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HP9999999999の最強なる覇王様  作者: ダイヤモンド
第3章 魂狩り編
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第37話 風船配り

 説教が終わると、再びキエルさんは子供達に風船を配り始めた。僕はキエルさん(ウサギ)の方に近付いていく。



「お久し振りですキエルさん。僕のこと覚えてますか?」



 僕がそう言うと、一瞬ウサギの着ぐるみの肩がピクッと揺れた。少しの沈黙の後、スッと僕に風船を差し出してきた。



「いや、風船はいらないです」

「……俺はキエルではない。ウサギさんだ」

「ウサギさんが喋っていいんですか?」

「…………」



 あ、無言になった。まあ今のは仕事中に話しかけた僕も悪いか。でもキエルさんって雑貨屋の時も休憩時間を返上して働くような人だったし、話すタイミングがないな。バイトが終わるまで待つのも面倒だし……。



「君、そろそろ休憩入っていいよ」



 先程のリーダーっぽい人に言われると、キエルさんはコクリと頷き、近くに設置された小屋に入っていった。普通に休憩するんかい。


 僕はリーダーっぽい人から許可を貰い、その小屋に入れてもらった。そこではウサギの頭を取ったキエルさんが額の汗を拭きながら水分補給をしていた。



「……覇王か。久し振りだな」

「今その名前で呼ぶのはやめてください。一応人間のフリをしてるんですから」



 そう言いながら、僕は適当な椅子に腰を下ろした。



「ならば以前のようにハモウと呼べばいいのか?」

「いえ、ユートと呼んでください。ハモウというのは偽名でしたから」

「そうか。承知した」

「それより雑貨店の時は『戦士に安息の時間など不要』とか言ってたのに、ここでは普通に休憩するんですね」

「……見ての通り、現在の俺はウサギに擬態している。よって奴らに狙われる心配もないので身体を休めても命を危険に晒すことはない」



 だから奴らって誰だよ。まあ着ぐるみのバイトは雑貨屋よりも遙かに重労働だろうし、さすがに休憩を挟まないとやってられないんだろう。下手したら脱水症状になりかねないからな。



「そういえば雑貨屋のバイトはどうしたんですか? 辞めたんですか?」

「無論続けている。俺は一つの戦場に縛られる男ではない」



 雑貨屋の給料だけじゃ生活は厳しいので複数のバイトを掛け持ちしている、といったところか。



「ところで俺に何か用か?」

「ちょっとキエルさんに聞きたいことがありまして。ここ最近あちこちで意識不明に陥る人が続出している事件のことは知ってますか?」

「……ああ。俺も風の噂で耳にした」



 キエルさんは水分補給の手を止めて答える。



「僕はその犯人を探す為にこの町に来たんです。キエルさんなら犯人について何か知ってるかもと思いまして」

「……さあな。俺から話せることは何もない」

「……そうですか」



 どこか意味深な言い方だったが、深くは追究しないことにした。



「そもそも何故俺が知っていると思った?」

「……なんとなく、ですかね。直感というやつです」

「ふっ、面白い男だ。だが事件の影響か、ここ数日公園で遊ぶ子供達の数が減っているのも事実だ。俺もこれは由々しき事態だと思っている」



 それ半分くらいはアンタのせいじゃないの?



「しかし覇王のお前が何故そんなことをする必要がある? 人間がどうなろうとお前には関係のないことのように思えるが」

「……僕にも色々あるんですよ。休憩中にすみませんでした」



 僕が小屋を出ようと椅子から立ち上がると、ドアが開いてパンダの着ぐるみがグッタリとした様子で入ってきた。立つこともままならないのか、イヌやネコの着ぐるみ達に身体を支えられている。それを見たキエルさんは目を見開いて立ち上がった。



「何があった!? 敵襲か!?」

「……いや、ただの貧血だ」

「おのれ、戦場を共に生きる仲間に傷を負わせるなど、断じて許せん!!」



 人の話を聞けよ。



「これ以上は無理しない方がいい。今日は早退するんだ」



 イヌの着ぐるみが言う。しかしパンダの着ぐるみは首を横に振った。



「大丈夫、私はまだやれる。私を待つ子供達の為にも、こんなところでくたばるわけにはいかない……!!」



 ただの風船配りにどんだけ命懸けてるのこの人。



「さあ、早く仕事の続きを……うっ!」



 パンダの着ぐるみの足がフラつき、再び周りの着ぐるみによって支えられる。



「ほら見ろ言わんこっちゃない! いいから帰ってゆっくり休め!」

「で、では一体誰が私の代わりに風船を配るというんだ!?」

「……代わりならいる」



 キエルさんの言葉に着ぐるみ達が一斉に注目する。



「それは本当か!?」

「一体誰だ!?」

「…………」



 キエルさんが無言で僕に目を向ける。自然と皆の視線も僕の方に集まった。



「……え?」




 というわけで、僕が貧血の人に代わってパンダの着ぐるみの中に入り、子供達に風船を配ることになった。

 どうして僕がこんなことを。だいたい一人欠けた程度じゃ風船配りに支障はきたさないだろう。



「ユートよ、動物に擬態しているとはいえ決して気を抜くな。なんせ先程仲間の一人がやられたばかりだからな。前にも言った通り、戦場ではほんの少しの油断が命取りになるのだ」



 僕は適当に頷いた。だから着ぐるみが喋るなっての。



「パンダさん、風船ちょーだい!」

「ボクもボクも!」



 周囲に集まった子供達に風船を渡していく。ったく、リナを待たせてるんだから早く戻らないといけないのに。まあこのバイトはあと一時間ほどで終了らしいし、リナには悪いけどもう少しだけ待ってもらおう。




 それから二十分が経過した。なんだか早くも疲れてきてしまった。今日はわりと過ごしやすい気候なんだけど、着ぐるみの中ってメッチャ暑い。まさかこんなに過酷な仕事だったとは。HPが9999999999ある僕でも疲労と暑さだけはどうにもならない。



「どうしたユート。もうへばったのか?」



 キエルさんの声に僕は首を横に振る。仮にも僕は覇王なんだ、これくらいで音を上げるわけにはいかない。パンダの着ぐるみを着て風船配りに勤しむ覇王というのはなんかアレだけども。



「既に気付いたと思うが、これは奴らとの戦いであると同時に己との戦いでもある。言い換えれば己の精神力と忍耐力の強さが真に問われる場なのだ。戦場では心が折れた者から死んでいくのが鉄則であり――」

「ちょっと君ぃ!! 仕事中に喋っちゃダメでしょ!? ホント注意されるようなことしかしないね君は!!」

「…………」



 案の定リーダーっぽい人に怒られ、キエルさんは沈黙した。以前「戦場での私語は厳禁」とか言っていた人がこの有り様である。

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