第15話 動き出した敵
覇王ユートが村人達を山賊の脅威から救った、同日の夜。人間領のとある一室にて、各国の大臣達が集まり緊急会議を開いていた。議題は覇王の対策である。
「覇王、一刻も早くこいつをどうにかせねば我々人間に未来はない」
「しかし先日五万の軍隊を送り込んで全滅させられたばかりではないか。これ以上大きな犠牲を出せば民衆も黙ってはいないだろう」
「民衆などどうにでもなる。覇王を打ち倒すことさえできれば犠牲などいくら出しても構わん」
「おや、今のはいささか問題発言のような気がしますな」
「本日入手した情報によると、覇王は村人を洗脳して『覇王はこの世界の救世主』など叫ばせているそうだ」
「なんと卑劣な。人間を大量虐殺するだけでは飽き足りないということか……!」
「明らかにこれは『人間滅亡の序曲は始まっている』という我々に向けたメッセージに他ならない」
「やはり早急に覇王を抹殺せねば……」
「だが一瞬で五万の軍隊を消し去る力を備えた覇王を倒す方法などあるのか?」
「うむ……」
室内が重い空気に包まれる中、一人の大臣が人差し指でクイッと眼鏡を上げた。
「ご安心ください。既に覇王を打ち倒す算段はついております」
「なに……!?」
「それは本当か!?」
その場にいる全員が一斉にその大臣の方に注目する。
「実は本日スペシャルゲストをお招きしております。悪魔を滅殺するのは天使の役目と昔から相場が決まっていますからね……」
「天使……だと!?」
「まさか……!!」
その大臣は再び眼鏡をクイッと上げ、ドアの方に目を向けた。
「お待たせしました。どうぞお入りください」
ドアがゆっくりと開かれる。そこに立っていたのは、背中から白い翼を生やし、頭の上に光の輪を浮かべる一人の男だった。
「あ、貴方は七星天使の一人、ウリエル様!!」
「何故七星天使がこんな所に……!?」
「ずっとドアの前で待機してたのか……!?」
思わず大臣達は席から立ち上がる。するとウリエルは見下すような笑みを浮かべた。
「いかにも。私が七星天使の一人、ウリエルだ。それで? この私と相対してお前達のやることは、そうして間抜け面を浮かべることだけか?」
「はっ……!」
大臣達は慌ててその場で膝をつく。それを見てウリエルは満足そうな顔をした。
「それでいい。人間は人間らしく、ちゃんと身の程は弁えているようだな」
ウリエルは適当に空いている席を見つけ、堂々と腰を下ろした。
「い、今我々は、覇王を打ち倒す策を講じていたところなのですが……」
「話は聞いている。要は覇王を殺せばいいのだろう? 覇王はお前達人間如きでは手に余る相手であろう。もっとも私の前では覇王など赤子同然だかな」
「で、ですが、覇王には五万の軍勢を一瞬で消し去るほどの力があり、侮っていい相手では……」
するとウリエルは大臣の一人をギロリと睨みつけた。
「貴様、七星天使の一人である私の力を疑っているのではあるまいな?」
「い、いえ!! 決してそのようなことは……!!」
「……よかろう。では特別に私のステータスをお前達に見せてやる。人間如きがお目にかかれることを光栄に思うがいい。ステータス開示!」
ウリエルの頭上にステータス画面が表示された。
ウリエル Lv999
HP67908/67908
MP30976/30976
ATK653
DFE854
AGL523
HIT612
「おおっ……!!」
「HPとMPが五桁、その他も全て三桁とは……!!」
「流石は七星天使の一人……!!」
大臣達が感嘆の声を上げる。大臣達はもちろん、ウリエルも覇王のステータスなど知る由もなかった。
「さて、先程そこの人間が『侮っていい相手では……』などとほざいておったな。その続きを聞かせてもらおうか」
「も、申し訳ありませんでした!! 撤回いたします!!」
「確かに、このお方なら覇王を打ち倒せるかもしれない……!!」
「……かもしれない、だと?」
ウリエルは再び大臣の一人を睨みつける。
「も、申し訳ございません!! 打ち倒せるに違いない、に訂正いたします!!」
「……ふん、まあいい。それより報酬はちゃんと用意してあるのだろうな?」
「はい。ウリエル様が覇王を打ち倒した暁には、金貨1000枚を献上させていただきます」
この『ラルアトス』における通貨は金貨・銀貨・銅貨の三種類が存在し、金貨は銀貨100枚分、銀貨は銅貨100枚分に相当する。銅貨一枚は日本円でいうと約10円の価値である。
「金貨1000枚? もしやそんな端金でこの私が満足すると思っているのではあるまいな?」
「! も、もちろんですとも。その他にもウリエル様がお求めになられるものは全て差し上げる所存でございます」
ウリエルは口の端を吊り上げる。
「よかろう。貴様達の依頼、このウリエルが引き受ける。覇王を抹殺するのは明後日ということにしよう。明日は久々の地上を観光でもしようと考えているからな」
「そ、そんな悠長な……」
「ん? 人間の分際で私に何か文句でもあるのか?」
「い、いえ!! 何も問題ありません!!」
ウリエルは席から立ち上がり、大臣達に背を向ける。
「明後日が覇王の命日だ。報酬と引き替えに覇王の首を持ち帰ってやろう。貴様達は覇王への鎮魂歌でも歌いながら待っているがいい。フフフフフ……ハハハハハ!!」
☆
覇王 Lv999
HP9999999999/9999999999
MP9999999999/9999999999
ATK99999
DFE99999
AGL99999
HIT99999
翌日。いつものように大広間の玉座に腰を下ろす僕は、改めて自分のステータス画面を確認していた。
昨日は呪文を使いまくったからMPがどうなってるか少し不安だったけど、今見たらちゃんとMAXまで回復してた。まあたとえそうなっていなかったとしても、このMP量では些細な問題だけど。
それと一晩経って頭が冷えたせいか、僕の中には昨日の件で少しばかり罪悪感が湧いていた。それは村に大きな地震を起こしたことである。あの時はちゃんと感情的になってしまってやりすぎちゃったな。もしかしたら村周辺の関係ない人達まで地震の被害を受けたかもしれないし、反省しよう。
だが僕の『覇王の認識を良いものに変えよう計画』が終わりを迎えたわけではない。当然これからもその活動は続けていくつもりだ。
しかし昨日の村人達の反応を見る限りでは、覇王の認知度は100%というわけではなさそうだったし『覇王という名前だけなら聞いたことがある』といった人達が大半のようだった。となると僕の存在を世界中の人々にアピールすることも必要不可欠だろう。
とはいえ今日の僕は絶賛反省中なので、昨日のように悪人を犠牲にして人々を守ることは考えない方向でいきたい。しかし誰も傷つけず、かつ僕の存在を大勢の人々にアピールする方法といったら――
「!」
僕はポンと手を打った。そうだ、クエストだ!
こんなステータス画面が表示されるくらいだし、RPGに出てくるようなクエスト、もしくはそれに準ずるものがこの世界にあってもおかしくない。そして誰も成し遂げたことのない高難易度のクエストをクリアすれば僕の存在は一気に広まる。完璧だ!