第220話 消滅した呪文
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「それはそうと、私の知らない間に随分ラファエと仲良くなったみたいね、ユート。ラファエの家庭の事情まで知ってるなんて」
「うっ。それは、まあ、色々あったんだよ」
「色々って何よ?」
セレナがジト目で僕を睨んでくる。仮に僕とラファエの関係を全部話そうと思ったら数分じゃ収まらないだろう。
「セレナ、ラファエに嫉妬?」
「は!? べ、別に嫉妬してないし! まったくスーはすぐ変なこと言うんだから!」
セレナもラファエが女の子だと完全に信じたようだし、僕が異性と親しくしているのはあまり良い気持ちはしないのだろう。
「なんにせよ、ラファエが元気そうでよかったぜ。別れの挨拶もなしに突然いなくなったもんだから、オレ達ずっと心配してたんだぜ?」
「あ、あの時は急用ができてしまって……。お世話になったお礼も言わず、とんだ無礼を働いてしまいました。本当に申し訳ありません」
「そうか。まあ可愛いから許す!」
あの後ラファエと僕が死闘を繰り広げたことなど、アスタ達は知る由もないだろう。
「アスタさん、その、僕は身体こそ女ですけど、中身はまだ男の部分が強いので、だから
可愛いと言われるのは抵抗があるというか……」
「でも女として生きるって決めたのよね? 可愛いのは間違いないんだし、もっと女の子として自信を持っていいと思うわ!」
「……あ、はい。ありがとうございますセレナさん……」
なんとも複雑な表情でお礼を言うラファエであった。今更だけど、もっとまともなエピソードは用意してやれなかったものか。
「…………」
一方サーシャはというと、先程から一言も発さずに訝しげな顔つきで僕を見ていた。やっぱサーシャにはバレてるよな。後でちゃんと本当のことを説明しよう。
「そうだ、実はサーシャに折り入って頼みがあるんだ」
「……私に? 何だ?」
「ラファエに生活するための家を与えてやってくれないか? 今のラファエは住むところがなくて困ってるんだ」
「随分簡単に言ってくれるな……。そんな大それた頼み事は初めてだぞ」
「……だろうな」
「す、すみません。どうしても無理なら大丈夫ですので」
その気になれば僕の【創造】で家屋の一つや二つくらい難なく生成できるが、やはり住むなら呪文ではなく人の手で造られた家の方がラファエも安心だろう。僕の想像力で生成した家だと構造上の不安とかもあるし。だからそれは最後の手段だ。
「親から勘当されたんじゃ、住むところがないのは当然よね……」
「だったらラファエ、オレの家に住むってのはどうだ?」
「えっ……いいんですか?」
「ああ。居候が一人増えるくらいどうってことねえよ」
アスタの懐の深さに僕も感極まる。が、これには一つ問題がある。
「アスタ。気持ちは嬉しいけど、ラファエは精神面はともかく身体は完全な〝女の子〟だぞ。変な気を起こしたりしないだろうな?」
「……………………当たり前だろ」
「ちょっ、何ですか今の間!? 凄く不安なんですけど!!」
「ば、馬鹿野郎!! いくらオレでもダチに手を出したりしねーよ!! お前らもそう思うよな!?」
「アスタなら有り得る」
「アスタの家に住ませるのは危険ね」
「がはっ!!」
スーとセレナから容赦ない言葉を喰らい、アスタは吐血して倒れた。
「んー、ならアタシの家に住む? 多分お姉ちゃんも喜んで受け入れると思うし」
「けどもし、ラファエの男の部分が目覚めてセレナに襲ってきたら?」
「は!? いや、ラファエはそんなことしないでしょ! アスタならともかく!」
「がはあっ!!」
再び吐血するアスタ。もう死体蹴りはやめてやってくれ。
「皆さん、ありがとうございます。だけどそのお気持ちだけで十分です。これ以上皆さんに御迷惑はかけたくないので……」
「……このアジトでよければ、貸してやってもいいが」
背後の建物を親指で差しながらサーシャが言った。
「い、いいんですか!?」
「リナのお守りも今日で終わりだし、私も自分の家に帰るつもりだからな。そうなったらこのアジトは無人になる。一人で住むには広すぎるかもしれないが」
「いえ、全然大丈夫です! 本当にありがとうございますサーシャさん。なんとお礼を言ったらいいか……!!」
「気にするな。困った時はお互い様だ」
てか、元々この建物ってサーシャ所有者の弱味を握って奪ったものだったような……。まあ、細かいことはいいか。
「さて。話も一段落したところで、そろそろ中に入ってくれ。せっかくリナが料理を用意してくれたのに、食べる前に冷めてしまう」
「リナちゃんの手料理!? マジかよすっげー楽しみ!」
「そ、そんなに大したものではないので、あまり期待しないでください」
「リナも料理できたの? そういうことはもっと早く言ってよ。今度二人で何か作りましょ!」
「あ、はい! 私でよければ是非!」
談話しながら建物の中に入っていくセレナ達。僕も後に続こうと歩き出した矢先、スーから人差し指で肩を突かれた。
「なんだ?」
「ユート、私を愛人にしてくれない?」
「そういう冗談はいいから、早く用件を言ってくれ」
「……ノリ悪い」
面白くなさそうに小さく頬を膨らませるスー。だいぶスーの悪ふざけにも耐性がついてきた気がする。
「ユートに貸したはずの私の呪文が、まだ戻ってきてない」
「えっ……呪文って【憑依】のことだよな? ひょっとしてアスタの【電撃祭】やセレナの【重力操作】もか?」
「ううん。戻ってきてないのは私の【憑依】だけみたい」
「……?」
僕は首を傾げる。幻獣との戦いの最中、サーシャが【能力共有】と【能力付与】を使って僕に皆の呪文を与えてくれたことは後からサーシャの話で聞いた。既にサーシャはその二つは解除したそうなので、皆の呪文はそれぞれの持ち主に返されたはずだ。その証拠に僕の所持呪文には【電撃祭】や【重力操作】は勿論のこと【憑依】も今となっては存在しない。ならば何故――
「あっ……」
そうか、分かった。原因は幻獣が使っていた【永遠解呪】だ。あの呪文で解除された呪文はその存在ごと抹消される。皆が与えてくれた呪文の中で、唯一スーの【憑依】だけ【永遠解呪】を使われてしまった。存在自体が消えてはスーに戻るはずもない。
「深刻な顔して、どうしたの?」
「……ごめん。スーの【憑依】は、その……。消滅したんだ」
「えっ?」
スーも足を止め、目を丸くして僕を見つめる。
「消滅って、どういうこと?」
「詳しい理由は説明できないけど……。とにかく本当にごめん! 簡単に許せることじゃないと思うけど、お詫びに何でもするから!」
僕はスーに深く頭を下げた。いくつも呪文を所持している僕と違って、スーのような人間にとって呪文というのはとても稀少なものだ。それを一つ失うだけでもショックは計り知れないだろう。
「ユート、顔を上げて」
しかしスーはいつもと変わらぬ口調で僕にそう言った。
「……お、怒ってないのか?」
「別に。私には【生類召喚】の呪文もあるし。私の呪文がユートの役に立ったのなら、私はそれだけで嬉しい」
「スー……!!」
僕は目頭が熱くなった。普段は冗談ばかり言って周りを困らせることもあるけど、やはり根は優しい子だ。
「だけど今、何でもするって言ったよね?」
「え? あ、ああ。僕にできることなら……」
不敵な笑みを浮かべるスー。あ、これ何か悪いことを企んでる顔だ。




