第2話 万歳コール
「アンリよ。一つ頼みたいことがあるのだが、よいか?」
「はい! 何なりとお申し付けくださいませ!」
「余に仕えている悪魔達を、全員この広間に集めてほしい」
「……覇王軍を全員、ですか?」
不思議そうな顔でアンリは言った。
「ああ。余から皆に伝えたいことがある」
「……分かりました。ですが念の為、城外を見張らせている悪魔は数体残してもよろしいでしょうか?」
「ああ、構わない」
約三十分後。覇王城にいる悪魔達がこの大広間に集合し、僕に向かって膝をついた。
……多い。
最低でも一万体はいるのではないだろうか。中には広間に入りきれず扉の外で膝をついている者までいる。一度城内を軽く歩き回ってみた時至る所に悪魔を見かけるから、この城には一体どれくらいの悪魔がいるんだろうと気にはなっていたが、まさか覇王軍がこれほどの規模だったとは。
まあ、それはいい。とにかく僕のやるべきことを果たさなければ。
「全員、面を上げよ。今日は皆に重大な報告がある」
悪魔達が僕の方に一斉に注目する。前世の頃も大勢の人の前で話すのは苦手だったから思わず尻込みしそうになるが、それではダメだ。僕は勇気を振り絞って立ち上がった。
「本日をもって覇王軍は解散とする」
一瞬広間に沈黙が訪れる。この悪魔達を自由にしてあげること、それが僕の覇王としての最初の務めだ。
「ゆ、ユート様!? それは本気でおっしゃっているのですか!?」
一番前で膝をついていたアンリが動揺した声で言った。
「本気だ。今日からお前達は自由の身。それぞれ好きなように人生を歩むがよい」
いや人じゃないから人生というのは変か。だがこれでいい、悪魔達もさぞ喜ぶことだろう。間もなく悪魔達がザワつき始める。
「ユート様は何故突然このようなことを……!?」
「我々は何かユート様のお気に障るようなことをしてしまったと……!?」
「はっ! もしやユート様は我々の忠誠心を試されているのでは!?」
「そうだ、きっとそうに違いない!」
いやなに深読みしてんの!? そのままの意味で受け取ってくれよ!
「そ、それでも私は城に残ります!!」
「私も!! ユート様に仕えることこそ至上の喜び!!」
「私もです!!」
次々と立ち上がる悪魔達。なんだこの空気。こういう流れにしたかったんじゃないんだけど。そしてついに全ての悪魔が立ち上がった。
「覇王軍再結成だあああああーーーーー!!」
「ユート様万歳!! ユート様万歳!!」
「うおおおおおおおおおおーーーーーー!!」
悪魔達から歓声が湧き起こった。自由を与えたつもりがむしろ逆効果になってしまったようだ。どんだけ忠誠心が高いんだこいつら。
「先程はユート様の真意を汲み取れず平静さを失ってしまい、誠に申し訳ございませんでした。ですがご覧の通り、ここにいる悪魔達はユート様の為に尽くすことを最大の幸福としているのです。もちろん私も含めて」
深々と頭を下げるアンリ。なんか勝手に真意を決めつけられたんだけど。
「ですからどうか、今後も悪魔達の頂点に君臨するお方でいてください。我々もそれを心から望んでおります」
「……そうだな」
僕は諦めてそう言った。多分何を言っても「ユート様万歳!」の流れになりそうな気がする。
「ユート様、ご報告申し上げます!」
窓の外から声がしたのでそちらに目をやると、そこには翼を羽ばたかせる一体の悪魔がいた。おそらく城の外を見張っていた悪魔が直接ここまでやってきたのだろう。
「貴様!! そのような所からユート様に声をかけるなど無礼極まりない! 罰として自害せよ!」
「よいアンリ。緊急の報告なのだろう?」
この大広間って城のかなり高い所にあるし、普通に外からここまで来てたら時間掛かるもんな。
「は、はい! 南西の方角からこの覇王城に向かって大量の軍勢が押し寄せてきております! その数推定五万!」
「軍勢……?」
僕は玉座から腰を上げ、窓の近くまで歩み寄る。すると確かに馬に乗った人間達が土煙を巻き上げながらこちらに向かっているのが見えた。
「アンリ、お前も見えるか?」
「はい。どうやら人げ――害虫の軍勢のようですね」
今度は言い直した方が間違ってる。
「覇王であるユート様を討ち取ることが狙いでしょう。なんと愚かな……!!」
表情を歪ませギリギリと歯ぎしりするアンリ。やばいメッチャ恐い。それからアンリは悪魔達の方に振り向いた。
「皆に命じる!! これより我ら覇王軍はあの害虫共を骨も残さず全滅させる!! 我らに楯突くことがいかに無謀であるかを思い知らせてやるのだ!!」
「うおおおおおおおおおおおおおおお!!」
ほ、骨も残さず全滅!? ストップストップ!!
「待てアンリよ。あの軍勢を皆殺しにするつもりか?」
「当然でございましょう。確かに数は害虫共が有利ですが、覇王軍の力をもってすればあの程度、赤子の手を捻るより簡単でございます」
「いやそういうことを言いたいのではなく……」
「ご安心くださいユート様。ただ害虫スプレーを散布させるだけですから」
アンリの口角が不気味に上がる。絶対分かってないよねこの子。たとえ狙いが僕の命だとしても、元人間として五万もの人間が虐殺されるのを黙って見過ごすなんて僕にはできない。
「では行くぞ!! 必ずやユート様のご期待に応えるのだ!!」
「うおおおおおおおおおおおおおおお!!」
いや誰も期待してないんだけど! 早く僕がなんとかしなければ!
「静まれ!!」
僕が大声で叫んだ途端、悪魔達の決起の声がピタリと止んだ。
「皆はそのまま待機せよ。ここは余に任せておけ」
悪魔達の間からどよめきが起こる。
「ユート様御自ら!? しかしユート様がお手を煩わせなくとも我々が……!!」
「なに、余も久々に力を使いたくなってな。アンリ達はそこで静観しているがいい」
「ぎょ、御意!」
僕は改めて窓の外に目をやった。ここから軍勢までの距離はまだ数キロはある。だけど今の僕ならこの距離でも問題ないだろう。覇王に転生してから呪文を使うのは初めてだから少し緊張するな。
ただし当然僕にはあの軍勢を傷つけるつもりなんて毛頭ない。僕が目指しているのは、虫の一匹も殺さないクリーンな覇王だからな。ちょっと軍勢の近くで爆発でも起こしてやれば驚いて逃げてくれるだろう。それから僕は指の先を軍勢の方に向けた。
「呪文【災害光線】!」
我ながら中二っぽい呪文だなと思いながら、僕は【災害光線】によって指の先から紫色の細いビームを放った。これでも本来の力の一%も出していないし、あの軍勢を巻き込むようなことは――
ドオオオオオン!!
「……え?」
僕は唖然とした。核爆弾でも投下されたのではないかと思ってしまうほどの凄まじい大爆発が起こったからである。爆風が城の方まで届き、悪魔達も驚きの声を上げる。気が付けば南西の土地は焼け野原と化しており、あの軍勢の姿はどこにもなかった。
しばらく開いた口が塞がらなかった。まさか、これほどとは……。
「ご報告申し上げます! 只今五万の軍勢の全滅を確認致しました! 一兵たりとも残っておりません!」
「……うむ、ご苦労」
僕は頭を抱えながら言った。虫の一匹どころか人間を五万人も殺しちゃったよ……。するとアンリが恍惚とした表情で僕の所まで歩み寄ってきた。
「まさしくゴミを焼却処分するかのような所業、流石でございます。私は人間共を害虫と呼称しましたが、覇王様はもはや生物としてすら認識していなかったのですね。このアンリ、ただただ感服するあまりでございます」
「……ふ、ふはははは! そうだろう!」
僕は笑った。もはや開き直るしかなかった。
「凄かったなユート様……」
「明らかに本気を出されていなかったのに、あの威力とは……」
「流石は我々の頂点に立たれるお方だ!」
「ユート様なら世界征服も夢ではない!」
「ユート様万歳! ユート様万歳! ユート様万歳!」
湧き上がる万歳コールの中、僕は深々と溜息をついたのであった。