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HP9999999999の最強なる覇王様  作者: ダイヤモンド
第9章 幻獣復活編
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第186話 二人の思い出

 一方その頃、地上に降り立ったキエルは人間領の様々な場所を見て回っていた。ここ数年に限っていえば、キエルは『天空の聖域』よりも地上で過ごした時間の方が長く、この人間領もすっかり馴染み深い場所となっていた。


 ふとキエルはとある店の前で立ち止まり、思い出に浸るように目を細くする。かつてキエルがバイトをしていた喫茶店であった。



「……おお! やっぱりキエルさんじゃないか!」



 その店から初老の男性が出てきて、キエルのもとに歩み寄ってくる。この喫茶店のマスターである。



「久しいなマスター。元気そうで何よりだ」

「キエルさんこそ相変わらず元気そうで安心したよ。急に辞めると言われた時は驚いたもんだ。何かあったのかい?」

「……まあ、色々とな」



 キエルが七星天使の一人であることなどマスターは知る由もないので、事情ははぐらかす他なかった。



「戦況(経営)の方はどうだ? 俺が参戦する(働く)前からこの店は人員が不足していたし、俺が戦線を離れてからはさぞ苦戦を強いられたことだろう」

「いやあ、それが先日新しい子が入ってきてくれてね」

「ほう。増援か」

「その子がキエルさんよりもずっと優秀で――コホン。き、キエルさんにはまだまだ及ばないけどね!」

「だろうな。戦場において俺と肩を並べる者など、そうはいないだろう」



 バイトになると途端にポンコツ化するキエルだが、当の本人にはその自覚がまるでなかった。これにはマスターも思わず苦笑いを浮かべてしまう。



「それで、今日はどうしてここに? 何か用事でもあるのかい?」

「……ただの気まぐれだ。邪魔をして悪かった」

「キエルさん」



 店の前から立ち去ろうとしたキエルを、マスターが優しい声で呼び止める。



「またウチの店で働きたくなったらいつでもおいで。やっぱりキエルさんがいないと寂しいからね」

「……ああ」



 マスターに笑みを返し、キエルは喫茶店を後にする。覇王との決着がついた暁には、また戦場の日々に戻るのも悪くないかもな……そうキエルは思った。無論、キエルが覇王に勝てばの話ではあるが。


 そして次はどこに向かおうかと、キエルが思案していた時だった。不意にキエルは遙か遠くから一つの気配を察知した。微弱ではあったが、それは間違いなくミカの気配だった。



「ミカ……何故あいつが地上にいる……!?」



 ミカは『天空の聖域』の城で寝ているはず。まさかあの衰弱した容態で地上に降りてきたというのか。ならば断じて放っておくわけにはいかない。


 しかし察知した気配はかなりの遠距離であるため、流石のキエルも正確な居場所を特定するのは困難を極める。それでもキエルは人間領巡りを打ち切り、その微弱な気配だけを頼りにミカのもとへ馳せていった。




  ☆




 これはユナとミカがまだ幼く、森の中で暮らしていた頃のお話。



「ただいま、ミカ」



 森全体が夜の闇に覆われる中、一人姉の帰りを待っていたミカが、今にも泣きそうな顔でユナのもとに駆け寄る。



「どこ行ってたのお姉ちゃん! すごく心配したんだよ!?」

「……ごめんね」



 するとユナは、ポケットからある物を取り出してミカに見せた。ユナの手の平に乗っていたのは、一個の小さなチョコレートだった。ミカは目を丸くして姉の顔を見る。



「お姉ちゃん、これって……」

「今日、ミカの誕生日でしょ? だからどうしても何かプレゼントしたくって。ミカ、甘いもの大好きでしょ?」

「……!!」

「ごめんね。こんな物しかあげられなくて……」



 ついにミカは我慢できなくなり、泣きながらユナの胸に飛び込んだ。



「ありがとう、お姉ちゃん。すっごく嬉しい……!!」

「もう。相変わらずミカは甘えん坊ね」



 ミカが泣きやむまで、ユナは頭を優しく撫でてあげた。



「……お姉ちゃんの分のチョコは?」

「手に入れたのはその一個だけなの。今日はミカの誕生日なんだから、気にせず食べちゃって」

「…………」



 しばらくミカは渡されたチョコを見つめた後、それをパキンと半分に割り、片方をユナに差し出した。



「一緒に食べよ、お姉ちゃん」

「……いいの?」

「もちろん」

「……ありがとう。ミカは優しいわね」



 ユナとミカは切り株の上に寄り添うように座り、半分の大きさになったチョコを仲良く食べる。



「おいしいね、お姉ちゃん」

「うん」



 ほんの少しの量だったが、そのチョコは二人のお腹をいっぱいに満たした。



「お姉ちゃん」

「なに?」

「私、お姉ちゃんのこと大好き。お姉ちゃんは?」

「私も大好きよ、ミカ」

「えへへっ。これからも、ずっとずっと一緒にいようね」

「……うん」



 ミカに笑顔を返すユナ。だが、一方でユナは思っていた。せめてミカだけでも、今の暮らしから解放してあげられないだろうか。こんな小さなチョコじゃなく、もっと沢山の甘い物が食べられるように……。




  ☆




 深夜。冷えきった空気を肌に感じながら、ユナは森に辿り着いた。幼き日を二人で過ごした、この森に。


 ユナは静かに森の奥へと進んでいく。落ち葉を踏みしめる度に、数々の思い出がユナの脳裏に蘇ってくる。


 これまで二度、ユナはミカと闘った。一度目は七星の光城で。二度目はガブリが創成した空間で。その二回とも、ユナはミカと闘うことに迷いがあった。それもそのはず、実の妹と本気で殺し合うことなどできるはずがない。


 だが、今のユナには不思議と迷いはなかった。それは何故なのか。ミカがもう長くはないと知って気持ちが吹っ切れたのだろうか。だとしたら皮肉な話である。


 今度こそミカはユナを殺すべく闘いを挑んでくるだろう。もし、闘いの果てでしかミカと分かり合うことができないのだとしたら――



「…………」



 やがてユナは足を止め、その先を真っ直ぐに見据える。幻想的な雰囲気を演出しているかのように、星々の光が注がれている場所。その中心で、ミカは姉を待ち受けていた。

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