第27話 ドミノ
ウリエルを葬ってから三日が経過した。現在僕はいつものように玉座に腰を下ろしながら、【千里眼】を使って人間領の村々を見て回っていた。目的はもちろん、覇王のイメージアップの為の足掛かりになりそうなものを見つけることにある。
手っ取り早くイメージを上げるには、やはり人々を悪の手から救うのが一番だろう。この間のように山賊に襲われている村とかあればいいんだけど、なかなか都合良く見つからないものだな。
ちなみに三日前のウリエルとの戦いで消費したMPは今朝になってようやく元の数値まで回復した。【死の宣告】でMPを100000も消費しちゃったから、さすがに一晩寝たら全回復というわけにはいかなかった。
またHPに関しては料理を食べたら回復するという新たな発見もあった。僕のHPを削ってくれたウリエルの功績だな。これは推測だが、おそらく自分が美味しいと感じるほどHPの回復は早くなる。では逆に不味いと感じたらHPは減少するのかと聞かれると、それは試してないから分からない。
「…………」
僕は【千里眼】で村を見て回っている内にあることに気付いた。よく考えたらこの呪文って、最強の覗き能力じゃないか? 今までは村全体の景色を見ることにしか使ってなかったけど、細部まで視界を飛ばすことも可能なはず――
っていやいや、何を考えてるんだ僕は。覗きは立派な犯罪だ。僕の呪文はそんな最低なことをする為にあるんじゃないだろう。
と何度も自分に言い聞かせたものの、己の煩悩には打ち勝つことはできず、女の子が住んでそうな一軒家に視界を入り込ませてしまった。僕も中身は思春期の男子。一体誰が責められようか。
「おっ……!!」
するとその家のお風呂場で身体を洗っている女の子を発見した。当然生まれたままの姿であり、しかもかなり可愛い。こ……これは……!!
「ユート様、どうなされたのですか?」
「!?」
目の前で膝をつくアンリの声で我に返った僕は咄嗟に【千里眼】を解除し、思わず玉座から立ち上がった。
「別に何でもないが?」
「ならよいのですが……。やけに呼吸が荒くなっておられたので心配になってしまいました」
そんなに荒くなっていたのか、と僕は顔に手を当てる。反省の意を込めて今日はもう【千里眼】は封印しよう。そもそも男の煩悩と【千里眼】の相性が良すぎるのがいけない。こんなの絶対覗きに使っちゃうだろ。
「それにしても、今日はやけに外が騒がしいな」
立ち上がったついでに僕は窓際まで歩き、城の外を眺めてみた。すると大勢の悪魔が城の入口に向かって長蛇の列を作っているのが見えた。
なんだこれ? 覇王城は行列のできるラーメン店にでもなったのか?
「アンリ、これは一体何の騒ぎだ?」
「全て覇王軍への入隊志願者でございます」
「……入隊志願者?」
「この三日の間にユート様が七星天使の一人を倒されたという噂が悪魔領全土に広がったらしく、それを耳にした野良悪魔達がユート様にお仕えしようとああやって並んでいるのでございます」
なるほど、そういうことか。
「もちろん悪魔なら誰でも入隊できるというわけではございません。それ相応の力を備えているか、謀反を起こす要素はないかなどの厳正な審査をいくつも経た後、覇王軍への入隊が決まります」
「そうか。皆には苦労をかけるな」
「いえ、とんでもございません」
覇王軍の規模が大きくなるのは全然構わないんだけど、城の食糧が足りなくなったりしないか心配だ。まあいざとなったら僕が【創造】で食糧を生成すればいいから特に問題ないか。そんなことを考えながら、僕は玉座に座り直した。
それにしても暇だ。今日はもう【千里眼】は封印すると決めたし、また大広間で過ごす一日になりそうだ。
なんかやることないかなー。ジェ○ガは飽きるほどやったし、次は何か違う遊びをしよう。色々と考えた後、僕はポンと手を打った。
「アンリよ。今からドミノをやるぞ」
「……ドミノ、でございますか?」
アンリは不思議そうに首を傾げた。
というわけで僕は【創造】で様々な色のドミノ牌を大量に生成し、アンリと二人でドミノをやることになった。せっかくこんなに広い大広間があるのだから活用しない手はないだろう。狙うは巨大なチューリップの形を完成させることである。
「これがドミノというものなのですね」
アンリは興味深げにドミノ牌を並べていく。どうやらこの世界にはドミノも存在しないようだ。
「ですがユート様、何故このようなゲームを?」
「ドミノは極限まで集中力を高めなければ最後まで成し遂げることができない究極のゲームだ。この集中力は敵と相対した時にも必ず活きてくるだろう。今までやっていたジェ○ガにも同様のことが言える」
「なるほど、流石はユート様。そのような深い考えがおありだったのですね」
もちろんたった今思いついたことを言っただけである。
「うっかり足で倒したりしないように気を付けるのだぞ。全てが水の泡になってしまうから」
「かしこまりました」
僕はアンリに指示を出しながら、ひたすらドミノ牌を並べていく。こんな覇王の姿は端から見たらなんともシュールな光景だろうな……。
それから数時間が経過した。僕は額の汗を拭い、全体を見渡してみる。今に至るまで大きなミスもなく、いよいよ完成間近である。
「アンリよ、もう一踏ん張りだ」
「御意!」
アンリが気合いの入った返事をする。アンリはここまで僕の指示を完璧にこなしてくれていた。流石は僕の一番の側近である。
だが完成に近付くにつれ、僕の手に震えが生じてきた。やばい緊張してきた。落ち着け集中しろ。焦る必要はない。一つ一つ、慎重に並べるんだ。もう少しで僕は最高の快感を手に入れることが――
「たっだいまー!」
その時、誰かの声と共にいきなり大広間のドアが開いた。それにビックリした僕は思わず手元が狂ってしまい、目の前のドミノ牌を倒してしまった。そして連鎖的にドミノ牌の列が倒れていく。
「あっ、ちょっ……!!」
まだだ、まだ間に合う! 僕はそれを阻止しようと素早く手を伸ばした。しかしその拍子に足で背後のドミノ牌を蹴飛ばしてしまい、他の列まで倒れていく。
「ああっ……!!」
これじゃ今までの苦労が水の泡に!! 何か、何かどうにかできる呪文はないのか!? だが時は既に遅く、僕が目を回している間に全てのドミノ牌が倒れてしまった。
「…………」
僕は絶望し、ガクッと肩を落とした。この世界に転生して最大の精神ダメージである。いくらDEFが99999ある僕でも精神ダメージまでは防ぐことができなかった。




