第227話 転生の真相
「ワタシが貴方を覇王として転生させた理由はただ一つ。この世界を守る為です」
「……どういう意味だ?」
「貴方をこの世界に転生させる前、ワタシにはある未来が視えました。遠い昔に封印された幻獣が復活を遂げ、この世界を滅ぼす未来です」
新たにポットから紅茶を注ぎながら、テミスは淡々と語る。
「幻獣の復活を阻止できればそれが一番でしたが、その未来だけはどんなに手を尽くしても変えることはできませんでした。しかし運命を管理する者として、世界の滅亡を見過ごすわけにはいきません。ですが正直なところ、当時は幻獣を倒せる者などこの世には存在しませんでした」
「……だろうな」
僕ですら幻獣を倒したのはかなりギリギリだったと言っていい。そう簡単に幻獣を倒せる者がいたら苦労しないだろう。
「その一方で、悪魔の方々が覇王をこの世に蘇らせる計画を進めていることを知って、思いついたんです。その覇王に幻獣を倒してもらおうと。覇王ほどの強大な力の持ち主ならば、幻獣を倒せると考えたんです。強大な力に対抗できるのは、同じく強大な力しかありませんから」
随分と思い切った作戦だな。僕が幻獣に敗北していたらどうなっていたことか。
「全ての生命体は肉体と魂が必要不可欠です。しかしながら覇王の魂――あ、貴方ではなくかつての覇王のことです。その魂はかつての幻獣との戦いで消失してしまったため、覇王の蘇生は失敗に終わるはずでした。ですが覇王には蘇ってもらわないと困るので、ワタシは覇王の肉体に新たな魂を宿らせることにしました」
「それが阿空悠人……つまり僕の魂ってわけか」
「その通りです。覇王に転生した時から、貴方にはこの世界を救う使命があったのです。そして貴方はワタシの期待通り、見事幻獣を葬ってくれました。心から感謝しています」
使命、ね……。なんだかテミスの思惑に利用されたアンリ達が少し気の毒だ。彼女らは人間を滅ぼす為に僕を――覇王を蘇らせたというのに。まあ利用されたという点では僕も同じか……。
「つまり僕は最初から、アンタの手の平で踊らされていたってわけか」
「考えようによっては、そうなりますけど……。何から何までワタシが介入していたわけではありません。実際、貴方は自分の意志で幻獣を葬ったはずです」
「それはそうだが……」
「それに覇王に転生して良かったことも多いでしょう? 可愛い彼女さんもできたみたいですし。ウィンウィンってことでいいじゃないですか」
なんだか釈然としないが、過ぎたことをとやかく言っても仕方ない。それにまだ分からないことがいつくかある。
「アンタは何故僕を選んだ? 覇王の身体に魂を宿すにしても、わざわざ別世界の人間の魂を呼び寄せる必要があったのか?」
「どんな魂でも良いというわけではありませんからね。その魂が肉体に適応できなければ、魂はたちどころに消滅してしまいます。覇王のように驚異的なステータスを備えた肉体ならば尚更、適応できる魂は非常に限られてきます」
要するに肉体と魂にも相性がある、ということか。
「仮に適応できたとしても、適応率が低ければ魂は短期間しか保ちません。だから必要だったのです、覇王の肉体との適応率が100%となる魂が。しかし残念なことに、この世界にそのような魂は存在しませんでした。そこでワタシは別世界に目を向けることにしたのです」
「……その適応率とやらが100%だったのが、僕の魂というわけか」
「その通りです。貴方の魂と巡り逢えたのは、まさに奇跡としか言いようがありません」
僕が覇王に選ばれたのは全くの偶然ではなかったのか。どうして僕の魂が覇王の肉体とそこまで相性が良かったのか疑問ではあるが。
「そんな回りくどいことをしなくても、アンタが直接幻獣を倒せば済んだ話じゃないのか? アンタほどの力があればそれくらいできただろ」
「できるものならそうしたいんですけどね。確かにワタシには並外れた力が備わっていますが、その分制約も大きいのです」
「制約……?」
「言ったでしょう、ワタシは〝運命を管理する者〟だと。この世界の運命を一つの物語と例えるなら、ワタシは物語の作者のようなものです。作者を物語に登場させるわけにはいきませんからね。ワタシにできるのは、物語の文章に修正を加えることくらいです。あまり修正しすぎると物語が破綻してしまうので、匙加減は難しいですけど」
「……分かり易い例えをどうも」
この人の言葉を借りるなら、僕を覇王として転生させたことも〝物語の修正〟ってわけか。
「そして今再び、この世界に危機が迫っています。この世界を滅ぼそうとする者が新たに現れたのです」
「……エリトラか」
「はい。幻獣の復活も彼が裏で糸を引いていました。彼の野望を止めなければ、この世界は滅びの道を辿ることになるでしょう」
「それで、今度はエリトラの野望を阻止しろって言いたいんだな?」
「結論を言いますと、そういうことです」
幻獣を倒してめでたしめでたし、というわけにはいかないらしい。平和への道のりはまだまだ遠険しそうだ。だが僕としても、いずれエリトラとの決着はつけなければならない。
「乗りかかった船だ。アンタの頼みを聞くのは構わないが、僕には僕のやり方がある。何故エリトラがあそこまで人間を憎んでいるのか、それを知らないままあいつと戦うつもりはない」
「そう言うと思ってました。貴方がメルエス村にいたのも、彼の過去を調べようと思ったからなのでしょう?」
「……そうだ」
何故僕の考えが分かったのか――今更そんな疑問は湧いてこなかった。
「大抵のことは知ってると言ったよな? アンタならエリトラの過去も知ってるんじゃないのか?」
「ええ。勿論知っていますよ」
拍子抜けするほどに、テミスはあっさりと答えた。
「なら教えてくれ、あいつが人間に恨みを抱く理由を」
「今ここで教えても構いませんが、百聞は一見にしかずです。ワタシの口から聞くより、ご自分の目で確かめられた方がいいと思いますよ」
「ご自分の目でって……そんなこと不可能だろ。過去に飛んでこいとでも言うつもりか?」
「まさしくその通り。貴方を過去へと送って差し上げましょう」
「……はあ!?」
思わず僕は声を上げてしまった。




