第214話 覇王の最期……?
「おや? 初めて聞いた、という顔ですね。どうやらキエルは我の正体を言いふらしたりはしなかったようだ。まあ、そんなことをする人ではないとは思っていましたが」
以前キエルは僕にエリトラの行方を聞かれても、何も答えなかった。その理由が今ようやく分かった。
「何故だ……人間の貴様が、何故そこまで人間を憎んでいる……!?」
「ホホホ、まあ当然の疑問ですよね。しかしそれを貴方に話したところで、時間の無駄にしかなりません」
「……フッ。そうかもな……」
こんな話をする為だけに、エリトラは僕を拘束したわけではないだろう。こいつの次の行動は予測がついていた。
「よかろう……殺すがいい。この世界を救うことができた以上、もはや思い残すことなどない。それに……」
短い沈黙の後、僕は呟いた。
「余はもう……疲れた……」
エリトラと二度闘ったキエルでも、結局倒すことは叶わなかったのだ。こんな状態の僕がどうにかできる相手ではないだろう。
「何を言っているのですか? 別に我は貴方に恨みを抱いているわけでもないですし、貴方を殺したところで何のメリットもありません。故に貴方を殺す気などない――」
わざとらしく間を置いて、エリトラは続ける。
「と言いたいところですが、また此度のように我の計画を妨害されると困りますからね。貴方にはここで死んでもらいます。貴方を殺せるチャンスなど、今を除けば後にも先にもないでしょうから」
やはり。思わず僕は苦笑いを浮かべる。
「どうやって殺すつもりだ……?」
「ご安心ください、既に攻撃は完了しています。そろそろ効き始める頃でしょう」
「何……?」
程なくして、強烈な吐き気と目眩が襲いかかってきた。これは一体……!?
「先程貴方の身体に突き刺したナイフの先には致死性の毒が塗ってありました。常人ならば数秒で死に至るのですが流石は覇王様、多少の時間が掛かったようですね」
「グフッ……味な真似を……!」
HPが15、14、13と、ジワジワ削られていくのが分かる。まさに死へのカウントダウン。このペースだと三十秒後には……。
「万全な状態の貴方であればこの程度の毒は免疫力だけで浄化できたかもしれませんが、今の弱りきった貴方には無理でしょう」
「だな……できればもう少し……楽な死に方が良かったが……」
「それは申し訳ございません。ですが間もなく楽になれますよ」
残りHP5……4……3……。
「ではさようなら、覇王様。短い間でしたが、お世話になりました」
恭しく一礼すると、エリトラは僕に背を向けて歩き出した。そして――
「ク…………フフフフフ…………」
「!?」
足を止め、振り返るエリトラ。仮面の下からでも驚愕の表情が伝わってくるようだ。
「フフフフフ…………ハハハハハ…………!!」
無意識に笑いが込み上げてきてしまう。両腕と両足を拘束していた茨を引きちぎりながら、僕はゆっくりと立ち上がった。
「悪いな。そう簡単にくたばっては、覇王の名折れというものだ」
「馬鹿な……貴方にそんな力は残っていないはず……!!」
「ああ。だがそれは、ついさっきまでの話だ」
僕は自身のステータスを開示し、エリトラに見せつけた。
HP9999999999/9999999999
「なっ……!?」
後退るエリトラ。そう、僕のHPは全快していたのだ。
「い……一体何故……!?」
「単純な話だ。回復呪文で回復させた、ただそれだけだ」
「回復呪文……!? 貴方の【生命の光】は幻獣の呪文によって消滅したはず……!!」
確かに僕の【生命の光】は幻獣の【絶望の宣告】によって消滅し、二度と使うことはできなくなった。だが――
「余の回復呪文が【生命の光】のみだと何故思った? 余が発動したのはHPを全回復させる呪文、【超回復】だ。とは言え、この呪文はアンリ達の前でも使ったことはなかったからな。貴様が知らなくとも無理はない」
「そんなはずはない! 以前【真眼通】で貴方の所持呪文を読み取った時、HPを回復する呪文は【生命の光】のみで、【超回復】などという呪文は存在しなかった……!!」
「フン、余の知らぬ間にそんなことをしていたのか。だが【真現通】とやらを使ったタイミングが悪かったな」
「……!?」
知っての通り、僕はリナ達にもしものことがあった時の為に【超回復】をリナに預けていた。エリトラが僕の所持呪文を読み取ったというのはその後のことだと思われる。だから【超回復】の存在を知らなかったのだろう。
では何故さっき【超回復】を使えたかというと、幻獣との闘いの最中にセレナ達がそれぞれの呪文を僕に託してくれたように、リナも僕に【超回復】を与え返してくれていたのだ。幻獣の特性の影響でその闘いでは使う機会がなかったが、ここにきて僕を救ってくれた。リナに感謝だ。
「余のMPは風前の灯火だったが、少しばかり睡眠を摂ったおかげで【超回復】の発動に必要なMPにギリギリ達していた。あと少し貴様が来るのが早ければ【超回復】を発動することはできず、そのまま貴様の毒で死んでいただろう。惜しかったな」
本来は【瞬間移動】を使う為の睡眠だったが、そこは臨機応変というやつだ。ここで死んでは元も子もない。
「ああ、先程『思い残すことなどない』と言ったが、当然嘘だ。生憎やり残したことは山ほどあるものでな」
「くっ……!!」
僕の殺害に失敗したことで、エリトラは明らかな動揺を見せる。
「さあ、どうするエリトラ? 決闘なら応じてやっても構わんが、果たして貴様に全快となった余を倒せるかな?」
「……呪文【時空連結】!!」
エリトラが呪文を詠唱すると、空間に亀裂が生じ、そこから黒い渦が発生した。
「残念ながら、我では今の貴方には勝てません。ここは退かせていただきます」
「……賢明な判断だな」
「またどこかでお会いしましょう、覇王様。それでは……」
エリトラは渦の中に身を投じ、姿を消した。追いかけようとまでは思わず、僕はそのまま見送った。
息をつき、その場に座り込む。エリトラはずっと僕達を欺いていたというわけか。そりゃ仮面で顔を隠すのも納得だ。
しかし不思議と、怒りや憎しみといった負の感情は湧いてこなかった。殺されそうにまでなったというのに、何故だろうな。世界を救った直後で心が寛大になっているのか、エリトラが人間だと知って仲間意識でも抱いたのか、それとも……。
エリトラの【時空連結】によって発生した黒い渦は、気付けば消失していた。以前ガブリ達との闘いの最中に行方を眩ました時も、あの渦を利用したのだろう。
一つ気になったのは、あの渦が天空と地上を繋ぐ〝ゲート〟に酷似していたということだ。もしや〝ゲート〟も【時空連結】によって発生したものなのだろうか……。
まあ、その疑問は置いておこう。今は覇王城への帰還が最優先だ。先程【超回復】を使ったことでMPは底をついてしまった。【瞬間移動】を使うには今一度睡眠を摂ってMPを回復させなければならない。
「では、寝るか……」
僕は静かに目を閉じ、再び眠りの中へと落ちていった。
今回で第9章は完結となります。
また、4日後に書籍第1巻が発売されますので、よろしくお願いいたします。