第35話 デート?
人間領の西の地域にあるフーネという名の町にやってきた僕とリナ。移動手段はもちろん【瞬間移動】である。
「ここが人間領の町かー」
町の大通りを歩きながら僕は呟いた。人間領の町は【千里眼】で何度か目にしたことはあったが、直接足を運ぶのはこれが初である。
山賊から人々を救った所も、バイトをしに行った所もただの村だったからな。やはり町は村に比べると活気がある。人間だった頃に本や写真などで見た中世ヨーロッパ風の町並みがそこには広がっていた。
ちなみに今の僕は【変身】の呪文によって阿空悠人の姿になっている。覇王の姿で町を闊歩していたら事件の犯人に逃げられる怖れがあるからな。
「あの、お兄様。本当に私なんかがお兄様のお供でよかったのでしょうか……?」
隣りを歩いていたリナが申し訳なさそうに言った。
「いいんだよ。こうやって人間の姿になれるのなんてリナと一緒にいる時くらいだしな。リナもずっと覇王城に閉じこもっていたら窮屈だろ?」
「きゅ、窮屈だなんてそんな……」
「それに城の中ではリナとあまり話せてなかったし、良い機会だと思ってさ。城での生活はどうだ? もう慣れたか?」
「は、はい。図書館には面白い本が沢山ありますし、食堂では好きな料理が食べられますし、悪魔の皆様はとても優しくしてくれますし、奴隷だった頃に比べるとまるで天国のような生活です」
「そうか。ならよかった」
大勢の悪魔が住んでいる城が天国って、なんだか笑っちゃうな。だけどこれもリナが僕の妹という設定があってこそだ。もしリナが人間であることがバレたら悪魔達にどんな目に遭わされるか、想像しただけでゾッとする。まあ中身が人間の僕も似たような立場なわけだけど。
「私、今すごく幸せです。全てはお兄様が私を引き取ってくださったおかげです。本当にありがとうございます」
「はは、感謝の言葉なら耳にタコができるほど聞いたって。それよりリナが人間だということは絶対内緒にしておくんだぞ? バレたら大変なことになるからな」
「はい、お兄様」
「……あと一つ提案だけど、僕がこの姿の時は〝お兄様〟と呼ぶのはやめにしないか?」
「えっ? どうしてですか?」
リナは二ミリほど首を傾げる。
「なんというか、覇王の時は大して気にならないんだけど、人間の姿の時にお兄様と呼ばれると、なんというか、むず痒くなるというか……」
周囲の人達の目も気になるし。
「だから僕が人間に変身している間は普通に名前で呼ぶか、せめて〝お兄さん〟にしてもらえると助かる」
「……分かりました。ではお兄さんとお呼びしてよろしいでしょうか?」
「ああ、それで頼む」
さて。リナとのお喋りもいいけど、魂消失事件の犯人を探し出すという目的も忘れないようにしなければ。
それから僕とリナはしばらく町の中を歩き続ける。やはり日が出ている内はどこにも事件が起きる気配はないな。犯行が行われるとしたら夜の可能性が極めて高いだろう。そもそもこの町に犯人が現れるという保証はどこにもないので、一日経ったら別の町に向かう予定だ。
「……ずっと歩いてたらお腹が空いてきたな。ちょっとあの店に寄っていかないか?」
「そうですね」
僕とリナは通りかかった喫茶店に入り、二人用の席に腰を下ろした。客は多くもなければ少なくもなく、わりと小洒落た雰囲気の店である。
「こ、こういうお店に入るのは初めてなので、なんだか緊張します……」
リナは目を泳がせながらメニューの一覧を眺める。
「どれでも好きなものを注文していいぞ。金ならいくらでもあるからな」
「あ、ありがとうございます」
なんせ【創造】の呪文のおかげで金貨は作り放題だからな。頑張って働いて稼いでる人達のことを思うとちょっと罪悪感はあるけど。
働くと言えばキエルさんは今頃どうしてるかな。まだあの時給銅貨五枚の雑貨屋でバイトを続けてるんだろうか。だけど僕が店長の娘の病気を治したことで薬に金をつぎ込む必要もなくなったわけだし、もしかしたら時給は上がってるかもしれないな。
「ん?」
ふと前を見ると、リナが頬を赤く染め、身体をモジモジさせていることに気付いた。
「どうしたリナ? 具合でも悪いのか?」
「い、いえ! ただその、なんだかこれってデートしてるみたいだなって思って……」
「デート?」
「あっ、すす、すみません、今のは忘れてください!! 私なんかが彼女だと思われたら迷惑ですよね!」
「いや、全くそんなことはないぞ」
デート、か。確かに男女二人がこういう店にいたらカップルと間違われても不思議ではないだろう。心なしか周囲の客の視線も僕達に集まってる気がする。リナの可愛さ的に絶対釣り合ってないって思われてるよな……。
そういや女の子と二人っきりで喫茶店に入るのなんて人間時代を含めても初めてだな。しかも相手はかなり可愛い女の子。僕はこの状況にちょっとした優越感を得ると共に、もっとイケメン補正をかけて変身すればよかったと後悔したのであった。
「僕はサンドイッチとコーヒーにしようかな。リナは決まったか?」
「は、はい。私はホットサンドとオレンジジュースにしたいと思います」
どれでも好きなものを頼んでいいと言ったわりには控えめだな。リナのことだからきっと遠慮してるんだろう。
注文から数分後、それぞれの品がテーブルに運ばれてきた。まずはコーヒーに口をつけてみる。可もなく不可もなくといった味だが、タダ同然で飲んでいるようなものなので贅沢は言わないでおこう。
ちなみに現在の僕は変身前にかけた呪文【弱体化】によってある程度ATKとDEFが低下した状態にある。本来は敵に対して使う呪文だが、まだ力のコントロールは完璧とは言えないし、覇王のステータスのままだと下手したら今手に持っているコーヒーカップなんかも壊しかねないからだ。
覇王城の食器などは悪魔の力に合わせてかなり頑丈に作られていたが、人間領のものはそうじゃないからな。力が強すぎるというのもなかなか困りものだ。