第219話 偽装エピソード
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「久し振りだなユート! 相変わらず冴えない顔してんな!」
「余計なお世話だ」
軽口を交わしながら、僕はアスタと拳を合わせた。
「ユート、水たまりの絵を描く趣味の方は順調?」
「そんな虚しい趣味があると言った覚えはない!」
スーもいつも通りで安心した。セレナは二人の後ろでなにやらモジモジしている。しばらく会ってなかったので、どういう態度で僕と接したらいいのか分からず困っているのだろう。なんともセレナらしい。
「……ごめんなセレナ。寂しい思いをさせてしまって」
「は!? べ、別に寂しい思いなんてしてないけど!? ただその、暇だったからちょっと来てみただけよ!」
「はは……」
思わず苦笑してしまう。セレナのツンデレっぷりは健在のようだ。
「今の見たかリナ? これぞ真正のツンデレというやつだ」
「誰がツンデレよ!!」
「か……完全敗北です……」
何故か肩を落とすリナであった。
「なんつーか、色々と大変だったみてーだな。詳しくは聞かねーけどよ」
「……ああ。ありがとな。今の僕があるのはアスタ達のおかげだ」
「な、何だよ急に。気持ちわりー奴だなぁ」
皆には心から感謝している。幻獣との死闘の最中、皆が僕に力を貸してくれなかったら、僕は幻獣に敗北していた……。
「ところでユート。さっきからあそこに隠れている人物は何者だ?」
「……え?」
サーシャが指差した先に目をやると、少し離れた木の陰でラファエが縮こまっていた。さっきから声がしないと思ったら、あんな所にいたのか。僕は溜息交じりにラファエのもとまで歩み寄る。
「何やってんだよ。お前も早く顔を見せてやれって」
「や、やっぱり無理です!! こんな姿になった僕を皆さんに見せるなんて!!」
「……まあ、気持ちは分かるけど、ここまで来た以上は腹を括れよ」
「括れません!! 絶対笑われるに決まってます!!」
「大丈夫、笑われないって。多分……」
どうしたものかと僕が悩んでいると、セレナ達の方からこちらに近づいてきた。
「誰か連れてきたのかユート……ってうおっ!? 何だこのメチャクチャ可愛い子は!? 結婚してください!!」
「落ち着けアスタ。この子は――」
「あ、分かった。ユートの浮気相手だ」
「またスーはそういうこと言う!!」
「浮気……相手……?」
セレナの全身が暗黒のオーラに包まれていく。まずい、今にもセレナの中から何かが召喚されようとしている。早く誤解を解かなければ……!!
「んん? なんかこの子、どっかで見たことあるような……」
「……私も同じこと思った」
じっとラファエを見つめるアスタとスー。それもそのはず、ラファエの女装姿が反映された結果が今のラファエなのだから。
「な、何を言ってるんですか! 僕――じゃなかった、私が皆さんとお会いするのはこれが初めてです!」
他人のフリで乗り切るつもりか!?
「んー、この喋り方も初めて聞く感じじゃないっつーか……」
「き、気のせいですよアスタさん!」
「ん? なんでオレの名前知ってんだ?」
「えっ!? そ、それはほら、ユートさんから事前に聞いていたので……」
早くもボロが出始めたな。もはや気付かれるのは時間の問題だろうし、僕が引導を渡してやるか。
「実は……ラファエなんだ」
「……は?」
まるで時が止まったかのように、全員の表情が固まった。
「ラファエって……あの?」
「ああ。なあラファエ」
「……はい」
やっと観念したらしく、ラファエは小さく頷いた。
「……ぷっ。お、お前、何だよその格好。くくっ……」
「ちょっとアスタ、笑ったら失礼でしょ……ぶふっ!」
声を押し殺して笑うセレナ達。まあ、こうなるよな。ラファエは今にも泣きそうな顔で震えていた。
「皆さん、酷いです……」
「げほっ、わりーわりー。けど女装して登場されたら笑うなっつー方が無理だろ。まさかそっちの趣味に目覚めちまったのか?」
「目覚めてません!!」
「もしそうなら、ラファエに女装を強要した私に責任がある。本当にごめん」
「だから違いますって!!」
「じゃあなんで女装してるのよ?」
「そ、それは……」
全ては僕が元凶なのだが、その経緯を正直に話すわけにもいかない。だから予めラファエと口裏を合わせ、偽装エピソードを用意してきた。
「ほらラファエ、ちゃんと皆に説明してやれよ」
「ど、どうしても話さないといけませんか……?」
「そう決めただろ。このままだと本当に女装趣味に目覚めたと思われるぞ」
「ううっ……」
短い沈黙の後、ラファエは躊躇いがちに口を開いた。
「その、実は、僕……」
そこまで言って、ラファエは口籠もってしまう。やはり本人の口から言わせるのは酷か。しょうがない、ここは僕が代わりに話すとしよう。
「皆、聞いてくれ。これは女装なんかじゃない。ラファエは正真正銘、女の子なんだ」
「はあっ!?」
全員が驚愕の顔を浮かべた。当然の反応だろう。
「どういうことだよ!? 前会った時のラファエは確かに男だったよな!?」
「外見上はな。ラファエは自分が女であることを隠して、男として皆と接してたんだ」
「ほ、本当に? 中性的な顔立ちをしてるとは思ってたけど……。でもどうして男として振る舞ってたのよ?」
「ラファエが親から勘当されたって話、覚えてるか? ラファエは家庭の事情で、ずっと男として育てられてきたんだ。でもラファエは女としての自分をどうしても捨てられなくて、ある時親に猛反発したんだ」
「それで勘当されて、家出したってわけか……」
親に勘当されたという話も適当に出た嘘だったが、それを繋げることでより信憑性は増すに違いない。
「そしてこの度ついに、ラファエは親と完全に縁を切る決意をして、本来の生き方――女として生きる道を選んだんだ」
「そうだったのか……。そんな事情があったとは知らず、さっきは笑っちまってすまねえラファエ。馬鹿なオレを思いっきり殴ってくれ!」
「いえ、大丈夫、です……」
「ラファエも苦労してきたのね。なんかアタシ、感動しちゃった」
「勘当だけに?」
「スー、こういう時くらい空気読みなさい!」
どうやら皆、僕が考えた偽装エピソードを信じてくれたようだ。罪悪感はあるけども背に腹は代えられない。
「ユートさん。もし僕が男の身体に戻れたら、今度はどう説明するんですか……?」
ラファエが小声で聞いてくる。僕は小さく笑みを浮かべ、こう答えた。
「……その時はその時だ」
「何も考えてないってことですか!?」




