第29話 天使の大群
「『ヒュトルの爪』『ギラフの翼』についても他二体の滅魔が確保に向かっておりますので、手に入り次第、覇王城に帰還する予定です」
「……残り一つは?」
「『エンダードの眼』については、申し訳ありませんが、まだエンダードの所在を掴めていない状況です。現在覇王軍の悪魔達が調査中ですので、エンダードを発見次第すぐに確保に向かいます」
永遠に見つかりませんように、と僕は心の中で祈った。
だってその四つが集まって『闇黒狭霧』を生成する条件が整ったら、完全に人間を滅ぼす流れになっちゃうよね。その前に何としても覇王のイメージをアップさせ、人間と悪魔が共存する世界を作るという僕の計画を現実のものにしなければ。
「ところでペータ。報告では二日前に覇王城に帰還すると伝えていたではないか。一体どこで油を売っていた?」
さっきのジャンケンで一度も勝てなかったことを根に持っているのか、若干尖った声でアンリが問いかける。
「いやー、土産話が『ガンドルの牙』をゲットしたよーってだけじゃ味気ないと思って、人間領の村をいくつか滅ぼしてきたんすよ。そしたら遅くなっちゃったっす!」
ちょっとおおおおおおおおおお!! 可愛い顔して何してくれちゃってんのこの子!! そんなことしたら僕の計画がパーになっちゃうだろ!!
「ユート様に喜んでもらいたくて、ウチ頑張っちゃったす!」
「……まあ、そういうことなら許してやろう。ユート様も期待以上の働きをしてくれたと満足そうにしておられる」
全く満足してないけど!? 何勝手なこと言ってんの!?
「わーい! ユート様に褒められたっす! 嬉しいっす!」
いや僕何も言ってないよね? 僕は目眩で倒れそうになったが、なんとか持ち堪えた。
「……確かによくやってくれた、ペータ。だがこれからは人間の村を滅ぼすような真似は控えるのだ」
「えっ、どうしてっすか?」
「……知っての通り、余はいずれ全ての人間を絶滅させるつもりだ。あまりお前達が頑張りすぎると余の滅ぼす分がなくなってしまうからな。余はできるだけ多くの人間の悲鳴を聞きたいのだ」
と、いうことにしておこう。
「なるほど、分かったっす!」
「流石はユート様です。人間共の悲鳴が奏でる旋律を私も楽しみにしております」
二人が納得するのを見て、僕はホッと胸を撫で下ろした。
「それにしてもユート様って凄い人気っすねー! 城の入口で覇王軍の入隊志願者がメッチャ並んでるのを見てビックリしちゃったっす!」
ペータが窓を開け、下の方に身を乗り出しながら言う。やばい、ペータのスカートの中が見えそう。僕は咄嗟に目を逸らしたが、どうしてもチラチラと見てしまう。あれは……水色か!?
「ユート様の器量と魅力をもってすれば当然だ。おそらく覇王軍の規模は今の二倍以上になるだろう」
「おおっ! それはワクワクっすねー! おや?」
ペータが床に足を付け、今度は上の方に視線を移した。スカートの中が見えなくなり、ちょっとガッカリする僕。
「どうしたペータ?」
「なんだか大量のカラスがこちらに向かってきてるっす」
「……カラス?」
「いや、あれはカラスじゃなさそうっすね。背中から白い翼を生やして……あっ! あれは天使の大群っす!!」
「……なに?」
僕とアンリも窓から空の方を見る。確かにペータの言う通り、大量の天使がこの城に向かって飛んでくるのが分かった。しかもかなり数が多い。500……いや1000はいるんじゃなかろうか。外に出ている悪魔達もこれに気付いたのか、散り散りになって逃げていくのが見えた。
「まったく。三日前のウリエルといいあの大群といい、天使というのはよっぽど暇な職業らしいな」
って、いつもジェ○ガやドミノをやってる僕が言えたことじゃないか。すると大広間のドアが勢いよく開き、一体の悪魔が慌てた様子で入ってきた。
「ご、ご報告申し上げます!! 天使の大群がこの城に押し寄せております!! その数推定1000!!」
「分かっている。外にいる悪魔達には城内に避難するよう伝えよ。アンリ、ペータ、行くぞ」
「かしこまりました」
「はいっす!」
城の入口付近は大勢の悪魔で混雑していることが予想されたので、僕、アンリ、ペータは窓から飛び降り、直接城の外に出た。流石は覇王の身体、ビル十階以上はあると思われる高さから着地しても痛くも何ともない。
顔を上げると、空は既に大量の天使で埋め尽くされていた。
「いたぞ! あれがセアル様の言っていた女だ!」
「わざわざ城から出てきてくれるとはな! 炙り出す手間が省けたぜ!」
「だが殺すなよ! 生け捕りにして『七星の光城』まで連れて行くのだ!」
天使達の間からはこんな声が聞こえてくる。天使って常に落ち着いた敬語で話してるイメージが僕の中にはあったが、この世界の天使はそうじゃないらしいな。ウリエルの時も思ったけど、もっと天使らしい言葉遣いを身に付けてほしいものだ。
「どうやら天使共の狙いは私のようですね」
「……そのようだな。一体何が目的なのやら」
「おおかたユート様の一番の側近である私を捕らえてユート様を脅迫する材料にする、拷問でユート様の弱点を吐かせる、そんなところでしょう。ユート様に弱点などあるはずもございませんのに、まったく愚かな者共です」
「……そうだな」
弱点というか、実は中身が人間という弱味ならあるけどね……。それを知っているのは僕の妹(という設定)のリナだけだ。
生け捕りにするならアンリよりもリナの方が天使達にとって都合が良さそうだが、おそらくまだリナの存在は天使達に知られていないのだろう。
「んー、どうやら全員下級天使みたいっすね。七星天使は来てなさそうっす」
「ウリエルが余に殺された反省を踏まえ、今回は七星天使は動かず下級天使の数で攻める戦法というわけか。蟻がいくら群がろうと象には敵わないことを教えてやろう……!」
「お待ちくださいユート様」
早速呪文を発動しようとした僕をアンリが制止する。せっかくちょっとカッコつけたところだったのに。
「天使共の狙いは私です。ならばここは我々滅魔にお任せください」
アンリとペータが僕の前に立った。
「ほう、お前達が?」
「七星天使ならともかく、このような雑兵共はユート様が手を下すまでもありません。いつもユート様に任せっきりでは我々の立つ瀬がございませんから」
「そういうことっす! ユート様はのんびり一人ジャンケンでもしててくださいっす!」
「……そうか。ではアンリ、ペータ、任せたぞ」
「「御意!」」
そういやアンリとはこの世界に転生してからずっと一緒にいるけど、実際に戦うのを見るのはこれが初めてだな。ここは彼女達のお手並みを拝見することにしよう。