第194話 IMMEASURABLE
「……アンリか!?」
僕のもとに馳せ参じたのはアンリだった。いやアンリだけではない、ペータとユナも一緒だ。
「水くさいっすよユート様! ウチらに何も言わずに行っちゃうなんて!」
「何故お前達がここに……。そもそも何故この場所が分かった?」
覇王城からこの大地までは相当な距離があるので、気配の察知はまず不可能だ。それこそ【千里眼】でも使わない限り、見つけるのは困難を極めるだろう。
「このアンリが、ユート様の匂いを便りに探させていただきました。たとえ星の裏側であろうと、ユート様を見つけられる自信がございます」
「……な、なるほど」
思わず身震いしてしまう。以前にもアンリの嗅覚に驚かされたことはあったが、まさかここまでとは。【千里眼】も形無しだな。
「アンリったらいくら身体を揺らしても起きなかったのに、ウチが『ユート様がいなくなった』と声を掛けたら瞬時に跳び起きたんすよ」
「今まで気を失っていたようで、面目次第もございません。一体どう自害したらよいか……」
「気にするな。それに今は呑気に話している場合ではないぞ」
僕らは幻獣の姿を見据える。現在奴は何もせず、僕らなどいつでも葬れると言わんばかりに悠然と様子を窺っている。
「何なのですか、あの巨大な生物は……!?」
「幻獣と呼ばれる怪物だ。発動する呪文は規格外なものばかり、さすがの余も手こずっている。更に奴は千を超える死者を蘇らせ、自らの手駒としている」
「えっ!? こいつら全部死者なんすか!?」
「ああ。その上倒してもすぐに再生する。非常に面倒だ」
するとここまで黙って動静を見守っていたユナが前に踏み出し、静かに剣を構えた。
「死者共は私が引き受けます。ユート様は幻獣のお相手を」
「……よいのか? お前はミカとの闘いを終えたばかりだというのに」
「大丈夫です。それに、ユート様にはミカを救っていただいた大恩があります。それを少しでも返させてください」
「……そうか」
同じくアンリとペータも前に出て、各々戦闘の構えに入る。
「ユナばかりに良い格好はさせられません。私も闘います」
「ウチもやるっすよ!」
直後、氷の剣を手にしたウリエルが僕に向けて突進してきた。すぐさまユナがウリエルの前に立ちはだかり、その剣撃を受け止める。
「どけ……覇王を殺すのはこの私だ……!!」
「誰だか知らないけど、お前ごときに覇王様の相手は勿体ない。私で十分よ」
「貴様っ……!!」
続けてイエグが周囲の金塊を無数の槍に変え、一斉に放った。しかし標的は僕ではなくアンリである。アンリは【自害剣】を生成し、自らを目がけて飛んでくる金の槍を目にも止まらぬ速さで次々と打ち落とした。
「会いたかったわアンリ……よくもこの私を殺してくれたわね……!!」
「随分と変わり果てた姿になったものだな、イエグ。今のお前からは美しさの欠片も感じない」
「黙りなさい……!! 今の私が求めるものはただ一つ……貴女の美しい最期よ……!!」
ユナとウリエル、アンリとイエグの闘いがそれぞれ開始された。
「呪文【彫像外忌】!」
そしてペータは僕の背後に立ち、迫り来る残りの死者共を呪文で一掃する。しかし案の定すぐに復活を遂げてしまう。
「うひゃあ、本当に再生したっす! ビックリ仰天っすね!」
「……これだけの数、お前一人で大丈夫か?」
「問題ないっすよ! 何度でも再生するなら何度でも殺すだけっす!」
「……任せたぞ」
アンリ達の加勢によって幻獣との闘いに集中できる。僕は改めて幻獣と向き合った。
《ふっ。小蝿が三匹増えた程度で何ができるというのだ》
正直まだ幻獣を葬り去るビジョンは見えてこない。一つだけ確実なのは、奴も生物である以上はHPを0にすれば死ぬということだ。だが【覇導砲】が全く効かなかったとなると、僕の攻撃で奴のHPを削り取るのは難しい。ならば……。
《別れの挨拶が済んだのなら、続きをやろうか。呪文【天界雷撃】!》
再び上空から雷撃が迸る。もう一度これを喰らえば確実に僕のHPは尽きるだろうが、僕はその場から動かない。既に手は打ってある。
《……何?》
幻獣が目を見開いた。幻獣によって放たれた雷撃は僕に炸裂する前に、見えない〝穴〟に吸収されたのである。
「ふっ。ようやく動揺を見せたな」
《……何をした?》
「呪文【反射穴】を発動した。貴様の攻撃は吸収させてもらったぞ」
あらゆる攻撃を吸収する万能呪文だが、難点は発動に時間を要することだ。奴が呑気にこちらの様子を窺っていたおかげで首尾よく発動することができた。
「そしてこの穴は単に攻撃を吸収するだけではない。その名の通り〝反射〟する呪文だ。この意味分かるな?」
《……!》
幻獣に向けて【反射穴】から雷撃が放たれ、奴の脳天に直撃した。
こちらの攻撃が効かないのなら、奴自身の攻撃を利用するまで。僕のHPを半分以上も削り取るほどの威力、奴にとっても一溜まりもないはずだ。
《……やってくれたではないか》
が、奴は相変わらず平然としている。多少のダメージは受けたようだが、まだHPには十分な余力があるといった様子である。HPの量が尋常ではないのか、あるいはDEFがとんでもなく高いのか。
「せめて奴のステータスが分かれば……」
「あいつのステータスが知りたいんすか? ならウチに任せるっす!」
背後で死者達の相手をしていたペータが、僕の呟きに反応した。
「……できるのか?」
「はい! ウチにはステータスを強制的に開示させる呪文があるっすから! 呪文【暴露外忌】!」
ペータが呪文を唱えると、その言葉通り幻獣の頭上にステータスが表示された。
「よくやったペータ。これなら――」
幻獣 Lv IMMEASURABLE
HP IMMEASURABLE
MP IMMEASURABLE
ATK IMMEASURABLE
DFE IMMEASURABLE
AGI IMMEASURABLE
HIT IMMEASURABLE
幻獣のステータスを目の当たりにした瞬間、僕は言葉を失った。全てがIMMEASURABLE、計測不能だと……!?
《猪口才な。だがその様子だと、かえって絶望を深める羽目になったようだな。我の力はステータスなどという概念で計れるものではないのだ》
思わず僕は後ずさってしまう。HPを0にすれば死ぬだって? これでは0にする方法などないと言っているようなものではないか……!