第170話 対等な条件
一方、エリトラとキエルも互いに一進一退の攻防を繰り広げていた。
「ぬうん!!」
隙を突いたキエルの拳がエリトラの腹部に炸裂する。しかしポンという音と共にエリトラの姿は消え、代わりにパタパタと二匹の鳩が出てきた。前回の戦闘でも披露した、エリトラお得意の奇術である。
すかさずキエルの背後に回っていた本物のエリトラが八本のナイフを投擲する。しかし既に気配でエリトラの存在を察知していたキエルは、瞬時に身体を反転させて全てのナイフをかわしてみせた。
「呪文【攪乱箱】!」
エリトラの姿が消えると共に、側面に「?」と書かれた複数の箱が出現する。前回と同様、この中の一つに本物のエリトラが隠れており、ハズレはどれも触れた瞬間に爆破する仕掛けになっている。ただし箱の数は前回よりも増えて五つである。
「……この俺に同じ手が通用すると思っているのか?」
キエルは迷わず左から二番目の箱に向かって駆け出し、拳を炸裂させた。
「ぐっ!?」
キエルの読みは的中しており、箱に隠れていたエリトラの身体が勢いよく飛ばされた。キエルは気配だけで見事にエリトラが隠れている箱を見破ってみせた。【攪乱箱】は気配をも攪乱できるはずだが、キエルを前にそのような小細工は通用しない。
キエルの拳をまともに受けたエリトラだったが、空中で体勢を立て直し、辛うじて両足での着地に成功した。
「……拳が軽い……?」
以前にも喰らった、隕石が衝突するかのようなキエルの拳の威力を思い出し、エリトラは疑問を覚えた。
この空間が自分のステータスが減少させていることはエリトラも既に察していた。よってDEFが大幅に低下した今の状態でキエルの拳を喰らえば一溜まりもないはず。しかし先程の一撃は大ダメージではあったものの、致命傷と言えるほどでもなかった。キエルの性格から考えても、手を抜いた可能性は限りなく低い。
だとしたら考えられる答えは一つ――キエル自身もこの空間の影響を受けていることになる。それならばキエルが呪文を使わないのも、拳の威力が軽いのも説明がつく。
「……どういうおつもりですか?」
「何がだ?」
「おそらくこの空間を創り出し、我々をここに誘き寄せたのは貴方のお仲間の仕業でしょう。そしてこの空間にはステータスを強制的に補正する効力がある」
「……その通りだ」
偽ることなくキエルは答えた。
「しかし見たところ貴方もこの空間の影響を受けてしまっている。この空間で闘うことを知らされていなかった、なんてことはないでしょう。空間の影響を受けないように予め対策することもできたはずなのに、何故そうしなかったのですか?」
エリトラの問いに、キエルは微笑を返した。
「愚問だな。以前の俺の言葉を覚えていないのか? お前とは対等な条件で闘うと言ったはず。そんなことをしては対等ではなくなってしまうだろう」
「……つくづく面白い御方だ」
あくまでも己の信条を貫くキエルの姿に、エリトラは畏敬の念を抱いた。
「さあ、戦闘再開といこうか。本来の力を出せないのはもどかしいが、俺の闘志に揺るぎはない」
「ホホホ。受けて立ちましょう」
ガブリの陰謀が渦巻く空間の中、二人は尋常な闘いに身を賭していた。この先、予想だにしない結末が待ち受けていることも知らず――
☆
「ンッフッフッフ。今頃テメーの部下二人は『ガブリワールド』の影響を受けて大ピンチだろうなぁ」
自分の策略が上手くいったとばかりに、ガブリはにんまりと破顔してみせる。やはり僕の推測通り、奴は僕だけではなく四滅魔をも標的とし、悪魔の勢力を完全に無力化するのが狙いか。
「ユート様! ステータスが大幅が低下し、呪文もまともに使えなくなった今、どうやって私達に勝つおつもりですか!?」
再度ガブリは【変身】でアンリに姿を変え、ここぞとばかりに煽ってくる。
「部下共も気の毒だよなぁ。テメーなんぞに付いてきちまったばっかりに、ここで命を落とすことになるんだからよ。さぞテメーのことを恨んでるだろうぜ!」
「…………」
「ま、もうすぐテメーも俺の手で葬られるんだ。あの世で再会した時の言い訳とか今の内に考えといた方がいいかもなぁ!」
「…………」
度重なるガブリの戯れ言にも、僕は一切動じない。
「おいおいシカトかよ。それとも言い返す言葉も見つからないってか?」
「……一つだけ言っておく。貴様は二人が余を恨んでいると言ったが、それはない」
「ほう? 当人達に聞いたわけでもねーのに、よくそんなことが言えるなぁ」
「当然だ。ユナもエリトラも、紛れもない自らの意志でアンリを助け出すと宣言したのだからな」
そう。たとえ僕の命令に逆らうことになったとしても、二人はアンリを助け出す意志を強く表明した。それで僕を恨んでいるとしたら、僕が二人の覚悟を見誤っていただけのこと。だがそれはないと断言できる。
「それともう一つ。あいつらはこの程度の罠に屈したりはしない。無論、余もな」
確かに、この空間では僕達が圧倒的に不利。だがこれくらいのリスクは元より覚悟の上だ。今更怖じ気づくことはない。
「言ってくれんじゃねーか。その威勢がいつまで続くか楽しみだなぁ……!!」
ガブリの目がより一層、嗜虐の色に染まっていく。
「さて、ラファエの呪文ばっかで攻撃すんのもバラエティに欠けるしなぁ。つーわけでお見せしよう、俺とラファエによる夢のコラボレーション――呪文【火炎月光砲】!!」
炎の渦を纏った巨大な光の砲撃が、ガブリの両手から放たれる。【弱者世界】の効力を受けた状態でこの攻撃を真正面から受ければ致命的ダメージは避けられないだろう。だが僕は敢えてその場から一歩も動かない。
「呪文【覇導穿】!」
僕は右の拳に闇のエネルギーを集約させる。【覇導弾】が〝放つ〟呪文に対し、【覇導穿】は〝纏う〟呪文。よって前者は遠距離、後者は近距離で使い分けるのが基本となる。そして僕はこの拳を、ガブリの砲撃に向けて突き出した。
「ハッ! んなもんで俺の攻撃を防げると――」
僕の【覇導穿】を纏った拳とガブリの【火炎月光砲】がぶつかり合う。いくら呪文で拳の攻撃力を上げたところで、普通に考えればガブリの砲撃の方が威力は勝るだろう。だが――
「なっ!?」
驚愕の声を上げたのはガブリだった。ガブリの砲撃は僕の拳によって防がれ、直撃する前に四散したのである。これにより僕はダメージを最小限まで抑えることに成功した。