第138話 罪滅ぼし
「どうだユート、ラファエは見つかったか?」
「……いや、こっちにもいなかった」
僕は廊下でアスタと合流し、互いに状況を報告しあった。
ラファエが部屋を出てからなかなか戻ってこないので、僕達は人生ゲームを途中で終わらせて建物の中を捜索することにした。
あのまま最後まで人生ゲームを続けていたら僕の最下位は確実だっただろうし、終わってくれたのはホッとしたが、一時間ほど探しても一向にラファエは見つからなかった。
この別荘はわりと広いので迷子になってるかもしれないと最初は軽く考えていたが、五人でこれだけ探して見つからないとなると、建物の中にはいないと思っていいだろう。それ以前にラファエの気配を近くに感じない。
「外も探しに行きてーが、この雨じゃなあ……」
窓の外を見て嘆息するアスタ。今夜には雨も止むと聞いていたのに、今は朝方よりも一層激しく降っていた。
「もしかしたら家族が恋しくなって家に帰っちまったのかもなあ。まあ本人の意志が一番大事だし、それならもう仕方ねーけどよ。良い仲間ができたと思ったんだけどなあ」
アスタが残念そうに呟く中、僕は考える。
ラファエはあくまで七星天使の一人。やはり人間の仲間にはなれないと思い至り、『天空の聖域』に帰ったという可能性もある。
だけどあの礼儀正しいラファエが、僕達に感謝の言葉も言わないまま黙って去ったりするだろうか。そうでなくても、せめて書き置きくらいは残しそうなものなのに。なんにせよ、あまり良い予感はしないな……。
「!」
その時僕は一つの気配を察知した。間違いない、これはラファエの気配だ。建物内ではないが、そう遠くない所にあいつはいる。
しかしあくまで気配を感知しただけで、正確な場所を特定できたわけではない。この雨の中を探し回るのは億劫だし、ここは呪文の力を頼った方がいいだろう。
「どうかしたかユート?」
「あ、いや……。二階の方をもう少し探してみるよ」
僕はアスタと別れ、ラファエを探しに行くと見せかけて自分の部屋に戻り、【千里眼】を発動して別荘の周辺を捜索してみる。
それほど時間をかけることなく、ラファエはわりと簡単に見つかった。場所は砂浜。こんな雨の中、何故か海の方を見つめてじっと佇んでいる。一体何をしてるんだ……?
ともかく見つかった以上は放っておくわけにもいかないだろう。僕は【瞬間移動】を発動してラファエから少し離れた場所に転移すると同時に、一度解けた【変身】を再度発動させ、人間の姿に戻った。
僕の視界に、どこか物憂げなラファエの横顔が映る。僕は静かにラファエの所まで歩き出した。
「……ユートさんなら、来てくれると思ってました」
僕の存在に気付いたのか、ラファエがこちらに顔を向けた。その目は今までのラファエとは、どことなく違って見える。僕はラファエから五メートルほど離れたあたりで足を止めた。
「こんな所で何やってんだ? 風邪引いても知らないぞ」
仮にもラファエは七星天使の一人だし、少し雨に打たれたくらいで風邪を引くとは思えないが、思わず僕の口からはそんな言葉が出た。
「皆心配してるから早く戻ってやれ。それともまたスーに女装させられるのが怖くて戻りたくなくなったか?」
軽口を叩いてみたりもしたが、ラファエの表情は変わらない。やがてラファエは静かに口を開いた。
「ユートさん。一つ、僕の質問に答えてもらえませんか?」
「……なんだ?」
短い沈黙が流れた後、ラファエは重々しい声で言った。
「ユートさんの正体は……覇王なんですか?」
「!!」
思いがけないラファエの問いかけに、僕は得も言われぬ衝撃に襲われた。
何故ラファエがそのことを……!? 少なくともラファエと再会してから僕に覇王を思わせるような言動は何一つなかったはずだ。部屋を出てから今までの間に一体何が……!?
「質問に答えてください。ユートさんの正体は、覇王なんですか?」
押し黙る僕に、ラファエは再び尋ねる。どうか違うと言ってほしい、ラファエからはそんな心の声が聞こえてくる。
ラファエは純粋な心の持ち主だ。ここで僕がキッパリと否定すれば、もしかしたらラファエは信じてくれるかもしれない。だがそれでも、一度芽吹いた疑惑の念が消えることはないだろう。
どれだけ取り繕っても、僕は悪魔、ラファエは天使。それに変わりはない。いずれこうなる運命だったのだろう。ならば潔くその運命を受け入れるとしよう。僕は覚悟を決め、ラファエを真っ直ぐに見据えた。
「そうだ。僕が覇王だ」
その瞬間、ラファエの目が大きく見開かれた。その奥に映る僕の虚像が、音を立てて瓦解していくのが伝わってくる。もはや変身を解くまでもなかった。
「僕を……ずっと騙していたんですか……!?」
「……ああ」
「僕だけじゃない……アスタさん達のことも……!!」
「……ああ」
肯定するしかなかった。僕が皆に覇王であることを隠し、人間として振る舞ってきたのは紛れもない事実なのだから。
「でも、信じてほしい。僕にはお前や皆を陥れるつもりはない。僕は本当に人々の魂を取り戻したいと――」
「信じられるわけないじゃないですか!!」
本人の口から出たとは思えないほどの大声が、僕の言葉を遮った。
「多くの人間を殺し、ウリエルさんを殺し、セアルさんを殺し、その上皆さんを騙していた貴方の言葉なんて、信じられるわけがない……!!」
怒りと悲しみを秘めた目で、ラファエが僕を睨みつける。その頬に流れる水の粒が雨によるものでないことは、すぐに分かった。
「どうして……どうしてよりにもよって貴方が……!!」
「…………」
僕は何も言い返せなかった。
それからどれくらい経っただろうか。長い長い沈黙の後、ラファエは拳を握りしめ、驚きの一言を放った。
「ユートさん……いや、覇王。僕と戦ってください」
ラファエの決闘の申し込みに、僕は動揺を隠せなかった。それからラファエは西の方に視線を向ける。
「この先に荒野があります。今日の深夜、そこで待っています。もちろん一人で来てください」
ラファエの目は本気だ。本気で僕と戦うつもりでいる。これは決して避けられない戦いだと、僕の本能も告げていた。
「……それは、仲間の復讐の為か?」
僕の問いに、ラファエは小さくかぶりを振った。
「違います。これは……」
ラファエは俯き、哀しげな背中を僕に向ける。
「……セアルさんへの、罪滅ぼしです」
そう言い残し、ラファエは静かに僕の前から去っていった。
「罪滅ぼし……か」
無意識に口から言葉が洩れる。僕はその場で立ち尽くし、長い間、冷たい雨に打たれ続けた。