第216話 人体の生成
「あの二人、ちゃんと仲直りできたみたいでよかったっすね。でもラブラブすぎてちょっと引いちゃったっすよ」
「!?」
突然上からペータの声がした。見上げると、ペータが天井の柱に蝙蝠のようにブラ下がっていた。一体いつからそこにいたんだ。相変わらずペータの気配は読みづらい。
「ところでユート様、エリトラってまだ戻ってきてないっすよね? 一体どこに行ったんすかねー」
「……そうだな」
四滅魔の一人――エリトラは完全に僕達の敵に回ったと見ていいだろう。だから今となっては〝四滅魔〟ではなく〝三滅魔〟とするのが正しいと言える。
しかしエリトラが反旗を翻したことは僕以外に誰も知らない。七星天使との第二次大戦後に行方が分からなくなった、というのが皆の認識であり、今でもエリトラは僕の配下で四滅魔の一人だと思っているはずだ。
だが、今はそれでいい。真実を話せば覇王軍は大騒ぎになるだろうし、余計な混乱はできるだけ避けたい。無論、エリトラの正体についても明かすつもりはない。覇王に仕える四滅魔の一人が実は人間でした、なんて言えるわけがない。
それに、エリトラが裏切ったのは僕にも責任がある。エリトラは人間共を滅ぼすために僕の配下になったと言っていた。しかし知っての通り僕には人間を滅ぼす気など更々ないので、エリトラは僕を見限って幻獣を復活させるという道を選んでしまった。だからこの件は僕一人で片を付けるつもりだ。
「エリトラが見せてくれる手品、面白いからまた見たいっすけどねー」
そう口にしながら、ペータは柱から足を離して華麗に着地を決める。
「ま、いいや。それよりユート様、暇だから遊んでくださいっす! またトランプとかやりたいっす!」
こんな気軽に僕を遊びに誘えるのはペータくらいだろうな。そんなことを思いながら、僕はペータの頭に手を乗せた。
「悪いがペータ、これから余は用事で城を離れる。トランプはまた後日やろうではないか」
「えー。それなら仕方ないっすね……」
色々と落ち着いてきた頃だし、そろそろサーシャに預けたままのリナを迎えに行かなくてはならない。既にサーシャには連絡済みだ。が、その前に会っておきたい人物がいる。
僕は大広間を出て城の地下へと向かう。地下室は主に武器の保管庫として利用されているが、別に武器を取りに来たわけではない。目的は、地下室で一人寂しく過ごしている〝彼女〟に会うことだ。
やがて僕はその人物がいる部屋の前に立ち、ドアを軽くノックをした。
「ユートだ。入るぞ」
「……どうぞ」
小さく声が返ってきたので、僕はドアを開けて中に入った。そこにいたのは――七星天使の一人、ラファエである。果たして現在のラファエを七星天使と呼んでいいのか分からないが。
「すまないな、こんな狭い部屋に押し込めてしまって。ここでは何かと不便だろう」
「いえ、大丈夫です……」
知っての通りラファエは男だ。しかし僕がラファエを〝彼女〟と呼んだのは間違いではない。何故なら今のラファエは正真正銘〝女の子〟だからだ。どうしてこんなことになったのかというと――
☆
時は少々遡り、幻獣との戦いから五日後のことである。僕はこの五日間の大半を睡眠時間に費やし、可能な限りMPを回復させていた。それにはある理由があった。
「ラファエ。これよりお前には新たな肉体を与えようと思う」
僕はラファエの魂に語りかける。幻獣との戦いを終えた後も、依然ラファエの魂は僕の中に取り込まれたままであった。
『新たな肉体……ですか?』
「ずっと余の中に留まられては迷惑だからな。お前もその方が良かろう。だがお前の元の肉体が滅んだ以上、新たな肉体を用意する必要がある」
『そ、そんな簡単に用意できるものなんですか?』
「常識で考えれば不可能だが、余の力ならば可能だ。簡単にとはいかないだろうがな」
そう、僕には【創造】の呪文がある。理論上〝生命〟の創造は無理でも〝肉体〟の創造ならば可能なはずだ。
『また……ご飯を食べたり誰かと触れ合ったり……普通の生活が送れるようになるってことですか……?』
「そういうことだ」
『あ……ありがとうございます……!!』
歓喜に打ち震えるラファエの顔が目に浮かぶようだ。早くそれを現実のものにしてやらないとな。
「さて。新たな肉体を創造するにあたって、何か要望はあるか? 高身長のイケメンにしてほしい、などといった要望があるなら聞き入れてやらんこともないが」
『あはは……外見は元のままで構いません。ただ……』
「ただ?」
少し間を置いて、ラファエの魂はこう告げた。
『できることなら……人間の身体にしてほしいです』
予想外の発言に、僕は多少なりとも驚いた。
「人間の身体……。つまりそれは、人間になりたいということか?」
『はい。以前サーシャさんの別荘でお世話になった時、アスタさん、セレナさん、スーさん……。人間の皆さんは当たり前のように、僕に優しく接してくれました。その時僕は思ったんです。ああ、僕のこの人達と同じ、人間だったらなあって……』
ラファエと一緒に食事をしたり人生ゲームで遊んだりした時の光景が、僕の脳裏に浮かんだ。あの時のラファエは心から楽しそうだった。
「お前の気持ちは分かった。だが、人間の身体は天使に比べると大幅にステータスが落ちることになる。それでも構わないか?」
『はい。僕にはもう、戦うための力なんて必要ありませんから』
「……そうか」
かつてこの僕をも追い詰めたラファエの力。それを自ら捨てるというのは少々勿体ない気もするが、本人がそう決めたのなら僕に異論の余地などあるはずもない。
『す、すみません。覇王であるユートさんに人間の身体をお願いするなんて、よく考えたら変ですよね。無理なら大丈夫ですから』
「いや、問題ない。むしろそちらの方がやりやすくて助かる」
『やりやすい? どういう意味ですか?』
「……気にするな。こっちの話だ」
僕も元は人間だから、とは言えないからな。
「では始めるとしようか、人体の生成を」
とは言ったものの、人体の生成は初めての試みだ。人形やトランプを生成するのとは訳が違う。人体の構造を隅々まで把握していなければ生成は無理だ。
おそらく何度も失敗することになるだろう。だからこそ僕はこの五日間をMPの回復に費やしたのだ。たとえ数十回数百回と失敗を重ねようと、必ず人体の生成に成功してみせる……!




