第168話 3つの因縁
ユナとエリトラと共に、僕は勢いよく迸る気流に身を任せてゲートの中を突き進んでいく。『天空の聖域』に向かうのは三度目なので、このウォータースライダーのような感覚にも慣れてきた。だが――
「……おかしいですね」
「ああ」
エリトラの呟きに僕は相槌を打った。前回も前々回も、このゲートを抜けて『天空の聖域』に辿り着くまでは三十秒も要しなかった。だが今回は三分が過ぎても未だに出口が見えてこない。一分が過ぎたあたりまではただの気のせいかと思っていたが、三分ともなるとさすがに異常である。
嫌な予感がする。もしや既にガブリの罠が発動しているのか……!?
「ユート様、あれを!」
ユナが声を上げる。前方を注視すると、複数の巨大な飛行物体がこちらに向かっているのが見えた。あれは……モンスター!?
アシュラドレッド Lv657
HP40789/40789
MP31874/31874
ATK678
DFE590
AGI557
HIT311
先頭のモンスターのステータスが表示される。他のモンスターもほぼ同等の数値を有しており、明らかに僕達を標的にしている。少なくとも三十体はいるだろう。
これまでゲート内はモンスターなど一体も出現しなかった。ということは、やはりガブリの仕業と考えて間違いない。
「猪口才な……。ユナ、エリトラ! 迎撃するぞ!!」
「「はっ!!」」
何が狙いなのか知らないが、行く手を阻むのならば薙ぎ払うしかない。僕達の消耗を狙っているのであれば無駄なことだ。所詮どのモンスターも『邪竜の洞窟』で闘ったドラゴンには及ばない。
ユナとエリトラの方へ四、五体ずつ、残り全てが僕の方へ向かってくる。どうやらモンスター共もどれが一番危険な存在か本能的に察知したらしい。ならば僕も期待に応えるとしよう。
「呪文【混沌旋風】!!」
僕は巨大な竜巻を発生させ、風の刃で眼前の敵を切り裂いていく。しかし全てのモンスターを倒すには至らず、尚数体のモンスターが勇敢にも僕に挑んでくる。
この数ならばもはや呪文に頼るまでもない。僕は拳を振るい、襲ってきたモンスターを返り討ちにしていく。程なくして残りのモンスターも全て倒した。もう前方にモンスターの気配はない。
「……妙だな」
僕は得体の知れない違和感に苛まれていた。あまりにも手応えがなさすぎる。本気で僕達を消耗させたければ、もっと強力なモンスターを寄越すなり、数で攻めるなりしてくるはずだ。狙いは別にあるのか……?
「ユナ、エリトラ! そちらの状況は――」
そこで僕は気付いた。いつの間にか二人の気配が消えている。周囲を見渡してみたが、やはり姿はない。
『ユート様、ご無事でしょうか!?』
「……ああ」
ユナからの念話に返答しつつ、僕は舌打ちをする。そういうことか。
真の狙いは僕達の消耗ではなく、モンスター共に気を引きつけ、その隙に僕達を分断することにあったわけだ。どうやったのかは知らないが、この際それを探ってもしょうがない。まさしく奴の考えそうなことだ。
『ンッフッフッフ。ようこそ覇王様……』
どこからともなく耳障りな声がゲート内に響き渡る。言うまでもなくガブリの声だ。
『テメーが来るのを心待ちにしてたぜ。存分に楽しもうじゃねーか……!!』
直後、前方から黒い稲妻が迸り、ゲート内を闇の色に染め上げていく。間もなく視界が暗転した。
「ここは……!?」
次に目を開けた時、僕は見たこともない場所に立っていた。
周囲をゆっくりと見渡してみる。深海のように暗く、あちこちに巨大な瓦礫が浮いている。僕が立っているのもその瓦礫の一つ。その下に地面はなく、上には空もない。まるで宇宙のような空間だった。一つハッキリしているのは、ここが『天空の聖域』ではないということだ。
「ユート様!」
そして同じ瓦礫の上、およそ十メートル先に、見慣れた女の姿があった。
「私です、アンリです! ああっ、ユート様が私の為にここまで来てくださるなんて、歓喜の極みでございます!」
目に涙を溜めながら、そいつは言う。
「ですがユート様に御迷惑をおかけしたことはなんとお詫びをしたらいいか……!! やはり自害すべきでしょうか!?」
怒りが込み上げるあまり、僕の拳が震える。
「今すぐその不快な三文芝居をやめろ……ガブリ!!」
アンリの姿をしたそいつの顔が、邪笑に歪んだ。
「ケッ、面白くねえなぁ。まあ二回目ともなれば一目でバレちまうか」
間もなく【変身】が解かれ、ガブリが姿を現した。
「……ようやく本物の貴様がお出ましか」
これまでの分身とは明らかに気配が異質であることから、僕はこのガブリが本物であると確信した。
「その通り。お会いできて光栄でございます、覇王様」
恭しく頭を下げるガブリ。自らを臆病者だと言っていた奴がこうして僕の前に姿を現したということは、この闘いで僕を葬ることによほどの自信があると見える。
「既にお分かりだろうが、ここは『天空の聖域』じゃねえ。俺の【空間創成】の呪文で作り出した空間だ。その名も『ガブリワールド』ってな! 俺達の因縁にケリをつけるのに相応しいフィールドだと思わねーか!?」
大袈裟に両手を大きく広げるガブリ。もはや失笑すら洩れない。
だがこれほどの空間を展開できる呪文となると、第五等星以上のクラスであることは間違いない。よってMPの消費も尋常ではないはずだが、ガブリの充溢した気配を見る限り、MPにはまだ十分な余力がある。
単にラファエの力がプラスされたのではなく、それを遙かに上回る力がガブリにもたらされたと見るべきか。もはや現在のガブリのMPは無尽蔵にあると考えた方がいいだろう。
「テメーがここに来ちまったのは、俺がゲートの接続先を『天空の聖域』から『ガブリワールド』に変えたからさ。けど喜べよ、この空間は『天空の聖域』と違って悪魔の肉体にダメージはないからよ。俺の優しいエスコートに感謝するんだな!」
「小賢しい真似を……」
確かに『天空の聖域』で味わったような頭痛や吐き気はないが、喜べるはずもない。ガブリが『天空の聖域』の優位性を捨ててまでこの空間を戦場に選んだのは、何か策略があるに決まっている。
「そうそう、アンリちゃんなら〝殺してない〟から安心していいぜ」
「……アンリは『天空の聖域』にいるのか?」
「さあねえ。仮にそうだとしても、この空間から出たかったら俺を殺す以外に方法はねーな」
「そうか。なら簡単でいいな」
近くにアンリの気配はない。こいつのことだからアンリを使って何か企んでいると思っていたが、僕達を誘き寄せることに成功した時点で利用価値はないと判断したのか、それとも――
アンリの気配はないが、代わりにそう遠くない場所で複数の微弱な気配を感じる。今警戒すべきはそちらだろう。果たして何を仕掛けてくるか……。
「ユナとエリトラはどこだ?」
「ンッフッフッフ、よっぽど部下共のことが心配みてーだな。そいつらならこの『ガブリワールド』のどこかにいる。今頃キエルとミカが相手してるはずだ」
「……何……!?」
覇王がいる場所から遠く離れた瓦礫の上では、キエルとエリトラの二人が対峙していた。
「……七星の光城で闘った時以来だな、エリトラ」
「そうですねえ。あの時は城の崩壊で勝負はお預けになってしまいましたからね」
キエルは周囲を軽く見回し、嘆息する。
「このような形で再戦することになろうとは不本意極まりないが、お前との決着をつけないまま覇王と闘うのは後味が悪いからな。この闘い、勝たせてもらう」
「ホホホ。つまり我は前座というわけですか」
「違うな。どんな闘いであろうと命を懸けて臨むのが俺の信条。戦場の敵を前座と見なしたことなど一度もない」
「なるほど。しかし妙ですね……」
エリトラはわざとらしく首を傾げてみせる。
「何がだ?」
「貴方のお仲間がユート様を葬ると信じているのなら、先程の発言は出てこないはず。つまり貴方はユート様が敗北すると思っていない……違いますか?」
「……さあな」
小さく口角を上げながら、キエルは答えた。
一方、別の瓦礫の上ではユナとミカ――二人の姉妹が対峙していた。
「また会えて嬉しいよ、お姉ちゃん。今度こそ殺してあげる……!!」
以前と全く変わらない、怒りと憎しみに満ちた眼差しを姉に向けるミカ。
「ミカ、私は貴女と闘いに来たんじゃない!! 私はアンリを助ける為に――」
「へえ、私のことはどうでもいいってこと? そんなの許さないよ……!!」
「ミカ……!!」
闘いは避けられない。そう直感で理解したユナは、やむを得ず剣を抜いた。
覇王とガブリ、エリトラとキエル、ユナとミカ。それぞれの因縁に導かれた闘いが今、始まった。