第175話 甦る仇敵
ガブリの呪文による猛攻を、僕はただひたすら回避し続ける。しかし全ての攻撃をかわすのはやはり限界があり、ダメージは確実に蓄積していく。ステータスを見るとHPは700を切っていた。
現在僕は【弱者世界】によってステータスの強制補正を受け、20人ほどの人間を人質に捕られている。しかも奴はラファエの魂を吸収したことで強大な力を得ている。端から見れば絶望的な状況だろう。
「ンッフッフッフ。ステータスは大幅に下がり、ロクに呪文も使えない状況でよく粘ってんなぁ。そのしぶとさは褒めてやるよ」
ガブリは傍らで横たわるアンリの頭をこれ見よがしに踏みつけた。
「ほらほらぁ、愛しのユート様がこんなに頑張ってるんだ。アンリちゃんも応援してやれよ」
「このっ……!!」
湧き上がってくる衝動を、僕は必死に抑えつける。ここで奴を攻撃すれば【運命共有】の効力で人間達までダメージを被ってしまう。これは奴のあからさまな挑発だ。今は耐えろ……!!
「にしてもさっきから全然反撃しなくなったなぁ。そんなに見ず知らずの人間共が大事ってか? まったく涙ぐましいねえ」
ガブリは人間達の方に目を向け、ニンマリと破顔する。
「このままテメーをなぶり殺しにするのもいいが、ただ見てるだけじゃお客様方も退屈だとよ。つーわけでこういうのはどうだ? 呪文【火炎月光砲】!!」
炎の渦を纏った光の砲撃が放たれる。しかしそれは僕ではなく、ガブリの頭上に向けられたものだった。
奴の行動に不審を抱いていると、その砲撃は途中で軌道を180度変え、真下のガブリへ一直線に落ちていく。まさかこいつ……!!
「ぐああーーーーーーーーーー!!」
身体に砲撃が炸裂し、いかにも大袈裟にガブリが絶叫する。
『うああっ……!!』
『やめて……!!』
それと同時に【運命共有】の効力によって人間達にもダメージが伝導し、遠くから悲痛な叫び声が聞こえてきた。
背筋がゾッとするほどの戦慄を覚える。人間達を苦しめる為に自らを攻撃するなど、もはや正気の沙汰とは思えない。
「ははは、いいねえこの悲鳴! パーティのBGMにはもってこいだ!」
「貴様……!!」
このままでは人間達が保たない。だが回復呪文を掛けようにもこの距離では届かない。ならば直接――
「おっと! 呪文【月光壁】!」
しかし僕の行動を先読みしたのか、ガブリは周囲に何層もの光の壁を展開した。
「いけないなぁ、パーティの最中に抜け出そうとするなんてよ。テメーにもあの人間共にもまだまだ踊ってもらうぜ」
「……ちっ」
今の僕がこの壁を突破するのは時間が掛かるだろう。たとえ突破しても再度【月光壁】を展開されるだけだ。【瞬間移動】を使おうにも【弱者世界】の効力で転移系呪文は無効化されてしまう。何か手は――
いや、待て。ガブリがダメージを受けると人間達もダメージを受け、ガブリの命が尽きれば人間達も死ぬ、それが【運命共有】の効力だと奴は言っていた。ならば……!
「呪文【生命の光】!」
僕は回復呪文を発動した。だが先程も言及したように、この距離では人間達に回復呪文は届かない。かと言って僕自身のHPを回復させようとしているわけでもない。回復の対象は――
「……あ?」
ガブリの身体が淡い光に包み込まれる。そう、僕はガブリに対して【生命の光】を発動したのである。程なくして人間達の悲痛な声も収まっていった。
やはり僕が立てた仮説の通り、【運命共有】はダメージではなく回復も共有されるようだ。つまり僕はガブリに回復呪文を掛けることで、人間達のHPを回復させたのである。ガブリがこの闘いが始まってから一度も回復呪文を使っていないことが大きなヒントになった。
「プッ。ハハハハハ! マジかよ、人間共の為にそこまでするか普通? おかげで俺のHPも回復しちゃったじゃねーか!」
腹を抱えて笑うガブリ。確かに奴をますます有利にしてしまったことに変わりはない。だがそれは承知の上、後悔はしていない。
「まったく滑稽にも程があるだろ。けどまぁたっぷりと笑わせてもらったし、お礼に俺も面白いものを見せてやるよ」
そう言って、ガブリは右手をゆっくりと前に出す。
「呪文【怨念剣】!」
空間の揺らめきと共に一本の剣が顕現し、ガブリの右手に握られる。この世のものとは思えないほどの禍々しさを帯びたそれに、僕の息も詰まりそうになる。
「驚いたか? これこそアンリちゃんを打ち負かした【怨念剣】だ」
「……何……!?」
「本来ならもっとすげえオーラを放つんだが、アンリちゃんとの闘いでだいぶ力を解放しちまったからなぁ。つくづく燃費の悪い剣だぜ」
アンリはあの剣にやられたというのか。やはりただの剣ではなさそうだ。
「さて、威力の落ちたこいつを振り回して闘うってのは俺の性に合わねえ。つーわけで〝代役〟を立てることにするぜ」
「……代役だと?」
するとガブリは懐から手の平サイズの石ころを取り出した。一部には血と思われる赤い液体が付着している。
「こいつは崩壊した七星の光城から掘り当てたものでな。いやぁ〝あいつ〟の血がついたもんを見つけ出すのには苦労したぜ」
一体何を始める気なのか。僕が警戒していると、ガブリはその石を足下に落とした。
「目ん玉ひん剥いてよーく見ておけよ。呪文【死者乱舞】!」
「……!」
その呪文には聞き覚えがあった。ガブリと闘ったサーシャが僕に伝えてくれた情報の中に、その呪文の名が出てきたからだ。
【死者乱舞】――死者の血を媒体とすることで、擬似的に死者を蘇らせる呪文。ガブリはこれを使い、かつて『邪竜の洞窟』に棲息していた二体のドラゴンを一時的に復活させたとサーシャは話していた。つまりあの石は【死者乱舞】を発動させる為の媒体ということになる。
奴は言った。あれは崩壊した七星の光城から掘り当てたものだと。ならば奴が蘇らせようとしているのは――
「貴様、まさか……!!」
その石から赤い霧が噴出する。間もなくその霧の中から、一人の人物が姿を現した。
奇しくも僕の予感は的中していた。それは僕の手で葬られ、かつて七星天使の第一席であった者――セアルだった。