られて【急成長】のタイムリミットを忘れていた」
「……まさか、サーシャか?」
「いや違う。私は先程の女の妹……ヤーシャだ」
「サーシャだな?」
「…………」
しばらくして女の子は観念したように溜息をついた。
「バレてしまったものは仕方がない。では改めて自己紹介させてもらおうか」
女の子はコホンと小さく咳払いする。
「私の名はサーシャ。六歳だ」
なんだとおおおおおおおおおお!? と僕は心の中で絶叫した。僕は今まで六歳の女の子と話してたのか!?
「さっきまでの私は呪文【急成長】によって一時的に大人の姿になっていた。これが私の本来の姿だ」
「……何故わざわざそんな真似をしていた?」
僕は動揺を表に出さないようにしながら尋ねる。
「そんなもの、子供のまま交渉に臨んだら舐められるからに決まっているだろう」
「……なるほどな」
僕は子供になったサーシャをまじまじと見つめる。
「こら、そんな物珍しそうに見るな」
サーシャがムッとした顔になる。か……可愛い……!!
思わず抱き締めたくなるような可愛さ。実際に抱き締めたら事案になってしまうので僕はグッと衝動を抑え込む。そして気が付けば僕は呪文【創造】を発動し、一個の飴玉を生成していた。
「飴、いるか?」
「……お前、私を馬鹿にしているのか? 頂いておこう」
頂くのかよ。こういう部分はしっかり子供なんだな。
サーシャは飴玉を受け取った後、僕に一枚の紙を差し出してきた。どうやらこの周辺の地図のようだ。ある地点に赤い丸印が書かれている。
「その丸印は私達のアジトの場所を示している。もし私の仲間になろうという気になったらアジトまで来てほしい」
「……ああ」
僕はサーシャからその地図を受け取った。
「返事はできるだけ早く頼む。一刻も早く七星天使を抹殺したいというのもあるが、私にはあまり時間が残されていないからな……」
時間が残されていない? どういう意味だろうか。
「では、私はこれで失礼させてもらう」
「待て」
その場から立ち去ろうとしたサーシャを呼び止める。
「貴様、何者だ? ただの人間にしては所持呪文が多様すぎる上、明らかに知能が六歳のものではない。本当に普通の人間か?」
怪しい組織から変な薬を飲まされて、見た目は子供頭脳は大人の名探偵になりました、みたいなことはないだろうし。
僕の問いに対し、サーシャは力無く微笑んだ。
「このことはあまり話したくなかったんだがな……。まあいい、話しておこう」
そう言った後、サーシャは僕に背を向けた。
「!!」
次の瞬間、僕は驚くべきものを目にした。なんとサーシャの背中に小さな白い翼が生えたのである。
「貴様、天使だったのか……!?」
いや待て、おかしい。僕が今まで見てきた天使はどれも背中の翼は二枚だった。だがサーシャの翼は右側だけ、つまり一枚しか生えていなかったのである。
「半分正解だな。私は天使と人間の間に産まれた子供だ」
「何……!?」
更なる衝撃の事実が僕を襲った。
「私の身体には天使と人間の血が半分ずつ流れている。母が天使で、父が人間だ。母は私が産まれた時に亡くなり、私はこの地上で父に人間として育てられた。だから自分のことは人間だと思っている」
「……天使と人間が結ばれるケースは多いのか?」
「ほとんどないと言っていいだろう。実際にあらゆる国の法で禁止されているからな。だが私の両親の愛は法で縛ることなどできなかったわけだ。ロマンチックな話だと思わないか?」
「……そうだな」
実際ちょっと胸が熱くなってしまった。
「だが地上での生活は決して楽なものではなかった。天使と人間の間に産まれた私は人々から異端者として扱われ、これまでありとあらゆる差別を受けてきた」
「……差別、か」
僕は奴隷のリナを引き取った時のことを思い返した。やはりどこの世界でも差別は存在するのか。しかもこんな小さな子供に……。
サーシャが大人の姿で僕の前に現れたのは、一種の自己防衛という意味合いもあったのかもしれない。
「父はそんな私を必死に庇いながら、とても大事に育ててくれた。何度『私のせいだ』と謝られたことか。だが私はそんな父のことを尊敬し、心から感謝していた」
「……していた?」
「ああ。先日、私の父は七星天使の一人に魂を奪われた」
「!!」
サーシャは悔しさを滲ませた表情で、拳を強く握りしめる。
「どの七星天使にやられたかまでは分からない。分からないのなら一人残らず抹殺するまでだ。奴らには大切な者を奪われた人間の痛みを思い知らせる必要がある……!!」
その言葉からは明確な怒りが感じられた。サーシャが人間の手で七星天使を抹殺することに執着する理由が分かった気がした。
「……語りすぎたな。今の話は忘れてくれ」
サーシャはもう一度力無く微笑み、静かに歩き出す。
「ま、天使の腹から産まれた私が天使を抹殺しようとしているとは、なんとも皮肉な話だがな……」
そう言い残し、サーシャは僕の前から姿を消した。
人間からあらゆる差別を受け、天使から大切な父親を奪われる。まるで運命までもがサーシャを敵に回しているように思えて、僕は心が痛くなった。




