第183話 復活の刻
「おお……これが幻獣の門……!!」
エリトラは『魂の壺』を地面に置いて、しばし魅入られたように門を見つめていた。
「さて。話は戻りますが、この『魂の壺』には幻獣の復活に必要な魂が半分ほどしか集まっていない。何故途中で魂の収集を断念したのですか?」
傍らで横たわるガブリにエリトラが問いかける。ガブリは憎々しげにエリトラを睨みながら、口を開いた。
「……セアルが覇王に殺されたからだよ。あいつの【魂吸収】がなけりゃ肉体と魂は分離できねえ。魂に肉体が伴った状態じゃ幻獣への生贄にはできねーからな。【魂吸収】を使える奴がいなくなった今――」
「フッ。ククク……」
不意にくぐもった笑い声が、エリトラの仮面の下から洩れてくる。
「……何が可笑しい?」
「可笑しいに決まってるじゃないですか。まったく、卑劣な策は次から次に思いつくわりに、肝心なことには頭が回らないようですねえ」
「テメエ……もういっぺん言ってみろ!!」
堪らず吠えるガブリ。エリトラは笑うのをやめ、ガブリにこう言った。
「【魂吸収】でなくとも、つまるところ肉体と魂が分離できればいいわけでしょう? なら貴方にもあるじゃないですか、そういう類の呪文が。それを上手く活用すれば魂を収集できたのではないですか?」
「あぁ……!?」
ガブリは自らの所持呪文を思い返してみるが、そんな呪文に心当たりはない。だがエリトラが冗談を言っているようにも見えない。
「……たとえその呪文を俺が使えたとして、今更どうしろってんだ」
ガブリのMPは僅か1。もはやどんな弱小呪文でも発動することは叶わない。たとえ発動できたとしても、今すぐ残り500の魂を揃えることなど現実的に考えても不可能だ。
「諦めるのはまだ早いですよ。なんせここにはお誂え向きに、濃厚な魂が二つもありますからね」
「……!?」
ますますエリトラの言葉の意味が理解できず、ガブリは怪訝な表情を浮かべる。そんなガブリを見て、エリトラは呆れたように嘆息した。
「やれやれ、まだ分かりませんか。ではこれから実演して差し上げますので、よく見ておいてください」
エリトラはポケットから一枚のコインを取り出し、それを親指で弾いて宙を舞わせる。
「我もかつては奇術師と呼ばれていた時期がありましてね。様々なショーで大勢のお客様を魅了してきたものです」
エリトラは落ちてきたコインを右手でキャッチする。しかし次に右手を広げた時にはコインはそこになく、コインは左手に移っていた。
「ですからこのような〝コイン移し〟も我にとってはお手の物。しかしこんな芸はありきたりで面白味に欠けますよね。そこで今からこれを〝コイン〟ではなく〝呪文〟でやってみせましょう」
「あぁ……?」
この男は一体何がしたいのかと、ガブリが苛立ちを覚え始めた矢先――突然エリトラが右手でガブリの頭を鷲掴みした。当然ガブリに抵抗する術はない。
「テメエ、何を……!?」
「じっとしていていださい。呪文【略奪】!」
エリトラが呪文を発動する。互いの様態に変化がないまま数秒が経過した後、エリトラはガブリの頭から手を離した。
「これで貴方の所持呪文の一つが我の中に移りました。まあ〝移った〟より〝奪った〟の方が表現としては正しいかもしれませんが」
「なっ……!?」
相手の呪文の一つを自分のものにする。それがエリトラの【略奪】の能力であり、エリトラの原初とも言うべき呪文である。人間のエリトラが多種多様な呪文を使えるのも、これまで【略奪】によって数多の呪文を奪ってきたからに他ならない。
しかし当然、そんな所業をガブリが許すはずもない。
「ざけんじゃねえ!! 何を勝手な――」
「ここでクイズです。我が貴方から奪った呪文は何でしょう?」
ガブリの激昂も何処吹く風といった調子でエリトラが言う。そしてガブリに答える気がないと見るや――エリトラは次の行動に移った。
「答えはこれです。呪文【犠牲昇華】」
ドシャッ。
「ガハッ……!?」
一瞬、ガブリは何故自分が血を吐いたのか分からなかった。気付けば背中から腹にかけて激痛が走り、地面には大量の血がジワジワと広がっている。そこでガブリは、自分の身体がエリトラによって貫かれたのだと理解した。
呪文【犠牲昇華】――対象者の死を発動条件として、その魂を吸収して自らの糧とする呪文。それは吸収という形で肉体と魂を分離させることを意味する。かつてガブリがラファエの力を取り込む為に使用した呪文であり、先程エリトラが示唆していた呪文こそ、この【犠牲昇華】だった。
「可哀想な御方だ。一日に二度も絶命を体験することになるとは。さすがに同情してしまいますよ」
ガブリの身体から右手を引き抜きながら、エリトラは淡泊な声で呟く。当然その一撃でガブリのHPは0となった。
「テ……メエ……!!」
憎悪に歪んだ顔でガブリは必死に手を伸ばすが、それはエリトラに届かない。程なくして力尽き、その手は虚しく地に落ちた。
意識が遠のく中、ようやくガブリはエリトラの真意に気付いた。奴がわざわざ自分を蘇らせたのは、ただ幻獣の門の場所を聞き出す為ではなく、この身体の中にある二つの魂――ガブリ自身と、ガブリが吸収したラファエの魂を、幻獣復活の生贄に捧げる為だったということを。
七星天使の魂は、人間の300~400倍の神気を宿す。つまりその二つの魂と、今ある500の人間の魂を合わせれば、幻獣復活の条件を満たすことが可能となる。
「なんで……こんな……」
死の間際、ガブリは理不尽な思いに駆られていた。覇王の悪辣な策によって死に追いやられ、奇跡的に蘇ったかと思えば、今度は名前も知らない男に利用され、殺される。何故こんな惨い目に遭わなければならないのか。しかもラファエに引導を渡した【犠牲昇華】が、まさか自分に対して使われるなど夢にも思わなかった。
「貴方の望みは、幻獣の一部となることで叶えられるのです。これほど喜ばしいことはないでしょう?」
もはや覇王の時のように禍言を叫ぶ力すら、ガブリには残っていなかった。そのままガブリは死へと誘われ、肉体は跡形もなく消滅した。
それと同時に、この場に二つの〝白く発光するもの〟が現れる。ガブリとラファエの魂である。本来【犠牲昇華】の用途はその魂を吸収して力を取り込むことだが、エリトラは二つの魂を自分の身体ではなく『魂の壺』の中に吸収させた。
「さて……」
たった今ガブリを殺害したことに何の負い目も感じていない様子で、ガブリは眼前の幻獣の門を見据える。
ここに全ての準備が整った。間もなく大気が震撼し、大地が震動を始める。続いて『魂の壺』から邪悪な閃光が溢れ出し、それに呼応するかのように、門の扉が開かれる。やがて『魂の壺』は粉微塵に破壊され、封印されていた数百もの魂が扉の中へと吸い込まれていく。
《……我を永き眠りより解放せし者よ。我の力を以て何を願う?》
扉の奥から、禍々しい声が響き渡る。エリトラは地に膝をつき、頭を垂れる。
「僕の願いはただ一つ。この世界の破滅でございます」
《……良かろう。汝の願い、聞き入れた》
門の扉から凄まじい闇色の旋風が迸る。エリトラは立ち上がって両手を広げ、哄笑を轟かせる。
「平等なる世界の為――今ここに幻獣を解き放つ!! ハハハハハハハハハハハ!!」
この世の終焉が、すぐそこまで迫っていた。
これにて第8章「謀略のガブリ編」は完結となります。第9章「幻獣復活編」もよろしくお願いします。
また、近々活動報告にて登場キャラクターのイラストラフを公開しようと思っておりますので、どうぞご期待ください!