第151話 終焉の裁断
沢山の励ましのコメント、本当にありがとうございます。活動報告も更新しましたので、よければそちらも御覧ください。
「いくぞ覇王!! 呪文【火炎流星群】!!」
空から雷鳴のような轟音が響き、炎に包まれた巨大な岩石が空襲のように降り注ぐ。僕のHPは僅か136、一発でも命中すれば確実に終わりだ。
「呪文【絶対障壁】!!」
僕はMPを500消費し、頭上に障壁を張って身を守る。これによりダメージは免れたが、それらの岩石は周囲の地面に直撃し、大地そのものを破壊しかねない衝撃を炸裂させた。これで残りMPは800――
「まだだ!! 最終形態の僕の力はこんなものではない!!」
「……何!?」
いつの間にか僕を中心に大型の紋章陣が地面に展開されている。そうか、さっきの【火炎流星群】はこの呪文を発動する為の布石……!!
「呪文【終焉の裁断】!! 貴方の全ステータスを十分の一にする!!」
紋章陣から放出した光が僕を包み込み、全身が焼けただれるような激痛が襲う。
「ぐっ……おおおおおっ……!!」
覇王 Lv999
HP13/200
MP80/200
ATK10
DFE10
AGI10
HIT10
僕は堪らず膝をついてしまった。もはや誰がどう見てもまともに闘えるステータスではない。蟻と恐竜が闘っているようなものだ。
「覇王、間もなく崩御の時だ!!」
ラファエは高らかに宣言する。だがこの絶望的な状況においても、僕の心は折れていなかった。
☆
「うっ……」
意識を取り戻したサーシャは、ゆっくりと瞼を上げる。そこには見覚えのある天井が広がっており、背中にはベッドの柔らかい感触があった。
「サーシャさん、目が覚めたんですね! よかったです……」
すぐ傍にはリナの安堵の顔がある。そこでサーシャは、今自分は別荘の一室にいるのだと理解した。
「私は……」
おぼろげな意識の中、サーシャは自分の記憶を辿る。そしてガブリと闘いで追い詰められ、その窮地をセレナ達に救われたことを思い出した。きっとスーがこの別荘まで運んでくれたのだろう。
するとサーシャは全身の傷がキレイに治っていることに気付き、目を丸くした。ついさっきまで瀕死の状態だったというのに、HPも完全に回復している。これほど早く治せるのは呪文以外に有り得ない。
「……もしかして、リナが治してくれたのか?」
サーシャの問いかけに、リナは小さく頷いた。
「お兄様がお出かけになる前、私に【能力付与】で【超回復】の呪文を預けてくださったんです。それを使ってサーシャさんの身体を治させていただきました」
「……そうだったのか。ありがとうリナ」
「いえ、そんな。お礼ならお兄様に言ってください」
「……ああ。しかし、ユートがそんなことを……」
ユートがリナに【超回復】を預けたのは、自分がラファエと闘っている最中に天使達が隙を見てこの別荘を強襲してくる可能性を考慮し、そうなった時の為に回復呪文だけでも渡しておこうと考えたからである。実際に天使達の強襲はなかったが、それが功を奏す形となった。
「……スーはどこにいる?」
「サーシャさんを私に預けた後、セレナさん達の援助に行くと言って、またすぐどこかに行かれました。なにやら遠くの町が大変なことになっているとかで……」
「……そうか。皆には後で礼を言わなければ……」
そう言って、サーシャは唇を噛みしめる。町の惨劇はガブリの攻撃が原因とはいえ、サーシャとの闘いの中で起こったことに変わりはない。サーシャはそのことに強く責任を感じていた。ガブリの腐った性根を正しく見極めていたならば、無用な犠牲を出さずに済んだかもしれない――
「だけどスーさん、珍しく怒ってましたよ。どうして私達に何も言ってくれなかったのかって。帰ったら説教するとも言ってました」
「ふふっ。それは怖いな」
サーシャは苦笑した。誰にも言わなかった理由はもちろん、皆をガブリとの闘いに巻き込みたくなかったからだ。それを責められるのはサーシャも覚悟の上だった。
「ところでサーシャさん、お兄様が今どこにいるのか知りませんか? 私てっきり、サーシャさんと一緒にいると思ってたんですけど……」
「……そうか。ユートの奴、リナにも内緒で出て行ったのか。とんだ大馬鹿者だな」
「…………」
「こらリナ、そこは『お前が言うな』とツッコむところだろう」
「え? あ、はい、すみません……」
リナは生返事を返すと、不安げな表情で俯いた。そんなツッコミを入れる余裕もないほど、ユートのことを心配しているのだろう。
「大丈夫、ユートは必ず戻ってくる。というか、あいつが誰かに心配されるような器じゃないことはリナもよく分かっているはずだ。お前はただ信じて待てばそれでいい」
「……はい」
リナは力無く頷いた。ユートが今ラファエと闘っていることをサーシャは知っている。だがそれを言えば、リナはより一層ユートのことを心配してしまうだろう。皆に心配をかけたくなかったからこそユートは誰にも言わずにラファエとの闘いに臨んだのだろうし、ならばそのことは自分の口から言うべきではないと、サーシャは判断した。
(間もなく決着がつく……)
窓の外に目をやりながら、サーシャは心の中で呟いた。ユートとラファエの闘いの結果を【未来予知】で視たわけではない。よってそれはサーシャの単なる直感だった。だがその直感は図らずも的中していたのであった。
☆
戦闘不可能なレベルまでステータスを削られながらも、僕はなんとか立ち上がり、ラファエの方を見据えた。
「まだ闘う気力が残っているのか。往生際が悪い……」
未だに諦める気配を見せない僕を、ラファエは苛立ちの表情で眺めている。一方で僕の心は、比較的穏やかなものだった。
「……見事だラファエ。貴様の力には余も感服した」
それは建前などではなく、僕の本心からの称賛だった。本気を出せば自分にも匹敵する力があるとセアルは言っていたが、それは間違いではなかった。いや、既にセアルを超えていると言っていいだろう。
「もう【時間記録】や【未来贈与】といった仕込みはない。まさか余がここまで追い詰められるとはな……」
「ではどうする? 泣いて命乞いでもしますか?」
「命乞いだと? どうやら思い違いをしているようだな。仕込みはなくなったが、打つ手がなくなったとは言っていない。ま、流石の余もこの状況を覆す方法は〝二つ〟ほどしか思い浮かばないがな……」
僕がそう言うと、ラファエの表情は一段と苛立ったものに変わった。
「今更そんなハッタリが通じると思うな!! ステータスの差は歴然!! その上今の僕には第三等星以上の呪文は通用しない!! いや、そもそもまともな呪文を唱えるだけのMPすらない!! この状況を覆す方法などありはしない!!」
「……そう思いたい気持ちは分からなくもないがな」
実際に方法は二つある。一つ目は僕の〝特性〟を発動させることだ。
特性を備えているのはラファエに限った話ではない。僕にも覇王に転生してからまだ一度も使ったことがない〝ある特性〟がある。だがこの特性には発動条件があり、更には三回しか使えないという回数制限がある。今その発動条件を満たすのは容易だが、ここで三回の内の一回を消費するのはやや惜しい。
となると二つ目の方法でいくしかない。だが、この方法は――
次の152話「繋がる希望」で第7章は完結です。引き続き第8章もよろしくお願いします。