第34話 人間領調査
「しかし被害者が300から400というのは随分多いな。被害が大きくなる前に報告することはできなかったのか?」
「も、申し訳ございません! この事件は影で徹底的な隠蔽工作が行われていたらしく、情報の入手が遅れてしまいました!」
その悪魔は慌てたように言った。隠蔽工作、か。この事件の首謀者はなかなか用心深い性格のようだ。そして被害状況を考えると複数犯の可能性が高い。
「そうか、なら仕方ないな。報告ご苦労、下がってよいぞ」
「はっ!」
その悪魔は頭を深々と下げ、大広間から退室した。
「なんか人間領で大変なことが起きてるみたいっすねー」
「だが私達悪魔にとっては所詮対岸の火事でしかない。放っておいて問題ないだろう」
ペータとアンリが呑気な顔で言う。いや、これは決して対岸の火事などではない。これは覇王のイメージアップ大作戦を大きく前進させる為の一大イベントだ! 僕は意を決して立ち上がった。
「ユート様、どうしたんすか?」
ペータがトランプをシャッフルする手を止めて尋ねる。
「これから余はこの〝魂消失事件〟の犯人を突き止める」
「「えっ!?」」
二人は同時に驚きの声を上げた。ちなみに事件名はたった今考えたものである。
「ユート様、無礼を承知で意見を申し上げますが、この事件の犯人を捕らえたところで我々には何の益もございません。それどころか、いずれ人間を滅ぼすユート様にとってこの事件はむしろ好都合ではないでしょうか?」
「…………」
僕の背中に変な汗がダラダラと流れる。覇王という立場を考えたら確かにアンリの言う通りである。どうしよう、何か言い訳を……。
「……アンリよ、前にも言ったはずだ。余は人間を滅ぼす際、できるだけ多くの人間の悲鳴が聞きたいのだ。そう、人間は余にとって貴重な餌だ。その餌を横取りされるのは不愉快なのでな」
「なるほど。流石はユート様、そのような深い考えがお有りだったのですね。私の浅薄な考えをどうかお許しくださいませ」
内心ホッとする僕。毎度のことながらよくこんな言い訳でごまかせるなと思う。
「ではこれからユート様は人間領に向かわれるのですか?」
「それは早計だ。なんせ人間領は広い、闇雲に犯人を探していてはいたずらに時間を消費するだけだ。そこでアンリに頼みがある」
「はい、何なりとお申し付けください」
「覇王軍の悪魔500体を人間領に向かわせ、犠牲者が多く出ている地域を調査させよ。そこに犯人達が現れる可能性が高い。犯人を特定できればそれに越したことはないが、決して深入りはさせるな。勘付かれて身を隠されては元も子もないからな」
「はっ。ユート様の仰せのままに」
もちろん悪魔達だけに任せるつもりはない。僕も【千里眼】を駆使して可能な限り調べてみよう。もしかしたら運良く犯人を発見できるかもしれない。
にしても犯人は一体どんな奴らなのだろうか。呪文を使える人間か、覇王軍に所属していない野良悪魔か、それとも……。
翌日。僕が玉座に座りながら【千里眼】を使って人間領をあちこち見て回っていると、アンリが大広間に入ってきた。
「ユート様。今し方多数の犠牲者が出ている地域の絞り込みが完了しました」
早っ!?
えっ、もう終わったの!? あれから一日しか経ってないよね!? 最低でも一週間は掛かると思ってたのに!
「……悪魔達にかなり無理をさせたのではないか?」
「とんでもございません。ただ『私が手を抜いていると判断した場合は問答無用で自害させる』と優しく言っただけでございます」
マジかよ。そんなの絶対無理するに決まってるじゃん。まあ早いに越したことはないんだけども。
「ユート様、こちらをどうぞ」
アンリが一枚の紙を差し出してきた。それは人間領の地図のようだった。南、西、東の方面にそれぞれ一つずつ赤い○が付いている箇所がある。この三つが特に被害者が多く出ている地域ということだろう。また、西方面の○の中には1の数字が、南には2、東には3の数字が書かれている。
「この数字は被害者が多い順番を示しているのか?」
「その通りでございます」
つまり犠牲者は西、南、東の順で多いということか。○と○の間は結構距離があるので複数犯であることはほぼ確定と言っていいだろう。三人、もしくはそれ以上が手分けをしてこの事件を起こしているわけだ。
「しかしながら犯人を特定するまでには至りませんでした。ユート様のご期待に添えず申し訳ございません」
「いや、十分だ。深入りさせるなと言ったのは余だからな。悪魔達にはよくやってくれたと伝えておいてくれ」
「かしこまりました。悪魔達もさぞ歓喜に打ち震えることでしょう」
それにしても犯人達は何の目的があってこんな真似を……? いや、それを考えるのは後だ。これ以上犠牲者を出さない為にも、まずは犯人達を捕らえることが先決だ。ここまで絞り込めたなら【千里眼】で捜すより直接出向いた方が良さそうだ。視覚だけで得られる情報にも限界があるからな。
「失礼しますっす! 聞いたっすよ、もう犯人が出てきそうな所に目星が付いたらしいっすね!」
ペータがぴょんぴょん跳びながら大広間に入ってきた。
「ということはユート様はこれから人間領っすか?」
「……うむ」
僕は玉座から静かに腰を上げた。
「これから余は人間領へと向かう。まずは被害者が最も多い西の方から捜索に当たるとしよう」
「はいはい! ウチも一緒に行かせてくださいっす!」
「ユート様、私もお供いたします」
アンリとペータが同行を申し出てくれた。確かにこの二人が一緒ならかなり心強いけど……。
「いや、お前達には城で待機してもらう」
「「えっ!?」」
二人は同時に声を上げた。この二人を人間領に連れて行ったらついでに村を一つ二つ滅ぼしちゃいそうで怖いんだよな。特にペータは前科があるし。人間を助けに行こうとしているのに人間に危害を加えたりしたら本末転倒だ。
「覇王城に余と滅魔が一体もいなくなる状況は望ましくない。また天使共が襲ってこないとも限らないからな。余が留守の間、お前達にはこの城の警備をお願いしたい」
「し、しかしユート様! 敵の全容が分からぬ以上、お一人で人間領に向かわれるのは危険なのでは……!?」
相変わらず心配性だなアンリは。まあアンリの気持ちは分からなくもない。
「そうだな。ではリナと共に人間領に向かうことにしよう」
「ユート様の妹君と……?」
リナなら村を滅ぼしたりすることもないから安心だ。リナも久々に人間領の空気を吸いたいだろう。
「んー、ユート様のお力になれないのはちょっと残念っすけど、ユート様のご命令ならしょうがないっすね」
「な、何かありましたらすぐにご連絡くださいませ!」
「うむ」
こうして僕は〝魂消失事件〟の犯人を見つけるべく、リナと共に人間領に向かったのであった。




