第218話 雑ンデレ
人間領に出向く前に、一旦僕はラファエの部屋から出て、地下の別の部屋を訪れた。この部屋には〝とある剣〟が安置してある。武器を取りに来たつもりはなかったが、やはり気が変わった。
これまで僕は武器というものを使ったことがない。今後も必要になる場面はまずないだろうが、僕の状態が万全でない以上、念を入れておくに越したことはないと思ったのだ。
その剣の前に立った時、僕は自分の胸がザワつくのを感じた。この剣を見ていると、どうしても〝アイツ〟の顔が過ぎって嫌な気分になる。だがまあ、せっかくなので利用させてもらうとしよう。
「呪文【収縮】!」
僕は呪文を発動してその剣を三十分の一サイズに収縮させ、懐に入れた。こんな禍々しい剣を露わにしたまま人間領を彷徨くわけにはいかないからな。それから僕はラファエの部屋に戻った。
「待たせたな。では人間領に向かうとしよう」
「はい、よろしくお願いします」
リナに会うのも約一ヶ月ぶりだ。ちゃんと元気でやってるだろうか。そんな心配をしながら、僕は【瞬間移動】を発動した。
人間領に転移した僕とラファエ。少し先にサーシャのアジトが見える。聞いた話によると、現在あのアジトに住んでいるのはサーシャとリナの二人だけらしい。
「あそこに見えるのが、サーシャさんのアジトですか?」
「ああ。別荘よりも更にデカいだろう」
っと、人間領で覇王の姿を晒したままだと騒ぎになりかねない。僕は【変身】を発動して人間の姿になった。
「それじゃ行くか。サーシャ達はあの中で待ってるはずだ」
「は、はい……」
ラファエがなんとも複雑な表情をしていたので、僕は首を傾げた。
「どうかしたか?」
「あ、いえ。今更ですけど、覇王とユートさんが同一人物ってことが信じられないというか……」
「まあ、無理もないよな。今の僕が覇王だなんて誰も想像できないだろうし」
「はい、どこからどう見ても普通の人間ですよ。ちなみに口調は意図的に変えてるんですか?」
「……無意識だ」
以前サーシャにも同じことを聞かれたな。
「その姿のユートさんの正体が覇王だと知ってる人は僕以外にもいるんですか?」
「サーシャとリナ、あとはキエルくらいだな」
「キエルさんも知ってたんですね……」
そう言えば、キエルは今頃どこで何をしてるのだろうか。あの決闘以来、キエルとは一度も会っていない。案外またどこかでバイトをやってたりして。
「あ、もしセレナ達に会うことがあっても僕の正体は絶対バラしたら駄目だからな」
「勿論分かってます。でもセレナさん達のような優しい方々なら、ユートさんが覇王だと知ったとしても受け入れてくれると思いますが……」
「セレナ達とは対等な関係でいたいんだ。とにかくバラすんじゃないぞ。もしバラしたらスーに頼んでまた女装を――って、もう女だったなスマン」
「ワザと言ってますよねそれ!?」
そんな話をしている内に、僕はサーシャのアジトの前に着いた。
以前はここに沢山の子供達がいたが、今となってはその気配もない。子供達の親の魂も無事に本人の身体に戻り、皆それぞれの家庭に帰ったのだろう。喜ばしいことだが、ちょっとだけ寂しさも感じる。
「おっ、来たか」
「お兄様!」
僕の来訪を気配で察知したのか、ドアが開いてサーシャが姿を見せた。リナも一緒だ。
「伝えてた通り、リナを迎えに来た。遅くなってごめんなリナ、元気でやってたか?」
「えっと……。べ、別にお兄様に会えて嬉しいとか、思ってないんだからね!」
ん? 何この雑なツンデレ。一方サーシャは何故か難しい顔をしている。
「うーん。やはりリナにツンデレ属性はあまり合わないかもな」
「す、すみません。もっと精進します……」
「サーシャがやらせたのか!? リナに変なこと吹き込むのやめろ!!」
「妹属性を植え付けたお前に言われたくはないな」
「うっ……」
別に属性を植え付けたつもりはないが、それを言われては反論できない。なんか以前リナが覇王軍の悪魔達の前で無理にツンデレを披露したことを思い出してしまった。
「あっ! お兄様、さっきのは嘘です! 本当は会えて凄く嬉しいです!」
「うん……分かってる。とにかく元気そうで何よりだ。ところでサーシャは自分の家に帰らなくてよかったのか? 父親の魂はちゃんと戻ってきたんだろ?」
「ああ。だが、こんなだだっ広い建物にリナを一人だけ残すのも可哀想だからな。リナをお前のもとに帰すまで私だけは残ることにしたんだ」
「私は一人でも大丈夫と言ったんですけど、サーシャさんったら頑固ですから」
「頑固とは人聞きが悪いな。別に否定するつもりはないが」
相変わらず面倒見の良い六歳児である。
「リナが世話になったなサーシャ。感謝するよ」
「感謝するのは私の方だ。お前のおかげで私達は家族を取り戻すことができた。子供達も泣いて喜んでいたぞ。皆を代表して心から礼を言う」
「……そうか。よかった」
これまでの戦いは決して無駄ではなかった。失うものもあったが、それ以上の見返りはあったと自信を持って言える。
「しかしリナの家事スキルの高さには驚かされたな。料理、掃除、洗濯、何でも完璧にこなしてくれた。むしろ私の方が世話をされた気分だ」
「か、完璧だなんてそんな! お兄様が引き取ってくださるまでは毎日のようにやってましたから、勝手に身に付いただけです」
覇王城に住み始めるまでリナは奴隷だったから、否応なく家事をやらざるを得ない環境だったのだろう。覇王城ではメイド悪魔達が家事をやってくれているが、リナはよく自分から進んで彼女達を手伝っていた。僕は別に手伝う必要はないと言ったけど、本人曰く何かしてないと落ち着かないそうだ。
「言い忘れていたが、もうすぐあの三人が来るはずだ」
「! セレナ達が?」
「ああ。三人とも今は元の生活に戻ったが、今日お前がここに来ることを伝えたら、迷いなくお前に会いたいと答えた。ずっとお前のことを気にかけていた様子だったしな」
「……そうか」
僕も三人に会いたいと思っていたから嬉しい。特にセレナには寂しい思いをさせてしまっているだろう。
「おっ。噂をすれば」
後ろを振り向くと、僕のよく知る三人の人物がこちらに駆けてくるのが見えた。アスタ、スー、そしてセレナだ。