第203話 連携
《作戦会議は終わったか? 何を画策したところで余の前では無意味だというのに、まったく無駄なことを……》
幻獣の呟きに、キエルは微笑を返す。
「こちらの話が終わるまでわざわざ待っていてくれたとは、意外と律儀な奴だな。無意味だと思うのなら途中で攻撃してもよかったんじゃないか?」
《我がそんな姑息な真似をすると思うか? 我に歯向かった者共には我の力を存分に知らしめ、深き絶望を味わった後に絶命する義務があるのだ》
「……なるほど。俺好みの答えだ」
僕はキエルと目を合わせ、互いに頷く。
「しくじるなよ、キエル」
「お前もな」
僕の役目はキエルが幻獣の体内にある覇王の魂の位置を特定するまでの時間稼ぎ、そしてその魂を幻獣の体内から引きずり出すことだ。
MP 9837/9999999999
自身のステータスを確認する。世界中の人々を救うためだったとはいえ【地獄の黒渦】を無数に発生させた代償は大きく、既にMPは一万を切っていた。MPが尽きる前に何としても奴を葬らなければ。
「呪文【大火葬】!!」
出力を最大にした炎の渦が幻獣の身体を包み込む。しかし奴がダメージを受けた様子は微塵もない。
《愚かな。今更その程度の呪文が我に通用すると思っているのか?》
無論、通用するなどと思ってはいない。奴の気をこちらに引きつけることができればそれでいい。
《呪文【天界雷撃】!》
上空から降り注ぐ雷撃を、僕は紙一重の差でかわし続ける。残りMPから考えて【生命の光】と【未来贈与】のコンボが使えるのもあと数回。できるだけ直撃は避ける必要がある。
《ちょこまかと……。ならばこれならどうだ? 呪文【虚空砲】!》
「……!?」
奴が呪文を発動したが、場の状況に変化はない。一体何を――
「ぐっ!?」
突然身体に〝見えない何か〟が直撃し、僕は後方に大きく吹き飛ばされてしまった。
《【虚空砲】はその名の通り不可視の砲撃。どうだ、これも回避できるか?》
「小賢しい手を……」
痛みを堪えつつ、すぐに僕は立ち上がる。威力は【天界雷撃】や【地界獄炎】よりも低いが、見えない砲撃となると非常に厄介だ。これではかわすタイミングが掴めない。
キエルの方に目をやると、その場から微動だにせず幻獣を睨み据えている。まだ覇王の魂の位置を見極めている最中なのだろう。額から噴き出ている汗は、集中力を極限まで高めていることを如実に表していた。
《……加勢に来たもう一匹は足がすくんで動けないか? 大口を叩いておきながら何もできないとは哀れなことよ》
幻獣の目がキエルの方を向く。大人しく僕の相手をしていればいいものを。ここでキエルを狙われたら――
《いっそ楽にしてやろう。呪文【天界雷撃】!》
天空から雷撃が降下される。が、それはキエルに炸裂することなく虚空へと吸い込まれた。これには幻獣も僅かに動揺を見せる。
《何? まさか……》
「そう。呪文【反射穴】!!」
幻獣が発動した【天界雷撃】は跳ね返され、奴自身の身体に直撃した。当然、奴がキエルを狙うことは想定していた。だから予めキエルの頭上に【反射穴】を張っておいたのである。
「キエル、まだか!?」
この隙にキエルに確認をとる。キエルは小さく息をつくと、やり遂げた表情を僕に見せた。
「今し方、覇王の魂の位置を把握した」
「本当か!?」
「ああ。奴の左胸付近、そこに間違いなく覇王の魂が眠っている。それと――」
キエルからの報告を受け、僕は頷いた。
「よくやってくれた。あとは余に任せろ!」
僕は幻獣に向けて疾駆する。キエルの推測通りなら、奴の体内からかつての覇王の魂を引きずり出すだせば、奴は大幅に弱体化するはずだ。その時こそ勝機は訪れる。
《何を企んでるかは知らんが……。呪文【虚空砲】!》
再び幻獣が【虚空砲】を放つ。やはり目には見えないし音すらも聞こえない。だが僕は構わず走り続ける。直後、僕が走る軌道上から大きく外れた場所で爆発音が響いた。
「残念だったな。余が回避することを見越して故意に外したのだろうが、余が一枚上手だったようだ」
僕は地面を強く蹴り、幻獣に向けて大きく跳躍した。
「呪文【覇導砲】!!」
そして渾身の一撃を放つ。狙った先は当然、幻獣の左胸だ。
この【覇導砲】は街を一つ消し飛ばすほどの威力はある。いくら幻獣といえどそれほどの一撃を至近距離で炸裂されたら、致命傷とはいかないまでも肉体の一部を抉るくらいはできるはずだ。
《ぐっ……!!》
さすがの幻獣もこの一撃は効いたようだ。こちらも反動で右腕が吹き飛ぶような感覚に襲われるが、その程度で怯んでいる場合ではない。
僕の狙い通り、【覇導砲】の一撃によって奴の左胸が大きく抉られる。そこで僕は、神妙なオーラを放つ魂をこの目で捕捉した。間違いない、これがかつての覇王の魂だ。新たな覇王として転生した僕には分かる。
それも束の間、幻獣の肉体が凄まじいスピードで修復されていくことに気付いた。回復呪文すら必要としない驚異の再生能力に一瞬動揺したが、すぐさま僕は右手を伸ばす。
そして肉体が完全に修復される前に、僕はその魂を掴み、奴の体内から抜き取ることに成功した。すぐに僕はそこから離れ、キエルの隣りに着地した。
「上手くいったようだな」
「ああ」
改めて僕は右手に握られた魂を見つめる。これがかつてこの身体に宿っていた、真の覇王の魂……。
「これで奴は大幅に力を失い、まともに存在を維持することも――」
そこでキエルの言葉が止まった。僕らの予想に反し、幻獣の様子に全く変化がない。弱体化した気配など微塵もなかったのである。
《フッ。ハハハハハハハハハハ!!》
幻獣の高笑いが轟く。馬鹿な、何故……!?




