第19話 謎のおっさん
「おいテメエ、なに笑ってやがる」
「……いやすまない。お前ら如きがこの僕を恐喝しようだなんて、思い上がりも甚だしいと思ってな」
僕はワザと挑発してみる。すると不良達の額にピキピキと青筋が入った。
「舐めやがって……!!」
「ちょいとばかし教育の必要がありそうだなあ……!!」
ガタイの良い男が僕の前に立ち、これ見よがしに指を鳴らしてくる。これが人間時代の僕だったら為す術もなく不良達からフルボッコにされ、病院送りになっていただろう。だが今の僕は違う。
「……さあ、こいよ」
「上等だ!!」
男の拳が僕の右頬に炸裂し、鈍い音が響いた。だがその音が出たのは僕の頬からではなく、男の拳からだった。
「う、うわああああああああああ!!」
男が目を見開いて悲鳴を上げる。男の拳はハンマーを叩き付けられたかのようにズタズタになり、血が勢いよく噴き出していた。
「な、なんだ!?」
「一体どうなってやがる!?」
他の不良達が動揺する。たとえ【変身】で姿が人間になっていようと、覇王のステータスはそのまま。つまりこいつはDEF99999の僕をただの拳で殴ったというわけだ。そりゃこうなるのは当然の結果だ。
「どうした? 僕に教育してくれるんじゃなかったのか?」
「こ、こいつ!!」
不良の一人が鉄のバッドで僕の頭をブン殴ってきた。が、当然僕へのダメージは0。代わりに鉄のバッドが半分にへし折れた。
「気は済んだか?」
「ひっ……!!」
先程までの威勢はどこへ消えたのか、不良達の表情はすっかり恐怖に歪んでいた。この程度の奴ら、呪文を使うまでもない。
「なら僕が見せてやるよ……本当の〝弱い者イジメ〟ってやつを」
「う……うわああああああああああ!!」
不良達は腰を抜かしながら走り去っていった。いくら外見が変わろうと、化け物は化け物。人を見た目で判断してはいけないと奴らも勉強になっただろう。
とまあ一悶着あったものの、僕は無事に雑貨屋の前に到着した。面接の時間に間に合ってよかった。見たところ既に開店しているようなので、花屋の時みたいに店主が逃亡したということはなさそうだ。
僕は身だしなみを整えつつ、服に返り血が付いていないかどうか確認する。なんかちょっと緊張してきたな。花屋の時は全く緊張しなかったのに、やはり人間の姿になっているせいだろう。
一つ目のバイトがあんなザマだったから、今度こそちゃんと働いてちゃんと給料を貰おう。もはや「覇王のイメージアップを目指す」という当初の目的から大きく逸脱しちゃってるけど気にしない! 今は目の前のクエスト(というかバイト)を成し遂げることだけに集中だ!
さて、それでは店に入ろう。面接を受けに来た者が入口から入るのはどうかと思ったので、今回も裏口から入ることにした。
「すみません。面接を受けにきた者です」
今度はまともな言葉遣いでドアの向こう側に呼びかける。しかしいくら待っても誰も出てくる気配はなく、返事も一向に返ってこない。
おかしいな、開店してるんだから絶対に誰かいるはずなんだけど。もしかして今は手が離せない状況なのだろうか。
「失礼します」
鍵は開いていたので、僕はドアを開けてみた。するとそこには床に額を擦りつけて土下座をしている一人の男性の姿があった。
「差し出せるものは全て差し出します!! ですからどうか、娘の命だけは!!」
「……えーっと」
どうしたらいいのか分からず、僕は頬をポリポリと掻く。なんか似たような台詞を前にも聞いたな。きっとこの人が店主なのだろう。
「……あれ?」
男性は顔を上げて僕を見ると、ポカンとした表情になった。
「あの、覇王がこの店に面接を受けに来るって聞いてたんだけど、君は……?」
いかにも気の弱そうなその男性は戸惑いながら言った。一応覇王は覇王なんだけど、正体を明かすのはマズイよな。
「僕の名前が〝ハモウ〟といいますから、多分それで勘違いしちゃったんじゃないでしょうか?」
若干無理がある気がしたが、男性は納得した様子だった。
「そうだったんだね! てっきり覇王がこの店を潰しに来るのかと思っちゃったよ! よく考えたら覇王がわざわざこんな小さな雑貨屋を潰しに来るわけないもんね! ごめんね驚かせちゃって!」
「はは……別にいいですよ。実際よく間違われますから」
今ここで【変身】を解いたらこの人がどんな顔をするか見てみたいものだが、さすがにそれは悪戯が過ぎるのでやめておいた。
「それで、面接は……?」
「え? ああいいよいいよ面接なんて! 君真面目そうだし合格!」
いいのかそれで。
「いやー、本当に助かるよ。全然人手が足りなくて困ってたんだ。今日からよろしくねハモウ君! あ、僕がここの店主ね!」
「……はい、よろしくお願いします」
そりゃ時給銅貨五枚で募集かけてたんじゃ足りなくなって当然だろうなと思いながら、僕は店主と握手を交わした。下手すれば店主の右手を潰してしまいかねないので、握手一つでも力加減に苦労してしまう。
「今日から早速働いてもらいたいんだけど、いいかな?」
「あ、僕は全然大丈夫です」
「それじゃ、これが店の制服ね。更衣室はあっちだから」
僕は店主から制服を渡され、更衣室で着替えた。猫のような絵の刺繍が入ったピンク色のエプロンという、なんとも可愛らしいものだったので一瞬着るのを躊躇ったが、これが制服なら仕方がない。
「まずは会計からやってもらおうかな。最初のうちは大変だと思うけど、慣れるまで頑張ってね」
「はい」
カウンターの方に目を向けてみると、そこには見た目三十代の屈強な身体つきの男性が腕を組んで立っていた。僕と同じ制服を着てるし、彼もこの店の従業員なのだろう。ピンク色のエプロンが全く似合っておらず、なんともシュールな光景である。
「あ、彼はキエルさんね。何か分からないことがあったら彼に色々と聞くといい」
「分かりました」
僕はカウンターの内側に入り、キエルさんに頭を下げた。
「今日からこの店でお世話になるユー……ハモウです。よろしくお願いします」
「……新入りか」
キエルさんは威圧感のある声で言った。
「いいか少年、ここは戦場だ。気を抜いたら一瞬でやられる。死にたくなければ俺の背中を見て生き抜く術を学ぶことだ」
いや、ここ雑貨屋だよね? ただのバイトにどんだけ命懸けてんのこの人。
「それにしても、労働というのは良いものだな。汗水垂らして稼いだ金で飲む酒は非常に旨い。自分が生きていると実感できる」
おまけになんか語り出した。このバイトってそんなに汗水垂れないと思うんだけど。
「キエルさんはこの店で十五年働いてる大ベテランなんだよ」
「十五年!?」
店主の言葉に僕は驚愕した。時給銅貨五枚でよくそんなに働けるな!