第187話 ユナvsミカ
「来てくれると思ってたよ。お姉ちゃん」
「ミカ……」
しばらく無言で見つめ合う二人。それからミカはユナのもとまで歩み寄り、ある物を差し出した。それは二つのチョコレートだった。かつてミカの誕生日にユナがプレゼントしたものより、ずっと大きなチョコである。
「食べる?」
「……うん」
ユナは何の躊躇いもなく、チョコの一つを受け取った。普通なら毒でも入ってるのではないかと疑うところだが、ミカがそんな卑劣な真似をするような子ではないことをユナはよく知っていた。ミカとしても、そのような形での決着は望んでいないだろう。
二人は近くにあった切り株の上に座り、それぞれのチョコを食べる。幼い頃は、何かを食べる時はこうして切り株の上に二人で座っていた。ただ、今はあの時と違って寄り添うようにではなく、背中合わせで座っている。
「おいしいでしょ?」
「……うん」
ユナは頷く。大きさだけではなく味も、あの日ユナがプレゼントしたチョコとは比べるまでもない。
「でも、あの時お姉ちゃんから貰ったチョコの方が、ずっとおいしかった」
「……!!」
ミカの何気ない言葉に、ユナは強く胸を締めつけられた。
「七星天使になってから、私の生活はとても豊かになった。食べ物に困ることなんてないし、甘い物も好きなだけ食べることができた」
短い沈黙を置いて、ミカは話を続ける。
「でも、全然幸せじゃなかった。お姉ちゃんがいない生活なんて辛いだけ。ここでお姉ちゃんと暮らしてた頃の方が、ずっと幸せだった」
「……っ」
ミカだけでも幸せになってほしい――その思いから、ユナは七星天使に無理矢理ミカを引き渡した。だが、それは全くの逆効果だった。その上ミカの身体をこんなに弱らせてしまった。
ユナは強く唇を噛みしめる。何故あんなことをしてしまったのかと、悔やんでも悔やみきれない。
「私を七星天使に引き渡したお姉ちゃんが、私は絶対に許せなかった。だからお姉ちゃんを殺すことだけが、私の生きる目的になった」
「ごめんなさい、ミカ。私は……」
「だけどもう、そんなことはどうでもいいの」
「え……?」
ミカは背中を向けたまま、ユナの手を握りしめる。
「私、お姉ちゃんのこと大好き。お姉ちゃんは?」
あの時と同じ質問。その答えは今でも変わらない。
「私も大好きよ、ミカ」
「……ほんと?」
「本当よ。当たり前じゃない」
どんなに殺意や憎悪を向けられようと、ミカへの愛が揺らぐことはない。そしてユナの本心を聞いたミカは、優しい声でこう言った。
「……それじゃ、一緒に死のう?」
「!」
「昨日、言ったよね? あまり私に時間は残されてないって。あと何日生きられるか分からない。明日にはもう、死んじゃうかもしれない……」
ミカの身体の震えが、握りしめる手を通じてユナにも伝わってくる。
「一人で死ぬのは怖いけど、お姉ちゃんが一緒なら、怖くないから。だからお願い、お姉ちゃん」
「…………」
長い長い沈黙の後、ユナは首を横に振った。
「ごめんなさい、ミカ。そのお願いは聞けない。私はまだ……生きていたい」
「……そっか」
ミカは顔を上げ、星々が瞬く夜空を見つめる。それからユナの手を離し、立ち上がってユナの方に身体を向ける。
「それじゃ……やっぱり闘うしかないね」
剣を構えるミカ。その目は既に殺意で満ちていた。
「お姉ちゃんを殺して私も死ぬ。二人で一緒に、あの世へ逝こう?」
「ミカ……」
唇を切り結ぶユナ。ミカは本気だ。本気でユナを殺し、一緒に死ぬつもりでいる。もはや今のミカには何を言っても無駄だろう。
ユナは立ち上がり、同じく剣を構える。最初からこうなることは覚悟していた。ミカとの闘いを避けることはできないだろうと。この闘いの結末がどうなろうと、ミカがもうじき死ぬことに変わりはない。ならばいっそ――
「いくよ……お姉ちゃん!」
「……っ!」
悲劇的な運命に導かれた二人の姉妹。その三度目にして最後の闘いが今、幕を開けたのであった。
☆
「ユナ……」
森の中で繰り広げられるユナとミカの死闘を、僕は遠く離れた山の頂上から見守っていた。
夜になってもユナが城に戻ってこないので、心配した僕は【千里眼】を使ってユナを探すことにした。するとあの森でミカと対面するユナを発見し、すぐに【瞬間移動】でこの山の頂上に転移したのである。
ここがあの二人に気配を察知されないギリギリの距離だろう。覇王の超視力をもってすれば、ここからでも森の中の様子は十分に視認できる。さすがに会話の内容は聞き取れなかったが、二人の表情から大体の事情は察することができた。
おそらくミカの命はそう長くはない。以前セアルによって人間の姿のまま『天空の聖域』に連れてこられた際、ミカが衰弱した容態で眠っていたのを覚えている。やはり悪魔の血が半分流れているミカは『天空の聖域』の空間によって、長い間その命を蝕まれ続けたのだろう。
きっとユナは昨日の闘いで、ミカがもう長くはないことを本人の口から告げられたのではないだろうか。だから昨日から少し様子がおかしかったのだろう。
ミカがユナを道連れにしようとしているのは明白だ。普通ならあんな闘いは誰だって止めようとするだろう。だが――
「!」
不意に背後から気配を察知し、僕は振り返る。だがこの気配には覚えがあった。やがて上空から一人の男がこちらに向かってくるのが見える。案の定それはキエルだった。