第217話 成功?失敗?
まず僕は人体に関する本を十冊ほど用意。それから【瞬間移動】を使い、生物の気配が全くない荒野へと場所を変えた。ここなら人目を気にしなくて済む。
そして僕は三日三晩、人体の生成に挑戦した。本を何度も熟読して人体の構造を頭の中に叩き込み、【創造】の呪文を発動する。しかしやはり一筋縄ではいかず、何度やっても人体に似た何かが生成されるだけだった。
「くっ……!!」
始めてから一体どれくらいの時間が経過しただろうか。未だに人体の生成は成功していない。荒野には人体の失敗作が無数に転がっており、まさに地獄絵図とも呼ぶべき景色が広がっていた。
「ラファエ……これで何度目の失敗だ……?」
『えっと、今ので675回目です……』
「ふっ……そうか……」
思わず失笑が漏れてしまう。MPはまだ余力があるが、先に僕の気力の方が限界を迎えそうだ。果たして本当に成功する時が来るのだろうか。やはり神様でもないのに人体をしようなんて無謀な試みだったのか――
などと弱気になっている場合ではない。約束したじゃないか、ラファエに新たな肉体を与えると。自分で決めたことを途中で投げ出すなど、覇王としてのプライドが許さない。最後まで諦めてたまるか……!!
「呪文【創造】!!」
僕は呪文を発動する。が、やはり生成されるのは人体に似た何か。これで676回目の失敗だ。いつの間にか僕の額からは大量の汗が噴き出ていた。
『もういいですユートさん! 僕なんかの為に、そこまでしなくても……!!』
ラファエの魂が叫ぶ。これまで何度も止められたが、僕は頑として首を横に振った。
「……お前の為だけではない。これは余のケジメでもある」
『ケジメ……?』
「お前の肉体が滅んだのは余にも責任がある。それが蟠りとなって今も尚、余の中に残っている。だからこれは、その蟠りを消し去る為でもあるのだ」
『そんな、ユートさんに責任なんて……』
「いいから黙って見ていろ。ようやく手応えを掴んできたところだ」
無論、ただの虚勢だ。手応えなどまるでない。が、決して成功確率は0%ではないという予感がある。何の根拠もないが、今はその予感に縋るしかない。
「呪文【創造】!!」
そして僕は677回目の【創造】を発動した。
その時――僕は直感で悟った。この生成は成功する。これを逃せば次はいつ成功するか分からない。もしかしたらこれが最初で最後のチャンスかもしれない。
しかし一つだけ誤算があった。それは僕の精神が極限状態に陥っていたことだ。故に僕は最大のミスを犯してしまった。
「……成功だ」
目の前に横たわったものを見て、僕は呟いた。間違いない、正真正銘の人体だ。ついに僕は人体の生成に成功したのだ。
「喜べラファエ。お前の新たな肉体だ」
『喜べませんよ!! どういうことですかこれ!!』
ラファエの魂から強烈なツッコミが入る。確かに僕は人体の生成に成功した。が、その人体は――長い黒髪、白い肌、丸みを帯びた尻、膨らんだ胸。そう、それはどこからどう見ても〝女〟の身体だったのである。
以前サーシャの別荘で、ラファエがスーから女装を強要されたことを覚えているだろうか。僕が【創造】を発動した直後、不意にその時の光景が脳裏を過ぎってしまった。結果それが【創造】に反映されてしまい、女の身体が生成された、というわけだ。
普通ならこれも失敗として扱うだろうが、この時の僕はまともな判断ができる精神状態ではなかった。
「ではラファエ、今からお前の魂をこの身体に移し替える」
『はい!? ちょ、ちょっと待ってください!! 女性の身体にしてほしいなんて一言も言ってませんよね!?』
「男だろうが女だろうが人体であることに変わりはないだろう。お前が望んだことなのだから文句を言うな」
『女性の身体なんて望んでませんよ!! これじゃ性別まで変わって――うわああああああああああーーーーー!!』
僕は無理矢理ラファエの魂を、その身体に注入したのであった。
☆
以上が、ラファエが女の子の姿になってしまった経緯である。今思えばとんでもないことをしてしまったものだ。
「まあ……あの時のことはすまなかった。深く反省している」
「そ、そう思うのでしたら、また新しい身体を生成してください! 今度はちゃんと男性の身体で!」
「それは難しい。人体の生成に成功したのは奇跡と言ってもいい。いくら余でも、その奇跡を二度も起こせるとは思えない」
「そんな……」
「それに肉体間の魂の移動は魂に絶大な負担が掛かる行為だ。既にお前の魂は四度も肉体間の移動を行っている。次にそれをやれば、お前の魂は存在を保てずに消滅してしまうかもしれん」
ガブリ→幻獣→僕→新たな肉体と、思い返せばラファエの魂は様々な者達に取り込まれてきた。それでも魂が存在を保つことができたのは、七星天使の一人というだけあって魂が強固な力を宿していたからだろう。常人の魂ならばとっくに消滅しているに違いない。
「では、僕は一生このままってことですか……?」
「……その可能性は高いな」
絶望の表情で俯くラファエ。
「僕に人間の身体を与えてくださったことには感謝してます。でもまさか、性別が変わるなんて思いませんでした……」
「まあ、なんだ。別に悪いことばかりではなかろう。女湯に入ってもバレないという素晴らしい利点があるではないか」
「僕はそんなこと絶対しません!!」
だろうな。思春期の男子なら舞い上がりそうなものだが。
「案ずるな、この世界は広い。きっとお前を男に戻す方法はあるはずだ。それまでその身体で辛抱してくれ」
「そんな方法があればいいですけど……」
ラファエを地下室に匿っているのは、人間となったラファエが悪魔達に見つかったら面倒なことになると思ったからだ。中でもアンリの嗅覚は非常に厄介であり、リナをこの城に連れてきた時も誤魔化すのにとても苦労した。今度ばかりは僕の妹ってことにするわけにもいかないし。
アンリに半悪魔領の統制を任せたのは、アンリをラファエから遠ざける目的もある。人間嫌いのアンリにラファエが見つかって即殺されたら笑えないからな。だが、いつまでもこんな囚人のような生活を強いるのはさすがに気の毒だ。
「ラファエよ。これから余はサーシャ達に会うため人間領に向かうが、お前も一緒に連れて行こうと思う」
「! 僕もですか?」
「ああ。ずっと地下室に閉じ込めておくのは不憫だからな。せっかく人間になったのだから、人間領に住むのが一番だろう。サーシャに頼めば住居くらいは提供してくれるはずだ」
するとラファエの顔が少しだけ明るくなった。
「それは助かります。正直ここはあまり落ち着けませんから。でも、今の僕がラファエだとサーシャさん達に信じてもらえるでしょうか……?」
「…………」
思わず目を逸らす僕。
「何か言ってくださいよ!!」
「……まあ、それに関しては、余も努力する」




