第39話 解雇通告
「……そういえば、先程お前は意識不明の人間が続出している事件について俺に聞いてきたな」
公園から去っていく女の子を見送りながらキエルさんが話す。
「その事件、おそらく七星天使が関わっている」
「えっ……!?」
僕は雷に打たれたような衝撃を受けた。
「まさか、七星天使が人々の魂を奪ってるというのか!?」
「あくまで俺の推測だがな。そのような芸当が可能なのはセアルの呪文をおいて他にはいない。何故そんな真似をしているのかまでは知らないが」
セアル……そいつも七星天使の一人なのか?
「キエルさんも七星天使の一人だと言ったよな? ということはキエルさんも――」
「俺はこの事件には一切関与していない。罪なき人間の魂を奪うなど、戦士としてあるまじき行為だからな」
「……そうか」
僕は心の中で安堵した。もしキエルさんも魂消失事件に関わっていたら、僕がキエルさんと戦う〝理由〟ができてしまうからだ。
「さっきも言った通り、僕はこの事件の犯人を探す為にこの町に来た。その犯人が七星天使だというのなら、僕はそいつらの命を奪うことになるかもしれない。それでも構わないか?」
「……それはあいつらも覚悟の上だろう」
「…………」
少しの沈黙の後、キエルさんは僕の方を振り向いた。
「またなユート。次に会う時は仲間としてか、それとも敵としてかは分からないがな」
「……ああ」
するとそこにバイトのリーダーっぽい人がニコニコした顔でやってきて、キエルさんの肩をポンと叩いた。それに対しキエルさんはフッと笑う。
「皆まで言うな。俺は子供達の希望の星として当然の行いを――」
「君、クビね」
「……え?」
キョトンとするキエルさんを余所に、その人は下の方を指差した。そこは先程キエルさんがビリビリに引き裂いたウサギの着ぐるみが変わり果てた姿で転がっていた。
「はい、これが最後の給料。着ぐるみの弁償分は引いといたから」
「…………」
キエルさんは無言で差し出された封筒を受け取る。その光景を見て、僕は静かに合掌したのであった。
公園を出ると、そこではまるで放課後の校門前で主人公を待つ幼馴染みのように、リナが僕を待ってくれていた。
「ごめんリナ、待たせたな」
「い、いえ! 私は全然大丈夫です!」
この辺で適当に時間を潰しててくれと言ったのに、リナは健気だな。
「誰かにナンパされたりしなかったか?」
「わ、私がですか!? 私をナンパする人なんているわけないじゃないですか!」
慌てて両手を振るリナ。どうやら自分の可愛さを自覚していないらしい。だがこういう謙虚なところがまたいい。
「と、通りかかった男の人に彼氏がいるかどうか聞かれたり、一緒にお茶でも飲まないかと誘われたりはしましたけど、ナンパとかはなかったです」
それをナンパっていうんだよ!!
「だ、大丈夫か!? 何か変なことされなかったか!?」
「? はい。丁重にお断りしたら、皆さん諦めて去っていきましたけど……」
僕はホッと胸を撫で下ろした。皆さんってことは一人や二人じゃないなこりゃ。やはりリナを一人にしたのは迂闊だったか。今回は何もされなかったみたいなので良かったものの、いつ変な奴が絡んでくるか分からないからな。魂消失事件のこともあるし、これからは外でリナを一人にするのは避けよう。
「ところで今まで公園で何をしてらしたですか? 途中でパンダの中の人が入れ替わったように見えましたけど、あれってもしかして……」
「……うん、僕」
「や、やっぱりですか。どうしてそんなことに?」
「まあ、事の成り行きってやつだ。それよりそろそろ行こう」
「は、はい」
若干恥ずかしくながら、僕とリナはその公園を後にしたのであった。
いつの間にか日も沈み、すっかり夜になっていた。僕とリナは適当な宿を見つけ、そこの部屋を借りることにした。築20年から30年くらいと思われる質素な宿である。
金ならいくらでもあるのでもっと豪華な宿に泊まることもできたけど、覇王城が豪華な宿みたいなものだし、たまにはこういう所で寝泊まりするのも悪くないだろう。言うまでもないと思うが僕とリナは別々の部屋である。
「よかったのですか? わざわざ私個人の部屋まで借りていただいて……」
部屋に向かう途中、リナが申し訳なさそうに言った。
「いいんだよ、金に困ることはないんだし。リナだって男の僕と同室なんて嫌だろ?」
「そんなことないです! むしろ……」
「ん?」
「……な、何でもないです」
リナは顔を真っ赤にして俯いた。
まあ本音を言えばリナと一緒の部屋がよかったんだけどね? 僕も男だし、お風呂でバッタリ遭遇したりとかうっかり着替えを見ちゃったりとか、そういうシチュエーションに憧れるわけですよ。だが今はそういう疚しい感情は封印することにした。
「僕は702号室、リナは703号室だったな」
「はい。それでは――」
「あ、待ってくれリナ」
703号室に入ろうとしたリナを呼び止める。
「まず僕の部屋の方に来てくれないか? ちょっとやりたいことがある」
「や、やりたいこと、ですか……!?」
「ああ」
「……は、はいっ」
僕達は702号室に入り、リナにはベッドに腰を下ろしてもらった。何故かリナは頬を赤く染めており、どこか落ち着かない様子である。
「あ、あの私、まだ心の準備が……。それに初めての経験なので、うまくできるかどうか不安で……」
「大丈夫、怖がることはない。それに初めてじゃないだろ?」
「えっ!? い、いえ、本当に初めてです! だから緊張してて……」
「……? まあいいや。それじゃ始めるぞ」
「っ! よ、よろしくお願いします……」
僕はリナに向かって静かに手を伸ばす。リナは覚悟を決めたように、キュッと強く目を閉じた。




