第17話 クエストに挑戦?
リナにクエストの手続きを依頼してから数時間が経過し、窓の外はすっかり暗くなった。リナは未だに城に戻ってきていなかった。
変だな。クエストって手続きだけでこんなに時間が掛かるものなのだろうか。それとも僕の期待に応えようとより難しいクエストを探すために人間領の至る所を回ってるとか。
まさか【瞬間移動】の使い方をミスって壁の中に突っ込んでたりして……!?
もしそうなら今すぐ助けに行かなければならないが、リナが今どこにいるのか分からないし、【瞬間移動】はリナに貸してるから人間領に向かうだけでも相当時間が掛かってしまう。一体どうすれば……。
「お、お待たせしましたお兄様!!」
するとリナが【瞬間移動】によって僕の目の前に姿を現した。僕はホッと胸を撫で下ろす。よかった、ちゃんと無事だった。
リナは息を切らしており、なんだかとても疲れている様子だった。
「随分遅かったなリナ。心配したぞ」
「も、申し訳ありません。色んな所を回ってたら、こんな時間になっていました……」
やっぱりより難しいクエストを見つけようと頑張ってくれてたみたいだな。僕の「期待している」という言葉がプレッシャーになっていたのかもしれない。
「ですが、ちゃんとクエストは見つけてきました!」
「そうか。ご苦労だったなリナ。報酬にお前の望むものを言ってみよ」
「い、いえ! 報酬なんていりません! お兄様のお役に立てたということが私にとっての何よりの報酬ですから!」
そう真正面から言われるとなんだか照れくさいな。
「あっ、お兄様、この紙をどうぞ!」
「うむ」
僕はリナから一枚の紙を受け取った。これにクエストの内容が書かれているのだろう。
さて、一体どんなクエストなのやら。これだけリナが時間を掛けて見つけてきたクエストなのだから、さぞ難易度が高いものに違いない。とある森の奥深くに棲息する伝説の竜を倒せとか、標高一万メートルの山の頂上に生えている薬草を手に入れよとか、そんな感じだろうな。
ま、どんなクエストだろうと僕の力なら余裕でクリアできるだろう。そして世界中の人々が僕の存在を知ることになり、僕のイメージアップ大作戦がまた一歩前進する。ふふ、なんだかワクワクしてきたぞ。
様々な思いを胸に馳せながら、僕はその紙に目をやった。
雑貨屋のアルバイト
業務内容:会計、品出しなど
時給 :銅貨五枚
なんでだよおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーーーー!!
これクエストじゃないじゃん!! ただのバイトじゃん!! 僕ちゃんとクエストって言ったよね!? なんでこんなの見つけてきてんの!?
あっ、もしかしてこの世界ではこういったバイトもクエスト扱いなのか!? しかも時給やっす!! どんなブラックバイトだよ!!
「ど、どうでしょうか……?」
リナが不安げな目で聞いてくる。どうもこうも、想像と違いすぎてなんて言ったらいいのか分からない。
「『誰もが挑戦すら躊躇うようなクエスト』と言われたので、そのクエストにしてみたのですが……」
そりゃこんな時給じゃ誰もが躊躇って当然だよ。ある意味竜の討伐や薬草の入手より難易度が高いのではなかろうか。もしかしてリナって天然なのか?
「お、お気に召さなかったでしょうか? もしそうなら、私……」
リナが今にも泣きそうな顔になり、僕は動揺してしまう。
「そんなことはない。お前はとても素晴らしいクエストを見つけてきてくれた。余はとても満足している」
「あ、ありがとうございます……!!」
ああ、言ってしまった。でもそんな顔を見せられたら、とてもじゃないが本当の事は言えない。リナも悪気があったわけじゃないだろうし。
「それと一応もう一つ、クエストを見つけてきたのですが……」
リナがもう一枚の紙を差し出してきた。それは花屋さんのアルバイトであり、業務内容と時給は一枚目と似たようた感じだった。
「クエストの手続きは済ませてきたのですが、正式にクエストが受領されるのは各店で行われる面接に合格してからだそうです。ですからお兄様にはお手数ですが、まず明日の面接を受けていただく必要がございます」
「……うむ、分かった」
いやそこは分かっちゃダメだろ。なんかもう完全に僕がこのバイトもといクエストを受ける流れになってないか? でもさっき満足しているとか言っちゃった手前、受けないわけにはいかないよな……。
「お前の努力を無駄にしない為にも、この二つのクエストは必ず成し遂げてみせよう」
「は、はい!」
やむを得ず僕はその二つのバイトを受けることにした。それからリナに【瞬間移動】の呪文を返却してもらい、リナは大広間から出て行った。
僕は大きく溜息をつく。まさかこんなことになるなんて……。
雑貨屋や花屋でバイトする覇王って一体どうなんだろう。そもそも覇王が人間のバイトの面接に合格できるのだろうか。
☆
翌朝。大広間の玉座に座る僕と、その前で膝をつくアンリ。
二つの店の場所と面接の時間はリナから渡された紙で確認済みである。そろそろ花屋さんの面接の時間だ。僕は玉座から腰を上げた。
「ではアンリよ、行ってくる」
「はい。くれぐれもお気をつけて。何かあったらすぐに連絡をお願いします」
「うむ」
アンリは僕がバイトの面接を受けに行くなんて夢にも思ってないだろうな……。
僕は【瞬間移動】を使い、その花屋さんがある村の前までやってきた。僕は一緒に持ってきた地図を見て確認する。うん、この村で間違いない。
そこで僕はこの村が昨日山賊から救った村からかなり近いことに気付いた。ということは僕の美談がこの村まで広まっていることは十分考えられる。僕のイメージアップ大作戦がちゃんと上手くいってるか確かめる良い機会だ。
ふふっ、ひょっとしたら覇王のファンクラブなんてものができてるかもしれないな。握手を求められたらちゃんと応えなければ。更にはサインまでお願いされたりして!? しまったなあ、サインの練習しておけばよかった。そんな妄想を膨らませながら、僕は村の中に入った。
「うわあああああああああああ!!」
「逃げろおおおおおおおお!!」
あれ?
村の人々は僕の姿を見るや否や一目散に逃げ出してしまった。僕の前を虚しい風が通り過ぎていく。おかしいな、握手は? サインは……?
僕はポンと手を打った。そっか、きっと僕が覇王だと分からなかったんだな! だってもうこの村では覇王は人々を山賊から救った英雄ってことになってるはずだし、覇王だと分かってたら逃げ出すのはおかしい! いやそもそも僕の評判がこの村まで広まってないのかも! そうだ、そうに違いない! だから僕の頬を伝っているのは涙じゃない、ただの汗だ!
と、僕は何度も自分に言い聞かせたのであった。