第204話 封印の真相
《そういうことか。どうやら貴様らはその魂を引きずり出せば我の力を大幅に削ぎ落とせると思っていたようだな》
その通りだ。だからこそ僕はキエルと結託し、奴の体内からかつての覇王の魂を引きずり出した。しかし現実は予想を完全に裏切る結果となってしまった。
《貴様らは我が体内に取り込んだ魂から力を得ることで存在を保っていると考えたのだろうが、それがそもそもの間違いだ。何故なら封印が解かれた時には既に、我は自身の力を完全に取り戻していたのだからな》
「何だと……!? では何故――」
《何故我の復活に人間1000人分の魂が必要だったのか、だろう? 我を封印していた忌々しき門――貴様らが『幻獣の門』と呼ぶものは、あの男が死に際に発動した【魂の監獄】という呪文によって出現したものだ》
あの男とは、かつての覇王のことで間違いないだろう。
《我の力をもってしても、【魂の監獄】による封印を打ち破ることはできなかった。だが一つだけその呪文を解除する方法が存在した。それが――》
「人間1000人分の魂を生贄に捧げること、か……」
キエルも初耳の様子だった。それだけ長い時を経れば、封印を解く方法が曲解して伝わっていたのは致し方ないと言える。
《我は待った。数千年という長い歳月をな。そしてついに、我の封印を解くべく供物を捧げる者が現れた。以上が、我がこの時代に復活を果たした経緯だ》
僕は歯噛みする。これではキエルの策は最初から失敗が決まっていたようなものではないか。
《そしてもう一つ教えてやろう。たった今貴様が我の体内から奪った魂には、もはや何の力も残っていない。何故なら我はその魂から力を吸い上げ、我が力として完全に取り込んだのだからな》
「何……!?」
《我と互角に渡り合った男の魂というだけあって一筋縄ではいかなかったが、生憎時間は十二分にあったものでな。貴様が握っているのはただの抜け殻だ》
僕は右手に軽く力を込める。するとかつての覇王の魂は呆気なく塵と化し、風に流れて消えてしまった。
《万策尽きた、といった顔だな》
「…………」
《奥の手もあったが、それを使うまでもなかったか。そろそろ楽になるがいい。呪文【天界雷撃】!》
呆然と立ち尽くす僕に向けて、天空からの雷撃が迸る。回避しなければと思った時には既に遅く、僕は雷撃の餌食となる――はずだった。
「っ!?」
不意に横からの衝撃を受け、僕は地面を転がった。キエルが僕の身体を突き飛ばしたのである。
「がはっ……!!」
代わりに幻獣の雷撃がキエルの身体に炸裂した。幻獣の攻撃を喰らって無事でいられるはずもなく、キエルは地面に倒れ伏した。
「キエル!!」
すぐさま僕は起き上がり、キエルのもとに駆け寄った。まさか僕の身代わりになったというのか。
「しっかりしろ!! 大丈夫か!?」
「……ふっ。大袈裟、だな。安心しろ、HPが尽きたわけではない。身体の丈夫さだけが取り柄なものでな……」
キエルの声を聞いて、ひとまず僕は安堵した。幻獣の攻撃をまともに喰らって息があるのは奇跡に等しいだろう。
「何故このような真似を……!?」
「……さあ、な。俺にも分からん。気付けば身体が勝手に動いていたものでな……」
苦笑を浮かべるキエル。命に別状はなさそうだが、もはや明らかに闘える状態ではない。呪文で回復させてやりたくても、幻獣の特性によって回復呪文は適用できない。
「まったく。偉そうにしゃしゃり出てきておきながら、この有り様とはな。我ながら情けない……」
「そんなことはない。貴様はよくやってくれた。あとは余に任せて、貴様は休んでいろ」
「……そう、だな。では、お言葉に甘えさせてもらおう……」
キエルは静かに目を閉じる。僕は近くに転がっていた岩の陰にキエルを寝かせ、立ち上がった。
《さあ、これで貴様は再び一人だ。せっかくの策も空振りに終わり、心は折れる寸前であろう。それでもまだ我に歯向かうというのか?》
「無論だ」
僕は即答した。どんなに絶望的な状況であろうと、最後の最後まで抗い続ける。ここで僕が諦めることは、世界の終焉を意味するのだから。
「この魂が砕かれぬ限り……余の闘志が消えることはない!!」
☆
「うっ……」
意識が戻ったサーシャは、ゆっくりと起き上がり、まずは周囲を見回した。
そこは初めて見る場所だった。空間そのものが虹色に染まっており、まるでオーロラの中にでもいるかのような感覚である。一体ここはどこなのか、サーシャは記憶を辿りながら考える。
確か自分はアジトの外にいた。そして漆黒に塗り潰されていく世界を見て、何かとてつもない呪文が発動されたと察知した。
世界の終わりさえ覚悟したその時、突如上空に巨大な黒い渦が出現し、その中に呑み込まれてしまった。おそらくあの渦がこの空間に通じていたと思われる。
「!」
するとサーシャは少し離れた所でリナが倒れていることに気付いた。よく見るとリナだけではなく、セレナ、アスタ、スーもいる。どうやらリナ達もサーシャと一緒に渦に呑み込まれたようだ。
「皆、大丈夫か!?」
サーシャはリナ達を順番に起こして回る。幸い四人とも身体に異常などは見られず、間もなく全員が意識を取り戻した。
「うおっ、なんだここ!? まさか天国か!? オレ達死んだのか!?」
「……アスタが逝くとしたら地獄だと思う」
「酷いなスー! オレ地獄に逝くほど悪いことした覚えねーぞ!」
「……安心しろ。ここは天国でも地獄でもない」
「じゃあ夢か!? スー、オレの頬を抓ってみてくれ!」
「はい」
「イダダダダダ!! そ、そんな強く抓らなくてもいいだろ!!」
こんな状況でもマイペースなアスタとスーを見て、サーシャは思わず嘆息した。
「サーシャさん、ここは一体どこなのですか?」
リナが小声でサーシャに尋ねる。
「私にもよく分からんが、私達は何らかの呪文によって強制的にこの空間に飛ばされたと思われる。こんな芸当が可能な者といったら……」
「……お兄様、ですか?」
「多分な」
世界が漆黒に塗り潰されていく中、あの巨大な渦は出現した。おそらくユートが私達を守るためにこの空間に避難させたのだろうとサーシャは推測した。
かつての覇王と幻獣の闘いは、書籍第1巻に特別書き下ろしとして収録予定です。




