第16話 クエストに向けて
しかし人間領ならともかく、悪魔領にクエストなんてあるのだろうか。悪魔達がクエストに挑戦している姿なんて想像できないけど……。
「アンリよ。この悪魔領にもクエストというものは存在するのか?」
とりあえず僕の前で膝をついているアンリに聞いてみた。
「クエストですか? はい、もちろんございます」
おっ、どうやら存在するようだ。そうと決まれば早速――
「ちなみにクエストの内容は『人間を○人殺害せよ』『人間の心臓を○個集めよ』というように、人間が関与するものが九割九分を占めております」
「……そうか」
ダメだ、そんなクエスト受けられるわけがない。そもそも最終的には僕のイメージアップが目標なんだから悪魔領のクエストを達成したところで何の意味もないし、むしろ逆効果になるだろう。となるとやはり人間領のクエストを受けるべきか。
「何故そのようなことをお尋ねに?」
「……実はこれからクエストでも受けようと考えていてな」
「ゆ、ユート様が直々にクエストを!?」
「うむ」
ただし人間領のだけど。アンリは悪魔領のクエストだと思ってるに違いない。
「クエストでしたら、ユート様が自ら動かずとも覇王軍の悪魔達に命じていただければ、それで事足りると思うのですが……」
ま、そう返されるよね。何か言い訳を考えなければ。
「ふっ、昨日の外出だけではまだまだ人間共の悲鳴が聞き足りなくてな。クエストでもやって余の心を満たそうと思ったのだ」
「……左様でございますか。そういうことでしたら私も賛同いたします」
あれ、いつものアンリだったらここで「ユート様ともあろうお方がクエストなど!」とか「では百体の悪魔をお供につけます!」とか言うと思ったんだけど。きっと昨日の一件で僕への気遣いが過剰だったことに気付いて反省したんだろうな。僕としてもそれはありがたい。
しかしこの世界に転生したばかりの僕は、どこでどうすればクエストが受けられるのか全く分からない。となると誰かにお願いした方が良さそうだな。僕が受けたいのは人間領のクエストなので、ここはやはり元人間の〝彼女〟が最も適任だろう。
そう、僕の妹(仮)のリナである。リナに頼んで人間領まで行ってもらって、クエストを一つか二つ見つけてきてもらおう。
「アンリ。すまないが妹をここに呼んできてもらいたい」
「リナ様をですか?」
「うむ。実はあいつに頼み事があってな」
「で、でしたらリナ様の代わりに私がお受けいたしましょうか? ユート様の妹君にご負担をかけるわけにも参りませんので……」
「いや。お前の気持ちは嬉しいが、これはリナにしか頼めないことなのだ」
アンリを人間領なんかに行かせたら「ついでに人間を百人殺してきました」みたいなことになりかねないし、それ以前に僕が人間領のクエストを受ける理由を聞かれたらなんて答えたらいいのか分からないからな。
「……かしこまりました」
アンリはやや落ち込んだ様子で大広間から出る。それから数分後、アンリがリナを連れて戻ってきた。
「ユート様。リナ様をお連れいたしました」
「ご苦労。それではアンリ、悪いが席を外してもらいたい」
これからリナに話すことはアンリに聞かれるとちょっとマズいからな。
「え? わ、私ですか?」
「お前以外に誰もいないだろう。少しばかり兄妹水入らずで話をさせてくれ。お前は自分の部屋で休んでもらって構わない」
「……御意」
アンリは更に落ち込んだ様子で大広間から出て行った。きっと除け者のように扱われたのがショックだったんだろう。後でちゃんとフォローしてやらないとな。ともかくこれで大広間には僕とリナの二人きりになった。
「リナ。昨日の今日で申し訳ないが、お前に頼みたい事があるのだ」
「は、はい! 私で良ければ何でも言ってください!」
だからそういう発言は誤解を……まあいい。
「余はこれから人間領のクエストを受けようと思っている。そこでお前にはこれから人間領に行ってもらい、クエストの手続きをしてもらいたい」
「……クエスト、ですか?」
リナは不思議そうに首を傾げる。
「お前にだけ話しておくが、余は人間達の覇王に対する認識を良いものに変えること、つまりはイメージアップを目標としている。クエストを受けるのはその一環だ」
「イメージアップ……! 凄く良い考えだと思います! お兄様はとても素晴らしいお方ですから、私もそれを大勢の人に知ってもらいたいです!」
キラキラと目を輝かせるリナ。僕が五万人の人間を一瞬で消しちゃったことを知ったらどう反応するだろうな……。
「しかしここから人間領はかなり遠い。そこで余の【瞬間移動】の呪文をお前に与えおくから、それを使って人間領に行くといい。ただし【瞬間移動】は余も持っていないと困るので、任務が終わったら返却してもらう」
僕は昨日【災害光線】の呪文を授けた時と同じように、【能力付与】を使って【瞬間移動】の呪文をリナに与えた。
「できれば誰もが挑戦すら躊躇うようなクエストを頼む。余の存在を知らしめるにはクエストの難易度はできるだけ高い方がいいからな。数は一つか二つで構わない」
「かしこまりました!」
「それと、この事はくれぐれも内密に頼む。余が人間領のクエストを受けようとしていることが皆に知れたら大変なことになるからな。余の秘密を知っているお前だからこそ頼めることなのだ」
「……頼りにしてくださっている、と思っていいのでしょうか?」
「当然だ」
リナの表情が太陽のように明るくなる。
「私、頑張って凄いクエストを見つけてきます!!」
「うむ。期待しているぞ」
一方その頃、アンリの部屋にて。
「ううっ……ユート様が私よりもリナ様をお頼りになるなんて……!! リナ様はユート様の妹君なのだから当然のことかもしれないけれど……!! リナ様が羨ましい……私もユート様の妹になりたい……!!」
アンリは以前ユートが【創造】によって生成したユートの等身大の人形を抱き締めながら、ベッドの上を転がっていた。
「はっ! だけど妹だとユート様と結婚できない――って何を考えてるの私は! 私程度の者がユート様と結婚など畏れ多いにも程がある! で、でもユート様がお許しになるのなら、私は……!! きゃーユート様ー!!」
奇妙な声がアンリの部屋から洩れ、近くを通りかかった悪魔達がビクッと肩を揺らしたのであった。




