第195話 HP0
《絶望と共に消えよ。呪文【天界雷撃】!》
三度目の雷撃が上空から降り注ぐ。【反射穴】は一度攻撃を反射すると自動的に消滅するので、これを防ぐ手立てはない。
「皆、気をつけろ!!」
僕は皆に注意を喚起すると同時に、後方に跳んで雷撃を回避した。それにより雷撃は直接大地に爆裂し、ついに地盤が崩壊し始める。
「くっ……!」
僕はすぐさま安全な場所まで避難する。アンリ達が巻き込まれることはなかったが、幻獣が蘇らせた死者達の一部が地盤沈下に呑まれ、落下していく。
《ふっ。逃げるので精一杯か》
ステータスでは計れないほどの力を幻獣が有しているという事実にはさすがに面食らったが、今は思考を切り替えていくしかない。とにかくここで僕が全てが終わる、それだけは確実だ。
「呪文【生命の光】!」
ひとまずHPを回復させるため、自身に対して回復呪文を発動した。今の状態で【天界雷撃】の直撃を喰らえばHPが尽きてしまう。
覇王 HP4678905687/9999999999
しかし更なる絶望が僕を襲った。なんと回復呪文が発動した途端に解除されてしまったのである。当然HPは元のままだ。何故……!?
《残念だったな。我の特性により、我の呪文を受けた者はその命が尽きるまで回復呪文は適用できぬ》
「何……!?」
この上回復呪文を無効化する特性まで備えているのか。反則にも程がある。
《かつて貴様は自らの魂を犠牲にすることで我を封印した。だが此度はそうはいかぬ。我の積年の恨み、その身をもって思い知るがいい……!!》
幻獣の掌から矢継ぎ早に砲撃が放たれ、僕はひたすらそれらを回避し続ける。
《どうした、防戦一方か?》
悔しいが、今のところ具体的な対抗策は何も浮かんでこない。一方で、僕の脳内では先程から一つの疑問が渦を巻いていた。
果たして人間1000人分の魂だけで、これほど強力な怪物を呼び出せるものなのだろうか。決して人間一人一人の魂が軽いと言っているわけはないが、どう考えても生贄の魂と幻獣の力は釣り合いが取れていない。
僕の考えが間違っていなければ、奴の力には何かカラクリがある。そしてそれこそが幻獣を倒す鍵になると、僕の直感が告げていた。その鍵を見つけ出すことができれば――
《もはや打つ手はないようだな。でばそろそろチェックメイトといこうか。呪文【地界獄炎】!》
瞬間、地中からとてつもない〝何か〟が湧き上がってくるのを感じた。しまった、上空からの攻撃ばかり繰り返していたのは足下に意識を向けさせないために――
「がはっ……!!」
回避する間もなく、僕は地中から噴火のごとく炸裂した獄炎の餌食となってしまった。
覇王 HP0/9999999999
全身が灰塵と化すかのような感覚と共に、ついに僕のHPが尽きてしまう。
「ユート様!!」
アンリ達の叫び声を遠くに聞きながら、僕はその場に倒れ伏したのであった。
☆
やや時は遡る。地上にてユナとミカの闘いを見届けた後『天空の聖域』から不穏な気配を感じたキエルは、ミカを覇王に託してこの聖域に帰還した。
「何……!?」
一度城に戻ったキエルは、そこで衝撃の事実を知った。数百の人間の魂を封じ込めていた『魂の壺』がなくなっている。誰かが持ち出したとしか考えられない。
三日前、キエルは『魂の壺』を賭けて覇王に尋常なる決闘を申し込んだ。人間共の魂を解放したければ、この俺を倒してみろと。だからこそキエルは敢えて人間共の魂を解放しなかった。しかし『魂の壺』がなければ覇王との決闘そのものが成立しなくなる。一体覇王にどう顔向けしろというのか。
だが今はそれよりも憂慮すべきことがある。キエルが感じた不穏な気配。そして消失した『魂の壺』。この二つから導き出される結論は――
最悪の事態が脳を過ぎったキエルは、すぐさま城を飛び立った。
そして時は現在に戻り、キエルは『幻獣の門』の前に着いた。キエル自身この場所を訪れたことは数回しかなかったが、門から放たれる異彩なオーラは鮮明に記憶に焼き付いていた。
「馬鹿な……」
門の周囲は以前と変わらず黒々とした煙霧が漂っているが、一つだけ大きな変化があった。今まで決して開くことのなかった門の扉が開いている。そして足下に散乱する『魂の壺』の破片らしき物体。これらのことから、キエルは幻獣が封印から解放されたという確信を得た。
既に幻獣の気配は消えている。おそらく自分と入れ違いになったのだろうとキエルは推測した。つまり現在幻獣は地上にいることになる。
一体誰が幻獣を解き放ったのか。そもそも『魂の壺』に囚われていた人間の魂は、幻獣の復活に必要な数の半分も満たしていなかったはず。なのに何故――
「おや。こんな所でお会いするとは奇遇ですね」
不意に背後から声がした。キエルが振り返ると、そこにはシルクハットに無機質な仮面という、既視感のある身なりの男が立っていた。
「エリトラか? いや……」
キエルは一旦言葉を切り、眼前に現れた男を注視する。
「気配が違う。エリトラ本人ではないな。何らかの呪文によって生成された奴の分身、といったところか」
「ホホホ、ご明察。流石だと言っておきましょう」
エリトラは軽く手を叩いてキエルを称賛する。
「それで、何故お前がこんな場所にいる?」
「とうとう幻獣が復活を遂げてしまったようですからね。どこの誰が封印から解き放ったのか、単純に気になったんですよ。犯人は現場に戻ると言いますからね。もしや貴方が犯人ですか?」
「戯れ言はよせ。犯人はお前だろう」
鋭く睨むキエルに対し、エリトラは惚けたように首を傾げる。
「はて。何故そう思うのですか?」
「誰にも気付かれず城からここまで『魂の壺』を移送でき、更に不足分の生贄を補う手段を持ち合わせているであろう人物となると、考えられるのはお前くらいのものだ」
「ホホホ。それは少々我を買い被りすぎでは? それに何の証拠もなく誰かを疑うのは良くありませんよ」
「……まあいい」
今更犯人捜しに精を出したところでどうしようもない。そう思ったキエルはそれ以上の詮索をやめた。