第30話 自害強要
「覇王は気に留めるな!! あの女の生け捕りだけに集中しろ!! 殺さなければ五体満足でなくても構わん!!」
「うおおおおおおおおおおお!!」
剣を持った下級天使達がアンリに向かって一斉に飛んでくる。
「いやあ、アンリは人気者っすねー。なんだか嫉妬しちゃうっす!」
「余計な口を叩くなペータ」
「うひゃ、アンリに怒られちゃったっす。ならまずはウチからいくっすよ!」
ペータは一歩前に出ると、意気揚々と右腕を上げた。
「呪文【邪険外忌】!!」
すると天使達の動きが時を止めたかのようにピタリと止まった。
「な……なんだ……!?」
「腕が……勝手に……!!」
ペータの呪文の影響か、全ての天使の腕が強制的に上がっていく。
「いくっすよー! 最初はグー! ジャンケンポン!」
ペータはグーを出した。天使達もグー、チョキ、パーのいずれかを出している。
「な……なんだこれは……ぐあああああ!!」
「助けてくれえええええ!!」
そしてチョキを出した天使達が次々と塵となって消えていくのが分かった。
「これがウチの【邪険外忌】の力! 強制的にジャンケンを行わせ、ウチに負けた者を絶命させることができるっす! どうっすかユート様!」
「……凄い呪文だな」
「やったー! またユート様に褒められたっす!」
無邪気に喜ぶペータ。ジャンケンで負けただけで死んでしまうとは怖ろしい。ペータがジャンケンに強い理由がなんとなく分かった気がした。
「さあ、もういっちょいくっすよ! 次は何人生き残れるかな? 最初はグー! ジャンケンポン!」
「うああああああああああ!!」
「ぎゃあああああああああ!!」
再度【邪険外忌】によって、ペータにジャンケンで負けた者が消滅していった。
「これくらいにしとくっすかね。んじゃ、あとはアンリに譲るっすよ」
「ああ。見ていてくださいユート様」
今度はアンリが前に出た。ペータの呪文でだいぶ天使の数は減ったものの、それでもまだ半分近く残っている。
「ひ、怯むな!! 我ら天使の力を奴らに見せつけてやるのだ!!」
「うおおおおおおおおおお!!」
再び天使達が決起の声を上げて飛んでくる。するとアンリは不敵な笑みを浮かべた。
「呪文【自害強要】」
その瞬間、天使達の一部の動きが止まる。そして自らの身体に剣先を向けた。
「ま……また腕が勝手に……うあああああ!!」
「嫌だ……嘘だろ……ぎゃあああああ!!」
天使達が次から次へと自分の身体に剣を突き刺し、消滅していく。
「【自害強要】は文字通り自害を強要する呪文。ただし通用するのはレベル300未満の相手に限るがな」
天使達はまだ100体ほど残っている。つまりあいつらは全員レベル300以上の天使ということか。
「き、聞いたか!? 今の呪文はレベル300以上には通用しない!! つまり我々には効かないということだ!!」
「恐れることはない!! 行くぞ!!」
勇敢にも生き残った天使達が向かってくる。
「仲間を九割近く失っても尚任務を遂行しようとするその心意気だけは褒めてやろう。だが……」
再び不敵な笑みを浮かべるアンリ。
「呪文【自害教唆】」
アンリがこの呪文を唱えた途端、天使達の顔がみるみるうちに青ざめていくのが分かった。
「もうダメだ……お終いだ……」
「死にたい……」
まるで会社をクビになったサラリーマンのように天使達は絶望していた。
「アンリよ、奴らは一体どうしてしまったのだ」
僕が問うと、アンリはゾッとするような笑みを浮かべた。
「あの天使達には今、恋人に振られ身内を全員失い仕事をリストラされ莫大な借金を背負った不幸が全て同時に押し寄せてきた感覚を味わってもらっています」
マジか。会社をクビになるどころの話じゃなかった。
「お前達、もう生きるのに疲れただろう。そろそろ楽になったらどうだ」
「そうだな……」
「死ぬか……」
アンリの教唆により、残存していた天使達も次々と自害していった。
「いかかでしょう、ユート様」
「……な、なんともアンリらしい呪文だな。よくやった」
「勿体なきお言葉にございます」
言葉の裏で僕は戦慄を覚えていた。まさかアンリ達がこんな怖ろしい呪文を所持していたとは。これって僕がいなくてもアンリ達だけで人間を滅ぼせるんじゃないの?
「相変わらずアンリの呪文はエグイっすねー」
「お前にだけは言われなくないな」
アンリとペータは余裕の表情。いくら下級天使の力が取るに足りないものでも1000体も相手にするのは厳しいんじゃないかと不安だったけど、完全に杞憂だったようだ。でも皆殺しはちょっとやりすぎだったんじゃないかなあ……。
空を見上げると、まだ天使が一人だけ残っていることに気付いた。身体をガタガタと震わせており、もはや完全に戦意を喪失しているのが分かった。
「私の【自害教唆】が通用するのはレベル600未満の相手のみ。だがお前のレベルは600もないだろう? お前は伝言の為に敢えて生かしたのだ」
アンリがその天使に向かって言う。
「七星天使に伝えよ。この私を生け捕りにしたければ、もっと骨のある奴を寄越せとな」
「ひ……ひいいいいい!!」
その天使は逃げるように去っていった。
こうして滅魔2体と下級天使1000体の戦いは、滅魔2体の圧倒的な勝利で幕を下ろしたのであった。もはや戦いと呼んでいいかどうかも分からないけど。
「ユート様! ウチとアンリ、どっちの呪文が素晴らしいと思ったっすか!?」
「そんなの私の呪文に決まっているだろう」
「アンリには聞いてないっすよ! ウチはユート様に聞いてるんす!」
「お前の【邪険外忌】は運という不確定要素があるのに対し、私の【自害強要】や【自害教唆】には確実性がある。よって私の呪文の方が上だ」
「アンリの呪文はユーモアが足りないっすもん。もっとウチの呪文を見習うべきっすよ」
「私の呪文を愚弄する気か!? そもそも呪文にユーモアなど必要ないだろう!」
「ならどっちの呪文が素晴らしいか、ジャンケンで決めるっすか?」
「っ!? じゃ、ジャンケンはさっきもやっただろう! 次は別の勝負で決めるぞ!」
「おやおや? またジャンケンで完敗するのが怖いんすか?」
「うっ……!! そ、そんなことはない! いいだろう、ジャンケンで勝負だ!」
「決まりっすね。もう後から三回勝負とか言うのはナシっすよ?」
「分かっている!」
子供のような喧嘩を始める二人を見て、僕は溜息をつく。
「お前達、それくらいにしておけ。両者とも素晴らしかった。優劣などつけられるはずもない」
「「ユート様……!!」」
そもそも素晴らしいとかそういう価値観で測れるものじゃなかったよな……。と僕は思ったのであった。




