第153話 繋がる希望
「殺して……ください……。何もかも失った僕にはもう……生きる意味がない……」
微かな声でラファエは懇願した。今なら【覇導弾】一発だけでもHPは尽きることだろう。しかし僕は何もせず、ただ無言でラファエを見下ろす。トドメを刺そうとしない僕を見て、ラファエは強く唇を噛みしめた。
「なんで……どうして殺さないんですか……!!」
「最初に言ったはずだ。余には貴様を殺す理由がない、とな」
どれだけ凄惨な攻撃をされようが、どれだけ敵意を剥き出しにされようが、それは最後まで変わらない。
「生きる意味がない、と言ったな。本当にそう思っていたのなら、何故【神罰の巨掌】を喰らう直前に【弱者世界】を解除した? そうしていなければ貴様は確実に死ぬことができたはずだ」
「……それは……」
ラファエは沈黙する。どうしてそんなことをしたのか、自分でも理解できないように。
「それに、貴様は何もかも失ってなどいない。まだ大切なものが残ってるだろう」
「……え……?」
「貴様のことを仲間と呼んでくれた者達がいるではないか。その繋がりは確かに貴様の中に根付いているはずだ」
どこか遠くを見つめるように、ラファエは目を細くする。きっとラファエの脳裏にはアスタ達の顔が浮かんでいるのだろう。
「仲間……。だけど僕には、仲間と呼ばれる資格なんて……」
「仲間に資格など必要ない。それともアスタに仲間と呼ばれた時に貴様が見せた涙は偽物だったのか?」
「偽物ではありません!!」
瀕死の状態とは思えないほどの強い口調で、ラファエは否定した。
「なら、もっと自分の気持ちに素直になったらどうだ?」
「自分の……気持ちに……?」
「そうだ。奴らと過ごす日々の楽しさは余が保証しよう」
僕は自信を持って言った。他ならぬ僕がそうだったからだ。
「セレナは性格上本音が読めない時もあるが、根はとても優しい。アスタは一見ただのお調子者だが、誰よりも仲間のことを大切に想っている。スーは変わった言動で皆を驚かせるが、それは皆のことが大好きな証拠だ。全員個性的で、一緒にいて退屈しない者達ばかりだ」
「…………」
短い沈黙が流れた後、僕は言葉を続ける。
「ま、貴様の進む道を強制するつもりはない。人間の仲間として生きるか、今後も七星天使として生きるか、それを決めるのは貴様自身だ。だが――」
僕は【変身】を発動し、人間の姿になる。
「早く帰ってこいよ。皆、凄く心配してたぞ」
「……っ」
ラファエの目に、じんわりと涙が浮かんだ。
僕の役目はここまでだ。後はラファエの意志に委ねるしかない。僕はラファエに背を向け、静かにその場から立ち去った。
☆
どれくらい時間が経過しただろうか。【弱者世界】が解除されたことで天候が戻り、冷たい雨が降り出していた。
ユートとの激闘を終え、一人残されたラファエは、地面に仰向けになったまま、ユートの言葉を思い返していた。人間の仲間として生きるか、七星天使として生きるか。
「僕……は……」
ラファエ自身はどうしたいのか――それは最初から決まっていた。だがラファエにはそちらを選択する勇気がなかった。だからセアルへの罪滅ぼしという理由に縋り、ユートと闘う道を選んだ。
しかしその闘いを経て、それが何の意味もないことに気付かされた。だからもう迷わない。一つの決意を固めたラファエは、ゆっくりと上体を起こした。
「よう、ラファエ」
その矢先、ラファエの背後で聞き慣れた男の声がした。振り返ると、そこにはガブリが神妙な面持ちで立っていた。
「ガブリ……さん……」
続く言葉が思い浮かばず、ラファエは戸惑いを見せる。今の自分がガブリとどう接したらいいのか、ラファエには分からなかった。
「派手にやられちまったな。大丈夫か?」
「え……? は、はい……」
ラファエは目を丸くする。まさかガブリが自分の身を案じてくれる日が来るなど思っていなかったからだ。
「やっぱ覇王に闘いを挑んだのは無謀だったみてーだな。つってもお前を焚きつけた俺にも責任はあるか。悪かったなラファエ」
「い、いえ……」
普段からは考えられないその発言に、ラファエは目の前の男が本当にガブリなのかと疑いたくなるほどだった。しかしこの気配は紛れもなくガブリ本人のものだ。
だがどれだけ優しい言葉をかけられようと、ラファエの決意が揺らぐことはない。ラファエは勇気を奮い立たせ、その決意をガブリに伝えることに決めた。
「ガブリさん、僕は――」
「みなまで言うな、分かってる。人間の仲間になりてーんだろ?」
「……え?」
まさか言い当てられるとは思わず、ラファエは呆気にとられてしまう。
「あの人間達と一緒にいた時のお前、楽しそうだったもんな。仲間になりたいのならなりゃーいい」
「……止めないんですか……?」
「そりゃ、これ以上七星天使が減るのは避けてーし、できることなら止めたいけどよ。だがまあ、誰にもお前の生き方をとやかく言う資格はねーだろ。キエルやミカも同じことを言うはずだ」
「ガブリさん……」
あまりの物分かりの良さに違和感はあったが、間違いなく理解してくれないと思っていたガブリに理解されたことは、ラファエによってこの上ない安堵感があった。
「どうだ、立てそうか?」
「はい、なんとか……」
ラファエは自力で立ち上がる。満身創痍ではあるものの、HPはまだ100ちょっとあるので、普通に歩くだけなら支障はない。
「こっちに来いよ。【月光の恩恵】で回復させてやる。俺からの餞別と思ってくれりゃーいい」
「……ありがとう、ございます」
ラファエは何の不信感も懐かず、フラつきながらガブリのもとまで歩み寄る。
次の瞬間――ガブリの表情が狂笑に歪んだ。
「呪文【犠牲昇華】」
ドシャッ。
「……え?」
最初の数秒間、ラファエは自分が何をされたのか分からなかった。ただ、胸のあたりから激痛が走り、そこから流れ出る生温い液体の感覚だけは伝わってくる。
ラファエは恐る恐る視線を下に向け、そして瞠目した。ガブリの右腕が、ラファエの心臓部を貫いていたのだった。
「ガブリ……さん……? どう……して……」
「どうしてだぁ? 俺はこの時をずっと待ってたんだよ」
【犠牲昇華】――対象者の能力を、その魂ごと吸収する呪文。その発動条件は、対象者の〝死〟である。
ガブリは以前から、この呪文でラファエの強大な力を奪うことを目論んでいた。だが自分の力ではラファエを殺せないことはガブリも分かっていた。
そこでガブリはラファエを焚きつけて覇王を闘わせ、その役目を覇王に負わせた。残りHP僅かのラファエにトドメを刺すくらいなら、ガブリでも至極容易い。
「結局テメーは、最期まで疑うってことを覚えなかったなぁ。ま、俺にとっちゃ好都合だったんだけどよ」
ガブリが右腕を引き抜くと同時に、ラファエは地面に倒れる。その時はもう、ラファエの息は絶えていた。
「安心しな、テメーの犠牲は無駄にしねえ。あの世でセアルとゆっくり語り合ってな」
ラファエの肉体が塵に変わっていく。それらは全て、ガブリの体内へと吸収されていく。
「ンッフッフッフ。さすがはラファエ、良い出汁とれんじゃねーかよ……!!」
力の吸収を終え、ガブリはじゅるりと舌なめずりをする。その目に宿っているのは、覇王を殺すことへの執念のみ。
「さあ、決着をつけようぜユート様ァ。ンッフッフッフッフッフ……ハハハハハハハハハハハ!!」
狂気の笑い声が、夜の闇にどこまでも反響したのであった。
☆
絶命の間際。ラファエの脳裏には、これまでの様々な記憶が走馬灯として蘇っていた。やがて最後に浮かんだのは、アスタ、セレナ、スー、リナ、そしてユートの笑顔だった。
自分のことを仲間だと呼んでくれた。いつまでもここに居ていいと言ってくれた。あの時ほど、心が喜びに満たされたことはなかった。
(できる…………ことなら…………)
ラファエはゆっくりと、その光景に向かって手を伸ばす。だがその記憶さえも、塵となって虚しく消えていく。
(皆さんの…………仲間として…………もっと…………)
誰の手も届かない遙か彼方へと、ラファエは旅立っていく。もう二度と叶うことのない願いを、その胸に懐きながら……。
近日重大発表があります。
ヒント:○○化決定!