第176話 哀しき再戦
章タイトルを一部変えました(ストーリーに影響はありません)。
「どうだ覇王? 自分が殺した相手と再び対面する気分は」
これが【死者乱舞】の力……。まるで精気は感じられず、死んだ魚のような目で僕を見据えるセアル。もはや人形と言った方が近いだろう。その変わり果てた姿を目の当たりにし、僕の中から沸々と怒りが込み上げてくる。
「貴様……死した仲間を冒涜する気か……!!」
「冒涜だなんて人聞きが悪いなぁ。むしろこいつも俺に感謝してるだろ。なんせテメーに復讐する機会を与えてやるんだからよ。なぁセアル?」
ガブリが馴れ馴れしくセアルの肩に手を乗せる。もはや奴の行動は僕の理解を完全に超えていた。一体どれだけ心が醜ければこんな真似ができるのか。
「まあ生きてた頃に比べりゃステータスは数段劣るが、弱体化したテメーを葬るにはこいつで十分だ」
そう言ってガブリは、先程生成した怨念剣をセアルに手渡した。セアルは無機質な表情でそれを構える。
「さあやれ、セアル! 覇王に殺された恨み、今ここで思う存分晴らしなぁ!!」
ガブリの叫びに呼応するかのように、セアルは僕に向かって疾駆する。明らかに自分の意志を持っておらず、完全にガブリの操り人形と化しているようだ。
あまりにも不憫だが、同情はしない。【運命共有】で人間達と繋がっているのはガブリだけ、つまりセアルを攻撃しても人間達にダメージが伝導することはないはず。
僕にできることは、あのセアルを再び眠りにつかせてやること……それがせめてもの情けだ。
「呪文【覇導弾】!」
僕は凝縮した闇のエネルギーを指先から放つ。だがセアルはそれを避けようともせず、【怨念剣】を構えたまま一直線に向かってくる。僕が放った【覇導弾】は【怨念剣】に直撃して暴発――
「っ!?」
するかと思いきや、一瞬にして【覇導弾】は【怨念剣】に吸収されるような形で消滅してしまった。この現象は……!?
「ハハッ、残念! 【怨念剣】の干渉を受けた呪文は全て無力化されるんだよ!」
ガブリが高らかに言い放つ。ただの剣ではないと思っていたが、アンリがやられたのも納得の恐るべき剣だ。
「呪文【覇導剣】!」
すかさず僕は闇のエネルギーを剣の形にして生成し、向かってくるセアルを返り討ちにすべくそれを振り下ろす。が、それは容易くセアルの【怨念剣】に受け止められてしまった。ガブリの傀儡と化しても戦闘のセンスは健在か。
「頼……む……」
不意に弱々しい声がし、僕は一瞬自分の耳を疑った。それがセアルの声だと気付くのにそう時間は掛からなかった。
「頼む…………早く…………私を…………殺して…………」
セアルは無表情のまま、振り絞るように口から言葉を洩らす。これには僕も動揺を禁じ得なかった。
「おや? 蘇らせた死者に本人の意識は存在しないはずなんだが、不思議なこともあるもんだなぁ」
感心したようにガブリが呟いている。そして間もなく僕の【覇導剣】が消滅を迎えた。これも【怨念剣】の効力か――
「ぐっ!?」
僕が動揺を見せた隙に、セアルが【怨念剣】を僕の右脇腹を突き刺した。激しい痛みが僕を襲う。しかもただ剣を突き刺されたのとは違う、まるで魂の一部をえぐり取られたような感覚だ。
「……呪文【生命の光】!」
今度こそ僕は自身に対して回復呪文を発動し、瞬時に脇腹の傷を癒した。
セアルは後退して再び距離をとり、冷え込んだ眼差しで僕を見据えている。先程のセアルの言葉は、僕の動揺を誘うためにガブリが言わせたのか……?
いや、違う。あれは断じて誰かに言わされたものなどではない。あの声には確かな〝意志〟が宿っていた。根拠はどこにもないが、僕にはそうとしか思えなかった。
「ンッフッフッフ。やっぱ呪文で回復してきたか。ならこいつはどうだ?」
「……呪文【隕石衝突】」
静かに呪文を詠唱するセアル。今度はガブリの意志によるものであることに疑う余地はなかった。
轟音と共に、上空から巨大な隕石が僕を目がけて直進してくる。七星の光城を崩壊へと追い込んだ呪文。あれをまともに喰らえば僕のHPは吹き飛ぶことになるだろう。以前は僕の拳で相殺したが、ATKが100しかない今の僕では到底不可能だ。
「ちなみに俺がさっき展開した【月光壁】は外側からの攻撃は遮断しねーから安心していいぜ。それと――」
「っ!?」
セアルが瞬時に僕との距離を詰め、僕の腕をがっちりと掴んで身動きを封じてきた。予想外の行動に僕の反応も遅れてしまう。これではセアル自身も【隕石衝突】の餌食になるではないか。
「セアルが一緒にあの世へ逝こうってよ! ロマンチックじゃねえか!」
「ゲスが……」
セアルごと僕を葬るつもりか。なんにせよ、あの隕石を回避しなければ命はない。温存していたMPを費やすなら今だ。
「呪文【絶対障壁】!」
僕は上空に障壁を展開し、隕石から身を守った。あらゆる攻撃を遮断する【絶対障壁】もこの衝撃には亀裂が生じ、僕は【隕石衝突】の威力を改めて思い知る。
だがこの隙にセアルは僕の身体を離すと、再び【怨念剣】を突き刺そうと剣を振りかざす。真の狙いはこっちか。この近距離ではかわせ――
「……!?」
僕は目を見張った。僕に剣が届く前に、セアルの動きが静止したからだ。何かに抗うかのように、小刻みに身体を震わせながら。
「んん? どうしたセアル?」
怪訝な顔を浮かべるガブリ。あの反応を見る限り、これは奴が意図したものではない。ということは……。
「今だ…………早く…………」
再びセアルの口から振り絞るような声が洩れる。やはり間違いない。この〝意志〟の正体は――
僕は覚悟を決め、強く拳を握りしめた。
「……許せ。呪文【覇導穿】!」
闇のエネルギーを纏った拳で、セアルの心臓部を貫いた。
その一撃で勝負はついた。【死者乱舞】の呪縛から解放され、セアルの身体が消滅していく。
「ありが…………とう…………」
最期にセアルが僕に優しい笑みを向ける。僕はやるせない気持ちで、その消滅を見届けた。