第222話 スーの過去
本日、書籍第2巻の発売日です。何卒よろしくお願いいたします。
僕とスーは喫茶店の中に入り、店員の案内で空いている席に座った。とりあえず何か注文しようとお品書きに目を通す。
「僕はアイスティーとチョコケーキにしようかな。スーは何がいい?」
「私はユートを一つ」
「……申し訳ございませんお客様。僕はメニューには含まれません」
「それは残念。なら私はミルクココアとバニラアイスで」
僕は嘆息しつつ、周囲を軽く見回してみる。わりとお洒落な雰囲気の店であり、カップルらしき人達もちらほら見える。
「こんな店まで入って……もう完全にデートじゃない……!!」
「せ、セレナさん! お品書きが破れそうですよ!」
未だにセレナとリナの尾行は続いており、奥の席からセレナが鋭い視線を僕達に向けている。気付いてないフリをするのも一苦労だ。
「お客様。ご注文はお決まりでしょうか」
不意に店員から声を掛けられ、すぐに僕はお品書きに視線を戻した。
「えー、アイスティーとチョコケーキ、それと――ぶーっ!?」
注文の途中、ふと顔を上げた僕は思わず噴き出してしまった。筋骨隆々とした肉体、尋常ではない威圧感。その店員は、紛れもなくキエルだった。
「な、なんでアンタがここに……!?」
「俺は勤務中だ。私語は許されていない」
「……すみません」
聞きたいことは山ほどあったが、正論ではあるので僕は素直に謝った。
「お客様、他にご注文はございますでしょうか」
あくまで店員と客という体でキエルが聞いてくる。
「……ミルクココアとバニラアイス、以上で」
「かしこまりました。ではご注文を繰り返させていただきます。オレンジジュース、チーズケーキ、アイスコーヒー、フルーツパフェの四点でよろしいでしょうか」
「全然違うんだけど!!」
僕は再度メニューを伝え、キエルは厨房へと去っていった。違う品が運ばれてくるんじゃないかと不安でしょうがない。
「今の男の人、ユートの友達?」
「友達というか……。うん、まあ、そうだな」
まさかキエルがこの店で働いていたとは。デートのことで頭がいっぱいで気配を察知できなかった。
それから少し経つと、厨房の方から何かが割れるような音が響いた。
「ちょっとキエルさん!! また皿割ったの!? 今日十枚目だよね!?」
「案ずるなマスター。まだ九枚目だ」
「九枚も十枚も変わらないよ!! これじゃ皿がいくらあっても足りないって!!」
「前から思っていたが、ここの皿の耐久性には問題がある。これを機にもっと頑丈な皿に替えることを提案する」
「自分が割らないように気を付けるって発想はないの!? とにかく割った皿の分は給料から引いとくからね!」
「ば、馬鹿な……!!」
厨房から聞こえるキエルとマスターらしき人のやり取りに、思わず苦笑いがこぼれる。バイトでポンコツ化するのは相変わらずのようだ。
「ユート。私とのデート、楽しい?」
「ああ、楽しいよ。若干の後ろめたさはあるけども……」
セレナ達を横目に僕は呟いた。今の内に言い訳を考えておかなければ……。
「私も凄く楽しい。今日死んだとしても悔いは残らないと思う」
「そんなに!?」
まあ、いつものスーの冗談だろう。だけど楽しいという言葉が嘘でないことは、スーの雰囲気から伝わってくる。
「……実は前からスーに聞きたいことがあったんだけど、いいか?」
「何? 私のスリーサイズ?」
「おっ、よく分かったな。まずはバストから――って違うわ!」
「ナイスノリツッコミ」
グッと親指を立てるスー。やはりスーが相手だと調子が狂う。
「で、私に聞きたいことって?」
「……もう過ぎた話ではあるけど、スーがサーシャ達と協力して七星天使に立ち向かうことを決心した理由って何だ? スーはサーシャ達と違って、大切な人の魂を奪われたわけじゃなかったんだよな?」
僕の問いに、スーは微かに肩を揺らした後、口を開いた。
「前にも言ったけど、人々の幸せを壊す七星天使が許せなかったから。そして私の力を誰かの為に役立てたいと思ったから」
「……本当にそれだけか?」
「それだけ。どうして?」
「んー、こう言うのも失礼だけど、スーってそういう正義感だけで動くようなタイプには見えないからさ」
「……それ、本当に失礼」
「ご、ごめん」
僕が謝ると、スーは微笑を浮かべて小さく息をついた。
「ま、別にいいけど。実際その通りだし」
「えっ……じゃあやっぱり他に理由があったのか?」
「うん。知りたい?」
「ああ。話したくないことなら無理にとは言わないけど」
「…………」
やや逡巡する様子を見せた後、スーは静かに口を開いた。
「六年前……私が九歳の時の話。私は七星天使に誘拐されたことがある」
「は!?」
衝撃的な発言に、思わず僕は立ち上がった。店内の客が一斉に僕に注目する。すぐに僕は我に返り、椅子に座りなおして気持ちを鎮める。
「誘拐されたって、本当かそれ……!?」
「本当。どうして私を狙ったのか分からないけど」
「……その七星天使の名前は?」
「分からない。自分から名乗る誘拐犯なんていないだろうし。目隠しされてたから顔も見てない」
スーの表情や声色からも冗談ではないことが分かる。一体どの七星天使がスーを誘拐したのか。一番そういうことをやりそうなのはガブリだが、あいつはもうこの世にいないので確かめようがない。
「な、何か酷い目に遭わされたりしなかったか?」
「それはもう、人前では言えないようなあんなことやこんなことをされまくった。おかげで私の身体はすっかり汚されてしまった」
「……冗談だな?」
「あ、バレちゃった」
小さく舌を出すスー。この子は事ある毎に冗談を挟まないと気が済まないのだろうか。
「でも七星天使に誘拐されたというのは本当。ま、ユートが想像するようなことはされなかったし、私は処女だから安心して」
「安心って……。で、その後どうなった?」
「一人の男の人が現れて、その七星天使をやっつけて私を助けてくれた」
「おお……! まさしくヒーローってやつだな」
「そう。そしてそれが、私の初恋。名前も知らない人だけど」
自分を救ってくれた人に抱く恋、か。なんだかドラマチックだな。スーに初恋の経験があったことは少し意外だけど。
「助けられた直後に気を失っちゃったから顔も一瞬見ただけで朧気にしか覚えてないけど、今思うとユートに雰囲気が似てた気がする」
「……スーを助けた人と、僕が?」
「うん。その人の正体は本当にユートだったりして」
「はは、そんなわけないだろ。六年前ならまだ僕はこの世界に――ゴホッ、ゲホッ。ま、まだ僕は十才だから、さすがに七星天使をやっつけるのは無理がある」
危ない危ない、僕が転生者だと普通にバラすところだった。
「だから七星天使が人々の魂を奪っていると耳にした時、また七星天使が悪事を働いていることが許せなかった。だから私はサーシャ達に協力して、必ず七星天使を打ち倒すと決めた。要するに復讐ってこと」
「……なるほどな」
まさかスーにそんな壮絶な過去があったとは。普段の佇まいからは想像もつかない。