第156話 残された三天使
覇王が覇王城に帰還した時とほぼ同時刻、『天空の聖域』にて。
以前キエルが『七星の光城』の代わりとして【創造】で生成した小さな城、その一階には七星天使のキエルとミカがいた。二人はガブリからの念話によって、この場所に集まるよう伝えられていた。
「よぉ。お待たせして悪かったな」
そして二人を呼びつけた張本人が、ようやくこの場に姿を現した。
「ミカ、体調の方はどうだ?」
「…………」
ミカは煎餅のような菓子をポリポリ食べながら小さく頷く。完全回復とまではいかないものの、ミカの容態はある程度持ち直していた。
「ンッフッフ。そいつぁ何よりだ」
「それで、俺達をここに呼んだのはどういう用件だ?」
ガブリのことだから大した用件ではないと最初はキエルも思ったが、あのガブリが皆に収集をかけるのはよっぽどのことがないと考えられないので、ひとまずキエルはそれに応じることにした。
「実は俺からテメーらに一つ報告があってな」
「……報告? それこそ念話で済ませればいいものを」
「分かってねーなぁ。念話で済ませられないほどの重大な報告ってこったよ。今から言うからよーく聞いとけよ」
「待て。まだラファエが来ていないぞ」
「それなら構わねえ。まさにそのラファエについてだからな」
「……何?」
ガブリは必死に笑いを堪えながら、その一言を発した。
「――ラファエが覇王に殺された」
「「!!」」
キエルは大きく瞠目し、ミカは菓子を食べる手を止める。
「それは……本当なのか?」
「ああ。地上を巡回させてた下級天使共からも複数の証言が取れたから間違いねえ。ラファエは覇王と闘い、そして殺された」
「覇王とラファエが闘っただと? 何故そんなことに……!?」
「さあな。詳しいことは俺も知らねえ」
キエルには信じられなかったが、確かにラファエに念話を繋げようとしても一向に繋がらない。経緯はさておき、ラファエが死んだのは間違いないようだ。
「覇王はあんなに善良だったラファエを殺めたんだ。もはやあの男が極悪の存在ってことに何の疑いもねえ。このままじゃ俺達は――いや、全ての天使と人間は覇王によって滅ぼされちまうだろうなぁ」
「…………」
キエルは沈黙する。そんなキエルのもとに、ガブリは静かに歩み寄っていく。
「なぁキエル。信念も性格も全く噛み合わねえ俺達だが、たった一つだけ合致している目的がある。それが何か分かるか?」
「……打倒覇王か」
「そう。俺達は何としても覇王を滅ぼさなきゃならねえ」
キエルは亡きセアルの遺志を遂げる為に、ガブリは今までの屈辱を晴らす為に。理由は違えど、二人の目的は合致している。
「七人いた七星天使も、とうとう俺ら三人だけになっちまった。もはや仲間内で啀み合ってる場合じゃねえ。今こそ力を合わせるべきじゃねーのか?」
これにはキエルも失笑を禁じ得なかった。
「力を合わせる、か。まさかお前の口からそんな言葉を聞く日が来るとはな」
「おいおい、そいつは心外ってもんだぜ。けど間違ったことは言ってねーだろ?」
「……確かにな。だが俺は三日後に覇王と決闘の約束を交わした。お前の手を煩わせるつもりはない」
「はぁ? 自惚れてんじゃねーよキエル。断言するが、オメーじゃ覇王には絶対に勝てねえ」
キエルは表情を変えないまま、ガブリを睨み据える。
「覇王の所持呪文の数は底が知れねえ。僅かな呪文しか持たず、真っ正面から闘うことしか知らねえテメーとはあまりにも相性が悪い。まともに闘ってもセアルやラファエのように犬死にするのがオチだろうぜ」
「……お前なら、覇王を打ち倒せるというのか?」
キエルの問いに、ガブリはにんまりと破顔する。
「あぁ。俺に全部任せておけば必ず覇王を抹殺できる。それだけじゃねえ、覇王の息がかかった四人の滅魔も消さねえとなぁ。だからテメーも俺に協力しろ」
覇王と四滅魔さえ消してしまえば、悪魔の脅威は完全に去ったと言えるだろう。七星天使にとって覇王と四滅魔以外の悪魔は取るに足らない存在だからだ。
「もちろんミカにも協力してもらうぜ。今はテメーの戦力も必要だ」
「分かった」
ミカは即答した。滅魔の中には姉のユナがいる。元より姉を殺す為だけに七星天使になったミカにとって、これを拒否する理由などなかった。
「ほら、ミカは協力してくれるってよ。では改めてオメーの返事を聞こうかキエル」
キエルは無言のまま腕を組み、目を閉じる。
「言っておくがオメーらに汚れ役を押し付けるつもりは更々ねえ。そういうのは全部俺がやってやるから安心しな。オメーらは最後の〝仕上げ〟の時だけ手伝ってくれりゃーそれでいい」
キエルの精神は鋼のように強固であり、ラファエにやったような〝精神的な揺さぶり〟が通用しないことはガブリもよく理解していた。キエルを動かすには真っ当な説得しか方法がないことも。
僅かな沈黙の後、キエルは小さく口角を上げた。
「……面白い。今回だけはお前の口車に乗ってやる。覇王を打ち倒す策とやらがどれほどのものか、この目でしかと見届けさせてもらおう」
「ンッフッフ。決まりだなぁ」
斯くしてガブリはキエルとミカの協力を得ることに成功した。
「さて、それじゃ俺は今から下準備に取り掛かるとするぜ。それが終わるまでテメーらは茶でも飲んでのんびりしてな」
「待てガブリ」
城から立ち去ろうとしたガブリをキエルが呼び止めた。
「なんだキエル? まさか『やっぱ協力するのやーめた!』とか言わないよなぁ?」
「安心しろ、戦士に二言はない。ただ、一つだけお前に聞きたいことがあってな」
「……聞きたいこと?」
次の瞬間、キエルの雰囲気が一変した。
「ラファエは本当に〝覇王に〟殺されたのだろうな?」
「!!」
心臓を貫くようなキエルの威圧的な眼光に、ガブリは一瞬怯みそうになる。だがここで下手に動揺を見せれば、自分が嘘をついていると認めるようなもの――
「……だからそう言っただろ。まさかオメー、俺の言葉を疑ってんのか?」
「これまで疑われるような言動ばかりしてきたことはお前自身が一番分かっているはずだ」
「おいおい、協力し合うと決めた矢先にそりゃねーだろ」
なんとか表情と口調を保ちながら、ガブリは言葉を続ける。
「ラファエの実力はオメーもよく知ってたはずだ。あいつを殺せるのなんて覇王をおいて他にいねえ。違うか?」
「…………」
「覇王はセアルとウリエルを容赦なく殺したんだ。ならラファエを殺したって何の不思議もねえ。それともオメーは敵である覇王の肩を持つのかよ?」
「…………」
しばらく睨み合いが続いた後、キエルは小さく息をついた。
「よかろう……今はお前の言葉を信じる。ただしその言葉に偽りがあると分かった時は――覚悟しておけ」
「ああ、どうぞご自由に」
心の中で大きく安堵しながら、ガブリは城を後にした。
「危ねえ危ねえ。やっぱりあのバイト馬鹿は苦手だぜ……」
後から出てきた冷や汗を拭いながら、ガブリは独り言を呟く。
「だが、これで心置きなく作戦に取り掛かれるってもんだ。ンッフッフッフッフッフ……!!」
サーシャとの闘いでMPを大幅に消耗したガブリだったが、ラファエの魂を吸収したことでガブリのHPとMPは完全に回復していた。もはやガブリの謀略を阻む要素は何もない。
まずは作戦の第一段階を進めるべく、ガブリは地上へ向かった。