第209話 悠久の時
幻獣の絶叫が世界中に轟く。ついに僕達は奴のHPを0にすることができた。だが……。
『やりましたね、ユートさん!』
「……いや」
ラファエが喜びの声を上げる一方、僕は依然として気を緩めてはいなかった。
《やって……くれたな……!! だが……我は滅びぬ……滅びぬぞ……!!》
まだだ。これで終わりではない。HPを0にした程度で奴が息の根を止めるとは思えない。僕の予想が正しければ――
《呪文【運命歪曲】!!》
悶えながらも幻獣が呪文を詠唱した。一度は僕の覇王として転生した過去をねじ曲げた呪文。おそらく奴がやろうとしていることは――
《この呪文で……我が死した未来を歪曲してやろう……!!》
やはり。過去をねじ曲げられるのであれば、未来をねじ曲げられたとしても不思議ではない。【運命歪曲】を自らに対して発動することで、自身の死を回避するつもりか。
《残念だったな……これで貴様の苦労も水の泡となる……この呪文がある限り……我は不滅なのだ……!!》
「それはどうかな」
しかしこの展開は予測していた。HPが0になった時、奴は必ず【運命歪曲】を使うことになるだろうと。
「呪文【未来贈与】を解放!」
そして僕は、ここに最後の策を始動させた。
《何……その呪文は……!!》
「ああ。貴様の【絶望の宣告】によって抹消された呪文だ」
だが抹消される前に、僕は【未来贈与】によってある呪文を未来に飛ばしていた。たとえ僕の所持呪文の中から消えようとも、その効力まで消えたわけではない。
《ふっ、また【生命の光】か……今それを発動させたところで一体何の意味が――》
「誰が【生命の光】を発動させると言った?」
確かに僕はこの闘いにおいて【未来贈与】と【生命の光】のコンボで何度も復活を果たした。だが最後の【未来贈与】で未来に飛ばしたのは【生命の光】ではない。
「これが貴様に引導を渡す呪文となる……刮目するがいい。呪文【事象変換】!!」
この【事象変換】は第六等星呪文。【弱者世界】によってステータスが補正された状態ではMPが不足してしまうの明白だ。そこで僕は【弱者世界】が発動する前に【事象変換】の呪文を未来に飛ばしていたのだ。
《何をするつもりか知らんが……我には通じぬ……!! 呪文【永遠解呪】!!》
「無駄だ。その【永遠解呪】は〝自身に対して発動された呪文を存在ごと抹消する〟と貴様は言ったな。この呪文は貴様に対して発動させたのではない」
それ以前に、キエルにも説明した通り【事象変換】は対象の大きさに比例して効果が発揮されるまで時間を要する。よって幻獣に対してこれを行使するのは実質不可能なのである。
《何だと……ならば貴様は何を……!?》
「【事象変換】を行使するのは、貴様が詠唱した呪文――【運命歪曲】に対してだ」
《……!?》
そう、【事象変換】は物体に限らず呪文にも有効である。呪文ならば大きさの概念が存在しないので時間を要することもない。
が、さすがに一瞬で【運命歪曲】の効力そのものを書き換えるのは無理がある。よって僕が書き換えたのは――
「貴様は【運命歪曲】によって自らが死す未来を歪曲させるつもりだったようだが、そうはいかぬ。その呪文は貴様の意志とは異なる形で発動されることになる」
《どういう……ことだ……!?》
「すぐに分かる。それでは〝悠久の時〟を心ゆくまで楽しむがいい」
そう言って、僕は指を鳴らした。
《やって……くれたな……!! だが……我は滅びぬ……滅びぬぞ……!!》
《呪文【運命歪曲】!!》
《(!?)》
《やって……くれたな……!! だが……我は滅びぬ……滅びぬぞ……!!》
《呪文【運命歪曲】!!》
《(何だ……これは……!?)》
《やって……くれたな……!! だが……我は滅びぬ……滅びぬぞ……!!》
《呪文【運命歪曲】!!》
《(一体何が……どうなっている……!?)》
「喜べ。貴様の望み通り、貴様の死の未来は変わった。もっともそれは、単に死ぬよりも残酷な仕打ちかもしれんがな」
目の前の幻獣は、全く同じ動作を幾度となく繰り返している。まるでリピート映像を何度も見せられているかのように。
「教えてやろう。余は【事象変換】によって貴様の【運命歪曲】の対象を書き換えた。それにより貴様の〝未来〟を〝過去〟へと繋げたのだ」
《(なん……だと……!?))
「つまり貴様は死の一歩手前の状態で、過去へと続く未来を永久に繰り返すことになる。それがどれほどの苦痛と屈辱か、余にはとても想像がつかないがな」
そしてこれは、奴が僕の過去をねじ曲げたことに対する意趣返しでもあった。
《(ふざ……けるな……我が……こんな……!!)》
「だが、一つだけこのループから抜け出す方法がある。それは貴様が自らの死を受け入れることだ。貴様は生への執着から【運命歪曲】を発動した。ならば生への執着を捨てさえすれば自ずとループは止まる。ま、それは貴様の死を意味することにもなるわけだが」
《(お……の……れ……!!)》
「さて、幻獣よ。同じ時を無限に繰り返すか、潔く死を受け入れるか、どちらかを選択するがいい。とは言っても、答えは決まっているようなものだろうがな……」
その時が訪れるまで、僕は静かに見届けることにした。
《やって……くれたな……!! だが……我は滅びぬ……滅びぬぞ……!!》
《呪文【運命歪曲】!!》
《やって……くれたな……!! だが……我は滅びぬ……滅びぬぞ……!!》
《呪文【運命歪曲】!!》
《やって……くれたな……!! だが……我は滅びぬ……滅びぬぞ……!!》
《呪文【運命歪曲】!!》
十回、二十回と、僕の目の前でひらすらループが実演される。
《ぐ……おおおおおっ……!!》
そして八十回を超えたあたりで、ついにループが止まる。それは幻獣が生への執着を捨て、自らの死を受け入れたことを意味していた。
《何故だ……絶大な力を誇るこの我が……かつて脆弱な人間だったような輩に……何故敗れる……!?》
塵と化していく幻獣の肉体を眺めながら、僕は言った。
「この闘いの勝敗を分けたのは、力ではない」
僕一人だけでは幻獣を打ち破ることはできなかっただろう。悪魔の、天使の、そして人間の仲間達がいたからこそ、僕は勝利を手にすることができたのだ。
「……安らかに眠れ。幻獣よ」
やがて幻獣の肉体が跡形もなく消え失せる。斯くして幻獣という存在は、この世から完全に消滅したのであった。




