第21話 強盗
「!」
すると突然、階段の下からガラスが割れるような激しい音と、複数の悲鳴が聞こえた。一階で何かあったのかと思い、僕と店主は急いで階段を駆け下りた。
「死にたくなけりゃさっさと金を出しな!!」
そこには覆面を被った二人組の男がおり、その内の一人にキエルさんが銃を突きつけられていた。次々と店の外へ逃げていく客達。まさかの強盗である。
「ご、強盗……!!」
店主の顔が真っ青になる。僕に絡んできた不良といい、この強盗といい、この村の治安は一体どうなってるんだ。しかもこんな小さな雑貨屋を狙うか普通?
「でも兄貴、こいつかなり強そうじゃないっすか……?」
「ハッ。よく見ろよ、めっちゃ震えてんじゃねーか。ビビるこたーねえ」
強盗の言う通り、キエルさんは汗をダラダラと垂らし全身をガクガクに震わせていた。
「ふ、ふふ。だだだだから言っただろう、ここここは戦場だとな……!!」
ダメだ、このおっさんは頼りになりそうもない。その筋肉質の身体は一体何の為にあるんだ。まあ銃を突きつけられてるんじゃ無理もないか。
「おら!! お前達は両手を挙げて大人しくしろ!!」
強盗が僕と店主の方に銃を向ける。こんなものじゃDEF99999の僕にはかすり傷一つ負わせることはできないだろうが、店主は別だ。普通の人間が銃で撃たれたらタダでは済まないからな。
「呪文【絶対障壁】!」
僕は店主の前に無敵の障壁を出現させた。これで店主の安全は確保できた。
「うわああああああああああ!!」
「ななな何だお前は!? いつからそこにいた!?」
すると二人の強盗が僕を見て驚愕と絶望が入り交じった表情を浮かべていた。どうしたんだこいつら? いつからと聞かれてもさっきからずっとここに――
「あっ」
僕は自分が覇王の姿に戻っていることに気付いた。しまった、他の呪文を使うと【変身】が解けることをすっかり忘れてた。
「ば……化け物……ブクブクブク……」
僕の姿を見た店主は白目を剥き、口から泡を噴いて倒れた。強盗じゃなく僕を見て気絶するって、なんかちょっとショックなんだけど。
ま、いいか。こいつらを懲らしめるにはこの姿の方が相応しいだろう。
「運が悪かったな強盗共。余の領域に自ら足を踏み入れてしまうとはな」
僕は強盗達の方にゆっくりと近付いていく。
「く、来るなあああああ!!」
強盗が引き金を引き、僕に向かって銃弾が放たれた。しかし今の僕にはその銃弾がシャボン玉のようにゆっくり動いて見える。
僕は銃弾を片手で受け止めた。唖然とする強盗達。
「余とキャッチボールがしたいのか? なら次はこっちの番だな」
僕は銃弾を投げ返した。その銃弾は強盗の顔面を掠め、外の地面に激突して大きな爆発を引き起こした。やばっ、巻き込まれた人とかいないよな?
「くそおおおおお!!」
強盗が銃を乱射させる。僕の身体に銃弾が当たっては落ち、当たっては落ちる。当然僕へのダメージは0である。
「無駄だ。そんなオモチャでは余を楽しませることすらできんぞ」
「うわあああああ!!」
「お、落ち着いてくだせえ兄貴!!」
すっかり錯乱状態に陥ったのか、その強盗は店中に銃を乱射し始めた。
すると銃弾の一発がキエルさんの方に飛んでいくのが見えた。しまった、そういやこの人も普通の人間だった! やばい間に合わない!!
「!?」
キエルさんの額に銃弾が直撃した。だが驚くべきことに、キエルさんはビクともしておらず、額には傷一つ付いていなかった。
どうなってるんだ、と僕が疑問を抱いていると、キエルさんの目がカッと開いた。
「お前達……。こんなくだらないことやってないで、金が欲しかったらバイトでも始めたらどうだ!!」
「ひえええええ!!」
「すみませんでしたあああああ!!」
キエルさんの怒号によって、二人の強盗は慌てて店から逃げていった。別に追いかけて捕まえてもいいけど、面倒だし放っておくか。あいつらも十分懲りただろう。
「……驚いたよ。まさかお前の正体が覇王だったとはな」
するとキエルさんが僕の所まで歩いてきた。
「ほう、余のことを知っているのか」
「話だけは聞いていたが、まさかこんな形でお目にかかれるとはな。実はお前を一目見た時からただ者じゃないことは感じていた」
本当だろうか。この人のことだから後付けのような気がしてならない。
「しかし大したものだ。大抵の者は余の姿を見ると化け物に出くわしたかのような反応をするんだがな」
「俺はこの店で十五年戦い続けている歴戦の戦士だ。今更その程度で動揺はしない」
でも強盗に銃を突きつけられた時めっちゃ動揺してたよね?
「それに化け物だろうが何だろうが、共にこの戦場を生き抜いた仲間であることに変わりはないからな」
「……面白い男だ」
これまで人々からは恐怖の目で見られてばかりだったので、僕は新鮮に感じると同時にちょっぴり嬉しくなった。
「しかし今のを見ると、どうやらお前もただ者ではなさそうだな」
「……さあな」
キエルさんは小さく笑みを浮かべる。
「ふん。ま、詮索はしないでおいてやろう。二度と会うこともないだろうしな」
「もうここには来ないのか?」
「当然だ。店主に余の正体がバレた以上、この店で働き続けるわけにもいくまい」
「……そうか。それは残念だ」
だがその前に一つやることがある。僕は階段を上り、店主の娘が寝ている二階の部屋に静かに入る。そして僕は娘に右手をかざした。
「呪文【万能治癒】!」
僕は呪文を唱える。これでこの子の病気は完全に治った。薬漬けの毎日からも解放されるというわけだ。
階段を下りると、未だに床に倒れて気を失っている店主が目に止まった。一応【万能治癒】を使えば気絶から回復させることもできるけど……。
ま、このままでいいか。娘の病気が治ったことを知ったらどんな顔をするのか見てみたかった気もするけど。
「さらばだ店主。二時間という短い期間だったが、世話になった」
っと、もう一つやることがあった。ちゃんと働いた分の給料を貰わないとな。だけど店主はあんな状態だし勝手に頂いていこう。
二時間働いたから銅貨十枚、それと娘の治療代としてプラス銅貨三枚くらいは貰っておくかな。僕はカウンターの引き出しから銅貨十三枚を取り出し、ポケットに入れた。
「ではキエル。後のことは任せたぞ」
「ああ。またな覇王様」
僕は【瞬間移動】を使い、その店から姿を消した。二度と会うこともないとは言ったものの、キエルさんとはまたどこかで会うことになりそうな予感がした。
そして後になって僕は気付いた。「もしかして僕が病気の女の子を治したことを店主に広めさせていたら覇王の大幅なイメージアップに繋がったんじゃないか?」と。
僕は非常に後悔したのであった。