第3話 人間と害虫
その翌日。いつものように玉座に腰を下ろす僕は、昨日の出来事を猛省していた。五万人もの人間を一瞬で全滅させるなんて、とんでもない事をやらかしてしまった。
まあ覇王の振る舞いとしては正しいのかもしれないけども……。いくら姿や力が覇王になろうと中身は人間のままだし、どうしたって心が痛んでしまう。
「ユート様、一つ質問をお許しいただいてもよろしいでしょうか?」
相変わらず僕の前でずっと膝をついているアンリが顔を上げて言った。
「なんだ?」
「ユート様はいつ頃人間共を滅ぼされるおつもりなのでしょうか?」
そんな「いつ散髪するつもりなの?」みたいなノリで聞かれても。いつ頃もなにも滅ぼすつもりなんて全くないっつーの!! ここは一度ビシッと言ってやらねば。
「……アンリよ。お前は一つ大きな勘違いをしている」
「あっ、失礼致しました。人間共ではなく害虫共でしたね」
そうじゃなくて!!
「明日ですか? 明後日ですか? それとも今日滅ぼしますか?」
どんだけ人間を滅ぼしたいんだよ。
ちなみにこの世界『ラルアトル』は、人間の住む土地が90%、悪魔の住む土地が10%を占めている。こうして比較すると悪魔が肩身の狭い思いをしているように見えるかもしれないが、個体数は悪魔の方が遙かに少ないのでこれでも十分な数値である。
とはいえ、やはりこれに納得していない悪魔は多い。例えばこのアンリのように。
「お前はそんなに人間が嫌いか?」
「当然でございましょう。数ばかり無駄に増やして世界の資源を食い散らかす害虫共は即刻滅ぼすべきなのです」
うーん、説得してみようかと考えたりもしたけど、こりゃ絶対無理だな。何と言ったらいいのやら。
「……そう逸るなアンリ。人間など余の力をもってすればいつでも滅ぼせる。今はせいぜい残り少ない人生を謳歌させてやろうじゃないか」
「なるほど、流石はユート様。害虫を滅ぼすことなど児戯にも等しいのですね」
よし、とりあえず先延ばしには成功した。根本的な解決にはなってないけど。
「ところでアンリよ。そろそろ人間を害虫と呼ぶのはやめたらどうだ?」
「……何故でございますか?」
どうしてそんなことを聞くのか分からない、といった顔で首を傾げる。元人間として人間が害虫呼ばわりされるのは結構傷つくからな。とはいえ「僕は元々人間だから害虫と呼ぶのはやめてほしい」なんて言えるわけないし……。
「お前は昨日の余の所業を見ていなかったのか? 余は人間を生物して扱うことすら不快なのだ」
「はっ……! も、申し訳ございませんでした!」
「だからこれ以上人間を害虫などと呼ぶのはやめろ。害虫も迷惑するだろうしな」
これでよし。かえって人間の地位を下げてしまった感があるけど気にしない。
「かしこまりました。ではこれから人間のことは○痢と呼ぶことにします」
悪化した!!
「……アンリよ。お前も女の子なのだから、そのような汚い言葉を発するのはどうかと思うぞ」
「!! ゆ、ユート様は私を異性として扱っていただけるのですか!?」
「え? それはそうだろう……」
するとアンリは歓喜に打ち震えるような顔をした。
「このアンリ、これほどの喜びを感じたことはございません!! 今すぐユート様にこの身体を捧げます!!」
急にどうしたのこの子!? なんか服を脱ぎ始めてるし!!
「何をやってるんだアンリ! 冷静になれ!」
「はっ!? も、申し訳ございません、今はまだ夕方でした……」
いや時間帯の問題ではなくて。
「まったく、可愛い女の子がそう簡単に身体を捧げるなどと言っては駄目だろう。少しは言葉に気を付けろ」
「か……かわい……い……!?」
バターン。アンリは目をハートマークして泡を噴きながら倒れた。どうやら気を失ったようだ。なんというか、色々と残念な子である。
「呪文【万能治癒】!」
僕は所持呪文の一つをアンリに対して発動した。【万能治癒】は怪我や病気といった身体の状態異常を一瞬で治す呪文である。おそらく気絶にも有効だろう。
MP 9999999959/9999999999
僕は自分のステータス画面を確認した。どうやら【万能呪文】はMPを40消費するようだ。確か昨日使った【災害光線】は10くらい消費してたっけ……。まあこんだけMPがあるのなら消費してないも同然だし、覚えておく必要はないか。
「はっ!? わ、私は一体……!?」
呪文を発動して数秒後、気絶状態から復活したアンリが慌てて身体を起こした。
「お前が気を失ったから余の呪文で回復してやったのだ」
「そ、そうだったのですか!? ユート様の前で見苦しい姿を見せただけでなく、ユート様のお手まで煩わせてしまうとは……!! 今すぐ自害します!!」
「その必要はない!」
僕は若干取り乱しながら言った。覇王に転生してまだ四日だけど、アンリから何度「自害」という単語を聞いたか分からないな。
すると広間のドアを二回ノックする音がした。僕が「入れ」と言うと、メイド服を着た女悪魔が三体入ってきて膝をついた。
「ユート様、アンリ様。食堂にてお食事の用意ができました」
あ、もう晩ご飯の時間か。
「報告ご苦労。下がってよいぞ」
女悪魔達は頭を下げ、広間から立ち去った。「なんでメイド服着てるの?」とか「報告だけなら三体も来なくてよくない?」など言いたいことは尽きないが、もうそういうのは気にしないことにした。
「ユート様。前にも申し上げたかもしれませんが、お食事でしたらユート様自ら食堂まで足を運ばれなくとも、大広間まで料理を持ってこさせてもよいのですが……」
食堂に向かう途中、アンリが言った。
「なに、余が信頼する悪魔達と共に食事をするというのも一興だと思ってな」
「……勿体なきお言葉にございます」
あんな高校の体育館みたいな広い場所で一人で食えとか虚しいにも程があるからな。それならたとえ悪魔達しかいなくとも大勢の中で食べる方が数倍マシだ。
「ユート様だ!」
「ユート様がいらっしゃったぞ!」
僕が食堂のドアを開けると、そこにいた悪魔達が一斉に僕の方に注目し、膝をつこうと席から立ち上がった。
「よい! 皆の者、そのまま食事を続けよ!」
僕は食堂全体に響くように大声で言った。図体がデカくなったせいか声がよく通るな。にしても僕と顔を合わせる度にいちいち膝をつかなくてもいいのに。かえって気を遣ってしまうじゃないか。
「ユート様。席はあちらにございます」
先程のメイド悪魔の一人が僕の所までやってきて、左手で方向を示した。その先に一つだけとても豪華な装飾が施された椅子がある。あれが覇王専用の椅子だ。別に普通の椅子でいいんだけどなと思いながら、僕はその椅子に腰を下ろした。
テーブルには既に料理が置かれている。他の悪魔達が紫色のドロドロとしたスープや何かの目玉が入ったスパゲティなど思わず吐き気を催すようなものを食べているのに対し、僕の料理は――ごく普通のオムライス。これは僕が予め頼んでおいたものである。