第172話 運命共有
ここから数百メートル離れた先で浮遊する瓦礫の上に、複数の人間達が横たわっていた。ざっと数えても20人近くはいる。今し方ガブリが【認識遮断】を解除したことで、あの人間達も僕の視界に映るようになったと思われる。
最初にこの空間に来た時に感じた複数の微弱な気配の正体を僕は理解した。先程から聞こえていた謎の声も、あの人間達のもので間違いない。
「貴様、何のつもりだ……!!」
「ンッフッフッフ。あの人間共は俺がこのパーティに招待した大切なお客様さ。沢山のギャラリーがいた方が賑やかになると思ってなぁ」
遠目で見ても、人間達が瀕死の状態にあることが分かる。既にガブリに何かされているのは明らかだ。
「ちなみにあの人間共は元々幻獣を復活させる為に捕らえていた生贄だ。でもそれが打ち止めになったもんだから、生贄としての価値がなくなっちまってなぁ。かと言ってこのまま捨てるのも勿体ねーし、せっかくだから一緒にパーティを盛り上げてもらおうと思ったわけだ!」
「貴様……!!」
激情のあまり拳が震える。一体この男はどこまで卑劣に成り果てるのか。
「そして一つ良いことを教えてやる。あいつらには俺が【運命共有】っつー呪文をかけておいた」
「【運命共有】……!?」
「俺がダメージを受けると、あの人間共もダメージを受ける。俺の命が尽きれば、あいつらも死ぬ。まさしく俺とあの人間共は運命を共有してるってわけだ!」
衝撃の事実に、僕は一瞬言葉を失った。
「俺のHPはまだまだ余力があるが、果たしてあの人間共はあとどれくらい持ち堪えられるかなぁ……?」
なんという呪文だ。ガブリを殴る度に苦痛に喘ぐ声が聞こえていたのはそういうことだったのか。ガブリを攻撃すれば、あの人間達も傷つけることに……!!
「俺を外道だと思うだろ? それで結構、これが俺の戦い方だ。でもまあ何も問題ないよな? なんせテメーはかつて五万の人間を一瞬で消滅させたんだ。あれくらいの人間を見捨てたとしても心は痛まねーよなぁ!?」
「…………」
再び僕は人間達の方に視線を向ける。彼らを傷つけることを躊躇するあまり、ガブリを生かすことになってしまうなど以ての外だ。ここで迷わず人間達を見捨てるという選択ができるのも、それは一つの〝強さ〟の形なのかもしれない。だが――
「さあて、戦闘再開といこうか。呪文【火炎弾】!!」
ガブリが三十発以上の炎の弾を一斉に放った。
「ぐっ……!!」
僕は回避を試みるが全てをかわすことは叶わず、数発の弾が僕の身体に直撃した。
「どうした反撃しねーのか!? それともしたくてもできないのかなぁ!?」
だが、そんなものは僕が目指す〝強さ〟ではない。人間達を犠牲して勝利を掴むような者が、全ての種族が共存できる世界を創り上げるなど荒唐無稽にも程がある。
仮にあの場にいるのがセレナやサーシャだったとしたら、僕は絶対に見捨てない。ではあの人間達は見捨ててもいいのか? 答えは否。僕がセレナ達を大切に想うのと同様に、あの人間達を大切に想う者達もいるはずだ。それに――
「まったく、あんな人間共にも慈悲を与えるなんざ、覇王様の優しさには涙が出そうになるねえ。だがおかげで勝負あったようだな。テメーに残された道は何もできないまま俺になぶり殺しにされることだけだ!」
「……安心しろ。この状況を打破する〝策〟は既にある」
僕は毅然と宣言してみせた。奴の非道な行いは最初から想定していたこと。どうやら用意していた〝策〟が無駄にならずに済みそうだ。
「策、ねえ。そんな見え見えのハッタリが俺に通用すると思ってんのか? 打破できるもんならやってみな!」
あと必要なのは、時間とタイミング。業腹ではあるが、それまで奴の攻撃を凌ぎ続けるしかない。
「覇王、確かにテメーのステータスの高さと呪文の数は世界トップかもしれねえ。だが必ずしもその二つだけが勝敗を分かつ要素になるとは限らねえ。時には〝知略〟がそれらを凌駕することだってあるんだ。そう、今この状況みたいになぁ! ハハハハハ!!」
ガブリの高らかな笑い声を聞きながら、僕は内心でほくそ笑んだ。ならばその知略ですら凌駕されたら、奴はさぞ屈辱的だろうな……と。
☆
時を同じくして、エリトラとキエルの戦闘は今なお続いていた。
戦況は完全に拮抗しており、互いに一歩も譲らない。【弱者世界】によって二人のステータスは一致しているため、この闘いは戦闘経験と戦闘センスが勝敗の鍵を握ることになる。
その二つに関して絶対的な自信を持っているキエルであったが、戦況が拮抗しているということは、エリトラもキエルと同等の戦闘経験と戦闘センスを持ち合わせていることを意味していた。
「……一つ、俺から頼みがある」
一旦戦闘を中断し、キエルが口を開く。
「何でしょう?」
「その仮面、いい加減外してもらえるか? この前は初対面ということで見逃してやったが、やはり命のやり取りをしている相手にいつまでも素顔を晒さないというのはどうもいけ好かない」
「ホホホ。ごもっともです」
その無機質な仮面に、エリトラはそっと手を当てる。
「ですが申し訳ない。やはりこの顔をお見せすることはできません。特に貴方にはね」
「……?」
不可解な発言ではあったが、エリトラが仮面を外す気がないということはキエルも理解できた。
「まあいい。ならば代わりに一つ質問させてくれ」
「質問? 別に構いませんが」
「……お前、一体何者だ?」
一瞬、両者の間に沈黙が過ぎる。
「……ホホホ。これまた漠然とした質問ですねえ。何者と聞かれましても、偉大なるユート様にお仕えする四滅魔の一人、としか答えようがありません」
「とぼけても無駄だ。お前の全身から漲るオーラが、ただ者ではないことをハッキリと物語っている。大人しく誰かの下に仕えるような器とはとても思えんな」
「…………」
「それに、お前からは並々ならぬ執念のようなものが伝わってくる。それを隠す為の仮面なのかもしれないが、俺の目はごまかせない。お前には何か大いなる目的がある……違うか?」
キエルの問いに、エリトラは嘆息を返す。
「……やれやれ。仲間の誰からもそんな疑問を持たれたことはないというのに、やはり貴方は苦手だ」
再び訪れる沈黙。そして――
「〝ボク〟は許せないんだよ……。天使が! 人間が! この世界の全てが!!」
この言葉がエリトラの口から出たものだと気付くのに、キエルは数秒を要した。これまでの軽快な声が一転し、まるで別人のような荒々しい声に変わったからである。
「〝ボク〟はこの世界を壊すことで復讐を果たす。その為なら〝ボク〟は何だって利用する。ただそれだけだ……!!」