第28話 第二の四滅魔
「ユート様、大丈夫ですか……?」
「……ああ、問題ない」
アンリが気の毒そうな表情で僕のもとに駆け寄ってきた。正直あまり大丈夫じゃないけど。するとアンリは大広間に入ってきた女悪魔をキッと睨みつけた。
「ペータ貴様!! なんということをしてくれたのだ!!」
「えっ!? ウチ何か悪いことしたっすか!?」
外見は十代半ば、セミロングの髪に、短いスカート。その可愛らしい顔立ちの女悪魔はアンリに怒鳴られて目をパチクリとさせていた。名前はペータというようだ。
「ユート様の崇高な神事の邪魔をするなど……!! 今すぐ自害せよ!!」
「落ち着けアンリ。彼女も悪気があったわけではないだろう」
あと崇高な神事は大袈裟すぎ。
「で、ですがユート様……!!」
「それより彼女は何者だ?」
「……私と同じ四滅魔の一体、ペータでございます」
「!」
僕は目を丸くしてペータの方を見る。彼女も滅魔だったのか。
前にも説明した通り、僕には〝四滅魔〟と呼ばれる四体の悪魔が仕えている。この城における地位は僕に次いで二番目に高い。その内の一体がアンリであり、同様にペータも滅魔の一体のようだ。
そして今更だけど、僕がこの世界に転生した経緯を簡単に説明しておこう。
以前も話したとおり、この世界『ラルアトス』は人間領が90%、悪魔領が10%を占めている。これを良く思っていない悪魔は多く、いつの間にか人間を絶滅させて『ラルアトル』全土を支配することが悪魔達の悲願となっていた。
悪魔の力は人間を遙かに凌駕しているので、普通であれば個体数の差を考慮しても人間を滅ぼすことなど容易いだろう。しかし人間の背後には天使の存在があり、悪魔は迂闊に手が出せないでいた。
そこで悪魔達は天使の力に対抗すべく、大昔に滅んだと言われる〝覇王〟の復活の儀式を執り行った。儀式にはかなりの下準備が必要だったらしいが、その辺の話は詳しく聞いていないので割愛しよう。
儀式自体は無事成功したものの、何故か途中で僕の意識が入り込んでしまい、姿と力は覇王、中身が阿空悠人の僕が誕生した、というわけである。
僕が復活した時はアンリ以外の滅魔は何かの任務を遂行中だったらしいので、この城にはいなかった。だからペータと僕が会うのはこれが初めてである。城に帰ってきたということは任務が完了したのだろう。
「おおっ!? 貴方はもしや!」
ペータは僕の姿を発見すると、目をキラキラと輝かせながら僕に近付いてきた。
「貴方が覇王様っすね! お初にお目にかかるっす! あ、ウチはペータというっす! よろしくお願いしますっす!」
「……うむ」
とても快活に自己紹介をするペータ。すると再びアンリがペータを睨みつける。
「ペータ!! ユート様に向かってその下品な言葉遣いは何だ!! 自害するか言葉遣いを直すか選べ!!」
「よせアンリ。余は言葉遣い程度で気分を害するほど器量の小さき男ではない」
ぶっちゃけこれくらいフランクに接してくれた方が僕も気が楽でいい。
「だが、余のことは覇王ではなくユートと呼んでくれ。それさえ気を付けてくれたら余は別に構わん」
「御意っす、ユート様!」
しかしアンリは未だに納得のいかない様子だった。
「申し訳ございませんユート様。ユート様がお許しになられたとしても、やはり私は許すことができません」
「アンリは相変わらずカタイっすねー。ユート様が構わないとおっしゃってるんだから別にいいじゃないっすか」
「よくない!! 悪魔の頂点に君臨するお方に対する言葉遣いではない!! 私がそのおちゃらけた性格と共に矯正してくれる!!」
「しょうがないっすねー。ならこれで決着つけるっすか?」
ペータが拳をアンリに向かって突き出した。まさか喧嘩か? これを止められるのは覇王である僕しかいない。すぐにやめさせないと。
「お前達、争い事は――」
「ジャンケンっすよ、アンリ!」
えっ、ジャンケン?
「ジャンケンでウチに勝つことができたら自害でも何でもやってやるっすよ。さあ、どうするっすか?」
いや、真面目なアンリがそんな勝負に乗るはずが――
「いいだろう。受けて立ってやる」
受けるのかよ!
「よろしいでしょうか、ユート様」
「……うむ」
まあ殴り合いで決着をつけるよりは何倍も平和的な解決法だろう。
「今日こそ私が勝たせてもらう」
「ふっ、やれるものならやってみるっすよ」
二人の目から火花が飛び散る。ただのジャンケンなのに凄い気迫である。思わず僕はゴクリと喉を鳴らした。
「「最初はグー!! ジャンケンポン!!」」
ペータが出したのはチョキ。アンリが出したのはパー。ペータの勝ちだ。
「いえーい勝利ー!」
「だ、誰が一回勝負だと言った!! これは三回勝負だ!!」
小学生か!
その後もアンリとペータのジャンケンは続いたが、アンリは一度としてペータに勝つことができなかった。
「ふっふっふ。一対一のジャンケンでウチに勝てる奴なんていないっすよ!」
「くっ……!!」
アンリはその場でガクリと膝をついた。強いなペータ。
「ところでペータよ。お前は一つの任務を遂行してきたそうだな。それについて余に詳しく話を聞かせてほしい」
「あ、はいっす! これを入手する任務っす!」
ペータはポケットから白く尖ったものを取り出し、僕に見せてきた。何かの動物の牙だろうか。
「……ユート様は滅魔の任務についてはまだご存じなかったですね。私から説明させていただきます」
アンリがヨロヨロと立ち上がりながら言った。
「ユート様を復活する儀式を執り行う前のことです。ユート様のお力によって人間共が絶滅した後、この世界『ラルアトス』は悪魔が支配することになります。ですが悪魔は人間に比べると個体数が少なく、悪魔だけでこの世界の環境を維持するのは困難を極めると予想されました」
ちょっと待って。僕が人間を滅ぼす前提で話すのやめてくれる?
「そこで我々は『闇黒狭霧』の生成を思い立ちました」
「……闇黒狭霧?」
「闇黒狭霧を浴びた死体は〝半悪魔〟となって蘇り、悪魔の忠実な僕となります。人間が滅んだ後はこの霧を人間領に散布させ、人間の死体を半悪魔として利用する予定です。そうすれば環境の維持も可能になるでしょう」
僕がリナに使った【悪魔契約】の強化バージョンといったところか。怖ろしい計画を考えつくものだ。
「闇黒狭霧の生成には『ガンドルの牙』『エンダードの眼』『ヒュトルの爪』『ギラフの翼』という四つの材料が必要になるので、ユート様の復活に備えて他の滅魔が入手に向かいました。ペータが持ち帰ったのはその中の一つ『ガンドルの牙』です」
「いやー、大変だったっすよ。ガンドルはレベルが700近かったから倒すのにメッチャ苦労したっす」
えっとあの、僕は人間を滅ぼしたりしないからね? そんなの集めてこられても困るんだけど。




