第4話 覇王様の夜
「いただきます」
僕は両手を合わせた後、スプーンでオムライスの一部を掬い、口に運んだ。ふわりとした卵の食感に、舌の上で広がるケチャップの味。ああ、これだ。オムライスは僕が人間だった頃の大好物。覇王になろうとそれは変わらない。
「ユート様。以前から気になっていたのですが、どうして最近は害ちゅ――人間の料理をお召しになられているのですか?」
斜め前の席で芋虫の死骸のようなものを食べているアンリが僕に尋ねてきた。そりゃ元人間の僕がそんなグロテスクなものを食べられるわけないだろう。口に入れた瞬間に吐く自信がある。
「……ふっ。余が人間共を滅ぼせば、人間共の料理もこの世界からなくなるだろう。ならば今の内にせいぜい味わってやろうと思ってな」
「なるほど。流石はユート様、深い器量をお持ちなのですね」
まあ人間を滅ぼす気なんて更々ないんだけど。こうでも言っておかないとアンリも納得しないだろう。
「ですが、もしよろしければ普通の料理も用意させましょうか? 本日のお薦めは私が食べているこの――」
「いや、よい。余はこれで十分だ」
君達の普通は僕にとっては普通じゃないんだよ。そんなの罰ゲームでも食べたくない。
「ご馳走様でした」
オムライスを食べ終え、僕は両手を合わせる。明日はカレーを作ってもらおうかな。
「お味はいかがでしたかユート様」
「ん、まあまあだったな」
僕がそう答えると、アンリは目を見開いて持っていたフォークを床に落とした。どうしたんだ?
「まあまあ……つまり全然満足できなかったということですね!? 誠に申し訳ございません!!」
なんでそうなるの!?
「今すぐユート様の料理を作った者をここに呼ぶのだ!! 即刻自害させる!!」
「落ち着けアンリ!! 余はとても満足している!!」
僕は心の中で大きく息をついた。アンリの思い込みの激しさはどうにかならないものか……。
同日の夜。就寝の時間になり、僕は寝室に移動した。覇王城の中ではこの空間が一番落ち着く。ならずっと寝室に籠もっていればいいじゃないかと思うかもしれないが、覇王という立場上そういうわけにもいかない。あの大広間の玉座に堂々と腰を下ろしていることも覇王としての立派な責務なのである。退屈でしょうがないけど……。
「!」
いざ寝ようとベッドに横になろうとした時、寝室のドアをノックする音がした。アンリか? こんな時間にどうしたんだろう。
僕が「入れ」と言うと、ドアが静かに開いた。そこには案の定アンリが立っていた。何故か三体のメイド悪魔も一緒である。
「夜遅くに申し訳ございません、ユート様。今お時間よろしいでしょうか?」
「ああ。よいぞ」
するとメイド悪魔達が深々と頭を下げた後、寝室に入って僕の前に横並びになった。三体とも近くで見ると結構可愛いな……ってそれより何故この子達が僕の寝室に?
「アンリ、この者達は?」
「ユート様の夜の相手になる者達でございます」
「ぶほっ!? ごほっ、げほっ!!」
僕は思わずむせてしまった。夜の相手!? それってそういうアレだよね!?
「どうなされたのですかユート様!? 大丈夫ですか!?」
「あ、ああ。それよりアンリよ。余はそういうのを頼んだ覚えはないが……」
「はい、私の判断でございます。本日のユート様は気分が優れておられないようでしたので、この者達の身体で発散してもらおうと考えたのです」
「発散……!?」
「はい。それがメイド悪魔の仕事の一つでもございますから」
そりゃ人間を五万人も殺しちゃったばかりだし確かに落ち込んではいたけども。僕的には普段通りに振る舞っていたつもりだったけど、アンリには見抜かれていたか……。だけど発想がぶっ飛びすぎだろう。こちとら生粋の童貞なんだけど。
「もし私の判断が間違っていましたら、このアンリ、今すぐ自害する所存でございます」
「い、いや。お前の心遣いはとても嬉しい」
「ありがたきお言葉にございます」
ああ、言ってしまった……。
「しかし、お前達は本当にそれを望んでいるのか?」
僕はメイド悪魔達に問いかける。すると真ん中のメイド悪魔がこう答えた。
「当然でございます。私共はこの時の為に今日まで生きてきたと言っても過言ではありません」
いや過言だと思うよ!? 自分の身体はもっと大事にしようよ!!
「本当ならこの私がユート様の相手を務めたかったのですが、もう少しダイエットやバストアップをしてからの方がいいと判断し……」
「アンリよ、何をブツブツ言っている?」
「ハッ!? しし、失礼致しました! それよりユート様、何かご不満な点はございませんか?」
不満というか、何から言ったらいいのやら……。
「もしかして三体では物足りませんか? 確かにユート様の器を考慮すると三体では心許ないのではないかと私も不安を抱きましたが……」
「いや、数の問題ではない……」
「経験ありか経験なしか、気になっておられるのですか? ご安心ください、全員処女でございます。ちなみに私も処女です」
「そうじゃなくて……」
「ハッ! まさかこの者達の容姿やスタイルがお気に召さなかったと!?」
「え?」
「申し訳ございません!! このような者共を用意した私の責任です!! このメイド悪魔共々自害いたします!!」
なんでそうなるの!? てか他者を自害に巻き込むのはやめようよ!!
「落ち着けアンリ。この者達は余の理想を十分に満たしておる。お前の配慮に不満などあろうはずがない」
って言うしかないよなあ……。
「ほ、本当ですか! このアンリ、歓喜の極みでございます……!!」
ああ、なんかもう引き返せないところまで来てしまった。
「それではユート様。心ゆくまでお楽しみくださいませ」
そう言ってアンリはこの場から去り、三体のメイド悪魔が寝室に残った。さて、これからどうしたものか。まさか本当にこの子達と〝そういうこと〟をするわけにはいかないし……。