第32話 一方的な交渉
翌日。人間領の一室では、七星天使のセアルによって各国の大臣が招集をかけられていた。大臣達はいずれも困惑した様子である。
「セアル様は我々を集めて一体何をなさるおつもりなのか……」
「聞いたところによると、ウリエル様は覇王に挑んで返り討ちに遭い、殺されたそうではないか」
「何、それは本当か!?」
「まさかその責任を我々が取らされるのでは……!?」
「馬鹿な! ウリエル様の死は我々には何の関係もないだろう!」
「強いて言うならウリエル様に覇王討伐の依頼をした者に責任があるでしょうな。確かウリエル様をここに呼んだのは其方だったはず」
「私が悪いというのか!? あれはウリエル様が私に話を持ちかけてきただけであって私が依頼したわけではない! それを言うならウリエル様を止めなかった其方らにも責任はあるだろう!」
「何をふざけたことを! それだけで責任を取らされるなど冗談ではない!」
大臣達が責任の押し付け合いをする中、部屋のドアが開き、セアルが中に入ってきた。大臣達は口論を中断し、慌てて椅子から降りて床に膝をついた。
「セアル様。本日は遙々『天空の聖域』からご足労いただき――」
「余計な口上はいらぬ。全員席につくのじゃ」
セアルに言われた通り、大臣達はぎこちない動きで椅子に座り直す。
「や、やはり我々を集めたのは、ウリエル様の件についてでしょうか……?」
大臣の一人が恐る恐る尋ねると、セアルは首を横に振った。
「ウリエルの死は大変遺憾ではあったが、今更そのことを蒸し返しても意味はない。お前達をここに集めたのは別の理由じゃ」
大臣達はホッとしたような顔をする。
「これからお前達に重要な話をする。よく聞いてもらいたい」
室内がシンと静まり返る。僅かな沈黙の後、セアルは静かに口を開けた。
「間もなく我々七星天使はこの人間領で〝人間の魂狩り〟を開始する」
セアルの発言に、大臣達に動揺が走る。
「に、人間の魂狩り、とは……?」
「言葉通りの意味じゃ。具体的に説明するなら人間共の魂を七星天使の手で抜き取り、収集させてもらう。最低でも1000は集める予定じゃ」
「ば、馬鹿な!!」
大臣達は目を見開いて一斉に立ち上がった。
「もはや覇王を滅ぼすには『幻獣の門』の封印を解く以外に方法はない。知ってる者もいると思うが、その封印を解くには1000を超える人間の魂の生贄が必要なのじゃ」
「お、お言葉ですがセアル様。いくら七星天使と言えど、そのような行為を看過するわけには……!!」
するとセアルの眉間にシワが寄り、大臣達の肩がビクッと揺れた。
「今までお前達人間が平和に暮らせていたのは誰のおかげじゃ? 天使という後ろ盾がなければ脆弱な人間はとっくに悪魔共によって滅ぼされていた。違うか?」
「そ、それはそうですが……!!」
「別に人間が覇王によって滅ぼされようが我々天使には何の影響もない。このまま放っておくという選択肢もある。それを少々の犠牲で我らが救ってやろうと言っているのじゃ。お前達は感謝することはあれど、文句を言う筋合いなどないはずだが?」
「……!!」
誰も反論できる者はおらず、大臣達は無言になる。
「無論お前達にも協力してもらう。だからここに集まってもらった」
「わ、我々が協力……!?」
「人間の魂狩りの黙認、そしてこれに関する徹底的な情報封鎖。お前達にはこの二つをお願いしたい」
大臣達は戸惑った様子で顔を見合わせる。
「人間の中でそれなりに権力のあるお前達なら可能なはずじゃ。我々が魂狩りを滞りなく行う為にな」
「……わかり、ました」
大臣の一人が言った。他の大臣達も力無く頷く。
「それでいい。では私はこれにて失礼させてもらう」
大臣達を言いくるめたセアルは、颯爽とこの場を後にした。
人間領から『天空の聖域』に帰還したセアルは、そのまま『七星の光城』へと向かう。そして再びガブリ、ミカ、ラファエの三人を一室に集めた。
「思ったより早かったなセアル。んで、結果はどうだった?」
「交渉は成立じゃ。これより我々は人間領に向かい、人間の魂狩りを開始する」
「流石は俺らのリーダー! くくっ、久々に楽しめそうだぜ……!!」
まるで遠足前の子供のように、ガブリは身体を震わせる。
「ガブリ。何度も言うがこれは決して遊びではない。七星天使としての自覚を忘れてはならぬぞ」
「はいはい分かってますよ! 覇王を倒す為に仕方なくやることなんだろ!? ちゃんと心を痛めながら狩ってやるから安心しろよ!」
「……まあいいじゃろう」
セアルは菓子をポリポリと食べているミカの方に目を向ける。
「ミカ、お前もやるのじゃぞ」
「……うん」
ミカは菓子を手に持ったまま椅子から立ち上がる。その目は星のように輝いていた。
「人間領には美味しいお菓子がいっぱいあるし、楽しみ」
「……お前、私の話を聞いておったのか? 我々は遊びに行くのではないのだぞ」
「分かってる。ちゃんと仕事はこなす」
セアルは溜息をついた後、今度はずっと俯いたままのラファエの方に目をやった。
「ラファエ、お前はここで留守番じゃ」
「えっ……!?」
ラファエは驚いた様子で顔を上げる。
「1000もの魂を集めるのは長い時間を要するじゃろう。その間『天空の聖域』に七星天使が一人もいなくなるのはマズいからな。それに、優しいお前には人間の魂を狩ることなど到底できんじゃろう」
「……すみません」
か細い声でラファエは言った。
「謝ることはない。その優しさもお前の利点の一つじゃ」
「優しさぁ? ヘタレの間違いじゃねーのか?」
「黙れガブリ」
「くくっ。相変わらずセアルはラファエに甘いな。それよりセアル、早くお前の〝あの呪文〟を寄越せよ。でないと魂が集めらんねーだろ?」
「言われなくても分かっておる。ガブリ、ミカ。私の前へ」
セアルの前にガブリとミカが立つ。セアルは右手を前にかざし、目を閉じた。
「呪文【能力共有】」
一瞬ガブリとミカの身体が紫色の膜に覆われる。やがてセアルは静かに目を開けた。
「……これでお前達二人も私の【魂吸収】を使用できるようになった。この呪文を使って人間共の魂を集めるのじゃ。ただし決して人目には付かぬようにな、ガブリ」
「おいおいなんで俺だけ! ミカにも言えよ!」
「お前が一番危なっかしいからじゃ。大臣共に情報規制を頼んだとはいえ、万一にも我々が人間の魂を狩っているなどということが広まれば一大事じゃからな」
「ちっ、分かってるよ」
ガブリは不満げに舌打ちをした。




