第137話 苦悩の末に
「ようラファエ。急にこんな所まで呼び出して悪かったなぁ」
山の頂上に到着したラファエ。そこには大きな岩の上に胡座をかいているガブリの姿があった。ラファエは背中の羽を閉じ、その岩の下に降り立つ。
「……どうしてガブリさんが人間領に?」
「あぁん? そりゃ人間を生け捕りにする為さ。幻獣を復活させるにはあと500の魂が必要だからなぁ」
それを聞いて、ラファエの身体が震え始める。
「やっぱりそれが目的だったんですね……!? 何度も言いますけど、僕はそんなことをするつもりは……!!」
「まあ最後まで聞けって。確かに当初はそれが目的だったが、今はちげーんだ」
「……え?」
「もう人間の生け捕りはやめたって意味さ」
ガブリは岩の上から降り、ラファエと同じ地面に立つ。
「色々と考えてみたが、やっぱ誇り高き七星天使であるオレ達が人間の魂狩りだの生け捕りだの、野蛮な所業に手を染めるのは間違ってるよなぁ。だからオレも反省して、そんなことは二度としねえって心に誓ったのさ」
「…………」
それがガブリの本心かどうかはともかく、それらの所業が間違っているという点ではラファエも同じ考えだった。
「それでは、ガブリさんが僕をここに呼んだのは……?」
「なぁに、一つオメーに耳寄りな情報をプレゼントしたくてな。お前が一緒にいた人間の中にユートって男がいただろ?」
「……はい。どうしてガブリさんがユートさんの名前を……?」
ガブリは不敵に笑い、そして口を開いた。
「聞いて驚くな。なんとあの男の正体は――覇王だ」
「……え?」
ラファエは頭の中が真っ白になり、言葉の意味を理解するのに数秒を要した。
「……は、はは。何を言ってるんですかガブリさん。あのユートさんが、覇王なわけないじゃないですか……」
乾いた笑みを浮かべるラファエ。だがその声は確実に震えていた。
「信じられねーのも無理はねえ。なんせあの野郎は完璧に人間になりきってやがるからなぁ。だがオレは見たのさ、あの男が覇王に姿を変える瞬間を」
正確にはガブリの分身だが、分身と本体の意識は繋がっていた。以前ガブリの分身は魂狩りの最中に人間態のユートと遭遇し、敗北している。その際ガブリの分身はその瞬間を確かに目撃していた。
「じょ、冗談はやめてください。そんな、そんなことあるわけ……」
「俺が嘘をついてるってか? 仮にそうだったとして、俺にそんな嘘をつくメリットがあると思うか?」
「それは……」
「いいかラファエ、あの男の言動を一つ一つ思い出してみろ。あいつが覇王だとしたら、妙にしっくり部分がいくつかあるはずだ」
「…………」
ラファエは自らの記憶を辿る。
ユートは人々の魂を取り戻す為にセアルの誘いに乗り、『七星の光城』に来たと話していた。そしてユートが去った直後、入れ替わるようにして覇王とその配下四人が『七星の光城』を襲撃してきた。そしてラファエが覇王と対峙した時、覇王は「人間共の魂を取り戻しに来た」と言った――
示し合わせたかのような覇王の強襲、そして両者の目的の完全な一致。これらの妙な違和感は「ユート=覇王」だとすれば綺麗に消え去る。確かにこの二人が同一人物なら、辻褄の合うことがあまりにも多い。
「どうやら思い当たる節があるようだなぁ」
ラファエの表情からそれを汲み取ったのか、ガブリはにんまりと笑った。
「これで分かったろ? 覇王はお前や人間共を騙し、何食わぬ顔でそいつらの輪の中に溶け込んでやがんのさ。はてさて、そうまでして覇王は一体何を企んでるのかねえ」
さも面白げにガブリは言う。しかしそれでもまだ、ラファエはユートの正体が覇王だと完全に信じることはできなかった。
「その顔はまだ半信半疑ってところか。ま、本人に直接聞いてみるのが一番手っ取り早いんじゃねーか?」
そう言いながら、ガブリはラファエのすぐ近くまで歩み寄り、優しく肩に手を乗せた。
「そして覇王という確証が得られた時は……分かってるよなぁ? 俺達は何としてでもセアル達の敵を討たなくちゃなられねぇ……」
「……僕が……覇王と……!?」
ガブリの口角が大きく歪む。
「そう、オメーなら覇王を倒せる。普段は頼りないことこの上ねーが、オメーが本気を出せば、その力は他の七星天使を遙かに凌駕する。当然、亡きセアルも含めてな」
「…………」
ラファエは否定しなかった。
「仲間の復讐の為だけじゃねぇ。このまま覇王を野放しにしておけば、あいつはいずれこの世界を滅ぼすだろう。その時が来る前に覇王を打ち倒すことは俺ら七星天使の使命であり、亡きセアルの悲願でもある。そうだろ?」
「……でも、覇王は人々の魂を取り戻そうとしていました。そんな人が世界を滅ぼしたりするでしょうか……?」
「はぁ? まさか本気でそんなこと信じてんのか? あの覇王が人間を救うような真似をするわけねーだろ」
「だ、だけど、覇王は確かにそう言って――」
「んなもんオメーを惑わす為の嘘に決まってんだろーが。それくらいガキでも分かりそうなもんだがなぁ」
覇王には五万の人間を一瞬で焼き払った前科がある。そんな覇王が人々の魂を取り戻そうとしているなど、戯れ言と思うのが普通だ。百人に聞けば百人とも同じように答えることだろう。
「仮にそれが本当だったとしても、あいつがセアルを殺したっつー事実に変わりはねえ。そんな奴をオメーは許せるのか?」
「それはっ……」
ラファエの拳が震える。
確かにセアルのやったことは間違っていたのかもしれない。それでもセアルは、心が決して強くないラファエのことを常に気遣ってくれていた。
これまでラファエが七星天使としてやってこられたのは、セアルの存在があったからと言っても過言ではない。そんなセアルの死がラファエに多大な悲しみを与えたことは言うまでもなかった。
「ラファエ、よく考えろ。今お前がやるべきことは何なのか」
「……僕は……」
ラファエは俯き、しばらく沈黙する。やがてラファエは一つの決意を胸に秘め、答えを出した。