第26話 四人の七星天使
異世界『ラルアトス』の遙か上空に広がる領域。そこでは老若男女の天使達がそれぞれの生活を営んでおり、『天空の聖域』と呼ばれている。
天使の生活形態は人間とほとんど変わらず、友達とじゃれ合う子供や、ベランダで洗濯物を干す女性、杖をつきながら散歩をする老人など、地面が雲になっていることを除けば地上でもよく見られる光景である。
そして『天空の聖域』の中心に、まるで権力を誇示するようにそびえ立つ一つの城。全てが白で塗り固められたその城の名を『七星の光城』という。その一室では、七星天使の内四人が集結し、円形テーブルの椅子に座っていた。
椅子を前後に揺らして退屈そうに後頭部に手を回す、不良顔の男天使。金平糖のようなお菓子をポリポリと食べる、少女顔の女天使。緊張した様子で膝の上に拳を置く、少年顔の男天使。腕を組んで真剣な表情で腕を組む、大人びた顔の女天使。
「おいおい。イエグ、キエル、ウリエルがいつまで経っても来ねーじゃねーか。あいつらどこで油売ってやがんだ?」
不良顔の男天使が苛ついた顔で言う。
「イエグは現在『狂魔の手鏡』の破壊任務を継続中じゃ。キエルはおそらく地上でバイトじゃろうな」
大人びた顔の女天使が答える。
「けっ、あいつまだそんな奇特なことやってやがんのか。そんでウリエルは?」
「ウリエルは……これから話す」
「あぁ? もしかして俺達に緊急招集をかけた理由と関係あんのか?」
「……その通りじゃ」
「ったく、勿体つけてねーでさっさと話せよセアル。いい加減待ちくたびれたぜ」
セアルと呼ばれた女天使は小さく息をつく。
「そうじゃな。ではこの四人だけで始めよう。ミカ、一旦菓子を食うのは止めるんじゃ。ラファエもよく聞いておけ」
セアルに言われ、ミカと呼ばれた女天使は菓子を食べる手を止めた。ラファエと呼ばれた男天使も顔を上げる。
「ガブリが言った通り、お主達を招集した理由はウリエルにある」
「くくっ。あいつのことだからタンスの角に指でもぶつけて入院したか?」
「口を慎めガブリ」
「へいへい」
ガブリと呼ばれた男天使は呑気に返事をする。しばらく沈黙が訪れた後、セアルは沈痛な面持ちで口を開けた。
「……ウリエルが殺された」
セアルの言葉にミカはピクリと眉を上げ、ラファエは目を大きく見開き、ガブリは腹を抱えて笑い出した。
「ははははは! あの馬鹿死にやがったのか! ウケるわマジで!」
「ガブリ貴様!! 一体何を笑っておる!! 我ら七星天使の一人が死んだんじゃぞ!!」
「いやあ、わりぃわりぃ。くくっ……」
ガブリが笑いを堪える中、ラファエは椅子から立ち上がった。
「本当に……本当にウリエルさんが死んだんですか!?」
「うむ。下級天使の目撃情報も複数あるので間違いないじゃろう」
「そんな……ウリエルさんが……!!」
ラファエは信じられないような表情で、ヘタリと椅子に座り込んだ。
「んで、ウリエルは誰に殺されたんだ?」
「……悪魔の頂点に君臨する男、覇王じゃ」
セアルがそう言うと、ガブリは不敵な笑みを浮かべた。
「なるほどねえ。覇王がこの世界に蘇ったという噂は聞いていたが、どうやら本当だったみてーだな。ま、七星天使を殺せる奴となると覇王くらいしかいねーからな」
「下級天使の報告によると、ウリエルは単独で覇王城に乗り込み、覇王に返り討ちに遭ったそうじゃ。覇王の力を侮った結果じゃろう……」
「ははははは! 俺らに何の断りもなく勝手にそんなことしやがったのか! なんともあいつらしい哀れな最期だなあオイ!」
「口を慎めと言っておるじゃろうガブリ!!」
「おお、怖い怖い」
セアルは悔しさを滲ませた顔でグッと拳を握りしめる。
「確かにウリエルの行動は愚かだったかもしれん。だがウリエルの犠牲を無駄にしない為にも、我々は絶対に覇王を滅ぼさねばならん」
「ウリエルなんざどーでもいいが、覇王を放置しておくわけにはいかねーよなあ。覇王の目的は人間共を滅ぼすことなんだろ?」
「うむ。か弱い人間共を守ることも七星天使の使命の一つじゃ。覇王が人間領への侵攻を始める前に、何としても手を打つ必要がある」
「で、でもどうするんですか? ウリエルさんを殺すほどの力を持っているのなら、僕ら七星天使でも厳しいんじゃ……」
ラファエが震えた声で言う。
「けっ、相変わらずヘタレだなラファエ。だがまあウリエルみてーな何の考えもなしに覇王に喧嘩売るような馬鹿げた真似はしねー方がいいかもしんねーな。何か策でもあんのかセアル?」
セアルは腕を組み、目を閉じる。やがてセアルは静かに口を開けた。
「……まずは覇王の配下の一体を捕獲し、奴らの出方を窺う」
「ははははは! これまたベタな方策だなあ! だがモブ悪魔を一匹拉致したくらいで覇王が人間領への侵略を止めるとは思えねーけどな!」
「そんなことは分かっておる」
セアルは懐から〝ある女悪魔〟の顔が描かれた紙を取り出し、テーブルの真ん中に置いた。
「ほう、こりゃ随分と上玉の女じゃねーか。わざわざ俺の為に見合いの相手を探してきてくれたのか?」
「ガブリ、貴様はもう喋るな」
「冷たいねえセアルは。ミカみてーに何も喋らねーよりはマシだと思うけどな」
ミカはいつの間にか菓子の摂食を再開していた。
「で、俺の見合い相手じゃねーとしたら誰なんだ?」
「此奴は覇王の一番の側近。名をアンリという」
そう、セアルが見せた紙に描かれていたのはアンリの顔だった。
「おいおい、覇王にはこんな可愛い側近がいんのかよ! 毎日あんなことやこんなことがし放題なんだろうなあ! 羨ましいぜマジで!」
「……此奴を捕らえれば間違いなく覇王に大きな圧力をかけることができるじゃろう。それに一番の側近である此奴なら覇王の弱点を知っておるかもしれん。拷問でそれを吐かせることができれば尚良い」
「くくっ。まあ俺は別に構わねーが、捕獲だの拷問だの、まるで天使の所業とは思えねーなあ」
「正直ワシも気は進まん。だが覇王を滅ぼすには手段を選んでいる余裕などない、ということじゃ。異存のある者はおるか?」
ミカはお菓子を口にくわえながらコクリと頷く。ラファエは何か言いたげな顔だったが、口には出さずに俯いた。
「というかミカはちゃんとワシの話を聞いとるのか? さっきから菓子を食ってばかりじゃが」
「……聞いてる」
ようやく言葉を発したミカ。
「覇王なんて私にはどうでもいい。私はお姉ちゃんを殺す為だけに七星天使になったのだから」
「……まったく、相変わらずじゃなミカは」
セアルが溜息をつく中、ガブリはアンリの顔が描かれた紙を指で摘んでヒラヒラとさせていた。
「そんで、誰がこのアンリちゃんを捕らえに行くんだ?」
「此奴の実力が分からぬ以上、我々七星天使が動くのは得策ではない。よってこの作戦は下級天使の人海戦術で臨むことにする」
「んだよ面白くねーなあ。ウリエルが殺されて臆病になっちまったのか?」
「……数は1000もいれば十分じゃろう。多少の犠牲は出るじゃろうがやむを得まい。決行は三日後とする」
「っておい、とうとう無視かよセアル。誰が捕らえてもいいが、アンリちゃんの拷問は俺にやらせてくれよ?」
「……勝手にしろ」
セアルは呆れたように言った。