第158話 四体のガブリ
五分ほどでアンリとの話を終え、僕達もそれぞれ出撃の準備に取り掛かる。どんな話をしたかというと……まあ、それは後々分かるだろう。
「ユート様。準備が整いました」
「ウチもいつでもオッケーっすよ!」
準備を終えて大広間に戻ると、既にユナとペータが待機していた。少し遅れてアンリもやってくる。
三人とも気力に満ちた表情で、僕の言葉を待っている。この三人ならガブリの分身など何の問題もないと断言できる。僕の期待通りの働きをしてくれるだろう。覇王城のことはエリトラに任せておけば安心だ。
「ではこれより四体のガブリの討伐を開始する。我ら悪魔の領域に土足で踏み込んだことを後悔させてやるのだ!!」
「「「はっ!!」」」
僕は【瞬間移動】を三回発動し、アンリを悪魔領の南地区に、ユナを東地区に、ペータを西地区にそれぞれ転移させる。そして最後に【瞬間移動】を僕自身に対して発動した。
悪魔領の北地区に転移した僕は、程なくしてガブリの姿を捕捉した。耳障りな哄笑を響かせながら、無作為に攻撃を繰り返している。至る所に見受けられる破壊の痕跡は、奴がこの地でどれだけ暴れ回ったのかを如実に物語っていた。
悲鳴を上げながら逃げ惑う者、動けず震えている者、無惨な姿で転がっている者……。この惨状を引き起こして何の痛みも感じないのであれば、それはもはや正気の沙汰ではない。僕は今にも爆発しそうになる感情を必死に抑えつけた。
「……おや?」
僕の存在に気付いたのか、ガブリの攻撃の手がピタリと止む。そして邪笑に歪んだ顔を僕の方に向けた。
「これはこれは。覇王様が直々にお出迎えしてくれるなんて光栄だなぁ」
「……貴様、やはり分身か」
僕は一目でそれが分身だと見抜いた。以前対峙したガブリの分身と気配が全く同じだったからだ。
「大・正・解~! 流石は覇王様、やっぱ三度目ともなると一発で分かっちまうか。景品でもプレゼントしたいところだが、生憎持ち合わせがなくてなぁ」
僕の登場に一切動揺していないのは少しばかり感心したが、やはり分身だからという余裕もあるからだろう。
「毎度毎度分身ばかり……。余の前に姿を晒す度胸もないとは、よほどの臆病者のようだな」
「ああ、俺は臆病者だぜ? なんせ命は一個しかねーんだ。むざむざ失うような真似はしたくねーからなぁ」
僕は心の中で舌打ちした。やはりこの男はセアルやキエルと違って〝闘いに対する誇り〟といったものを欠片も持ち合わせていない。この手の挑発は通用しないと思った方がよさそうだ。
「余がここに来た理由は説明するまでもないな? 大勢の悪魔を手にかけた罪、その裁きを受けてもらおうか」
「おいおい、自分のことを棚に上げて正義のヒーロ気取りかよ。テメーだって前に数万の人間を消し飛ばしたじゃねーか。それに比べたら俺のやってることなんて可愛いもんだよなぁ!」
相変わらず神経を逆撫でする態度だが、一々相手にしては奴の思う壺だ。
こいつを葬るのは造作もないことだが、分身を消したところで本体のガブリには何のダメージもない。ならば葬るのは目的を聞き出してからでも遅くはないだろう。
「貴様の目的は何だ? 四体の分身を使い、野良悪魔どもを襲って一体何がしたい?」
「なぁに、ちょっとした腕試しさ。せっかくパワーアップしたんだ、力を試してみたくなるのは当然だろ?」
「……パワーアップだと?」
「ああ。なんせちょっと前に――おっといけねえ、危うく口が滑るところだったぜ。別にただの気晴らしだ、深い理由はねえよ」
パワーアップ……奴が四体もの分身を生成できるまでにMPを回復させた謎と何か関係があるのか……?
なんにせよ、気晴らしというのがあからさまな嘘であることは分かる。奴の一連の行動には必ず裏がある。葬るのはそれを聞き出してからだ。いかにも口が軽そうな奴だし、ちょっと誘導してやれば自分から喋り出すだろう。
そもそも本当にただの気晴らしなら、悪魔ではなく人間を襲っているはずだ。リスクを冒してまで僕の領土に踏み込む意味がない。
「んんっ? どうやら他の所には滅魔どもを向かわせたみてーだな」
ふとガブリが呟いた。ガブリの意識は他の分身とも共有しているのだろう。この発言から察するに、アンリ達もガブリの分身を捕捉したと思われる。
「嬉しいねえ、俺なんかの為にここまでしてくれるなんてよ。お礼に一つ良いことを教えてやる」
ガブリはにんまりと破顔して、言葉を続ける。
「さっきテメーは『四体の分身』と言ったが、それは思い違いだ。俺が【月影分身】で生成した分身は三体なんだからよ」
「……なんだと?」
「この意味分かるよなぁ? つまりこの中に一人、本物の俺が混じってるってことだ! 名付けてガブリンルーレット!!」
「…………」
こいつの言葉を信じるなら、アンリ、ユナ、ペータの誰かがガブリの本体と闘うことになる。アンリ達はガブリの分身とも対峙した経験はないので、僕のように気配で見破ることはできない。
「はてさて、本物の俺に当たった幸せ者は一体誰かねぇ? 分身ならともかく本物の俺にテメーの配下が勝てるかな? 心配なら今すぐ向かった方がいいかもなぁ!」
確かにガブリの本体の実力は未知数なので、アンリ達の誰かが闘うような展開になったらまずい。だが――
「猪口才な。そんな虚言で余の動揺を誘っているつもりか?」
僕は毅然と言い捨てた。仮に本物のガブリが混じっていたとして、奴が言うように僕が本物のもとに向かえば、その時点でガブリの命運は尽きることになる。第一、最初に本物と対峙したのが僕だったらどうするつもりだったのか? 臆病者のこいつがそんな賭けに出るとは到底思えない。
「無駄話は終わりだ。そろそろ覚悟を決めてもらうぞ」
「あらら、いーのかなぁ? 後悔することになっても知らねーぜ?」
「後悔するのは貴様の方だ」
斯くして僕はガブリの分身との戦闘を開始した。