第135話 人生ゲーム
ガブリは呪文【超視力】を発動し、視力を格段に上げてその地点から別荘の中の様子を窺う。この呪文を用いれば5km先にいる蟻を視認することさえ可能である。ガブリがわざわざこの呪文を使ったのは、別荘に接近することでこちらの気配が察知されることを警戒したからである。
ガブリは窓から別荘の中を覗き見る。そこには人間達と仲睦まじげに食事をするラファエの姿があった。
「やっぱりいやがった。おおかた居場所がなくなって、やむを得ず人間共の住処に転がり込んだってところか」
その原因が自分にあるにもかかわらず、ガブリは全く悪びれる様子もなくそう言った。
続いてガブリはラファエと一緒にいる人間達に目を移していく。そしてある男に目が止まったところで、ガブリは驚愕の表情を浮かべた。
その男はユート。ガブリはその正体が何者なのかを知っている。
「あいつは人間に化けた覇王!! 何故あんな所に……!?」
ガブリの中で様々な思考が錯綜する。いくら自分の命令が聞けないからと言って、ラファエが覇王の軍門に下るとは思えない。そもそもラファエも一緒にいる人間共も、あの男が覇王だと気付いていないように見える。でなければ、あのように覇王と同じテーブルで和気藹々と食事などできるはずがない。
おそらく覇王は、自分の正体を隠してあの場にいる。ガブリはそう結論づけた。
「ンッフッフッフッフ……」
やがて何か策略を思いついたのか、ガブリはにんまりと破顔した。こと悪巧みにおいては、ガブリの頭の回転は常人の何倍も速くなる。
「一体どういう成り行きでああなったのかは知らねえが……こいつは利用できそうだなぁ……!!」
☆
朝食を終え、僕達は再びラファエの部屋に集まった。本当はこれから皆で海へレッツゴーの予定だったのだけど、生憎外は雨が降り出してきたので、本日は仕方なく別荘の中で過ごすことになった。昨日の夕方の時点で雲行きは怪しかったので心配していたが、どうやら嫌な予感が的中してしまったらしい。
「昨日はあんなに晴れてたのに、残念ですね……」
リナが窓の外を見て悲しげに呟く。リナにとっては初めての海だったので、もっと遊びたかったという思いは人一倍強いだろう。
「まったくだぜ、せっかく海まで来たってのによ。天気の神様も空気読んでくれよなー」
「ラファエにはこれを着てもらおうと思ってたのに、無念」
スーが手に持っているのは、水玉模様のパンツタイプのビキニ。言うまでもなく女の子用の水着である。
「……天気の神様、感謝します」
心から安堵したようにラファエは言った。
「でもサーシャが言うには、今日の夜には雨も止んで明日はまた晴れるみたいよ?」
「本当かセレナ!? いやーよかった、最終日も雨だったら笑えないところだったぜ!」
「やった。これでラファエにこの水着を着てもらえる」
「……天気の神様、僕を見捨てないでください」
当たり前だがこの世界に天気予報というものは存在しない。きっとサーシャは【未来予知】で明日の天候が視えたのだろう。確率という点で言えば天気予報よりも遙かに優れてるし、これで能動的に発動できたら文句ないんだけどな。
ちなみにそのサーシャは今、海で遊べずエネルギーを持て余した子供達の相手に明け暮れているのでこの場にはいない。僕達も協力を申し出てみたが、せっかく別荘まで来たのだから僕達は僕達で楽しんでほしい、とのこと。保護者の鑑のような六歳児である。
「しっかし外に出られないとなると、やることなくて暇だなー」
「そんなことはない。室内なら室内なりの楽しみ方がある」
そう言ってスーが床に広げたのは、いくつものマスが描かれた板、ルーレット、何枚ものオモチャの硬貨、その他諸々。どうやらこの世界における〝人生ゲーム〟のようだ。
「よくそんなもの持ってきてたわね……」
「こんなこともあろうかと。今から皆でやろ」
「ま、暇潰しには最適だな」
「あの、これって僕も交ぜてもらえるのでしょうか……?」
恐る恐る尋ねるラファエに、皆はキョトンとした顔をする。
「や、やっぱりダメでしょうか?」
「何言ってんだ、いいに決まってんだろ。むしろなんでそんなこと聞くんだって感じだ」
「そうそう。遠慮なんてしなくていいのよ」
「あ……ありがとうございます……!」
アスタ達の温かい言葉にラファエは目を潤ませる。そんなラファエにスーは先程の水着を見せつけた。
「でも最下位の人にはその場でこれを着てもらうって罰ゲームがあるから注意してね」
「それ完全に僕をターゲットにした罰ゲームですよね!?」
そんなこんなで、僕・セレナ・リナ・アスタ・スー・ラファエの六人による人生ゲームがスタートした。ルールは日本のものとほとんど変わらず、僕もすんなり順応することができた。
「ヒャッハー!! 四人目の彼女ゲットオオオ!!」
現在ぶっちぎりでトップを独走しているのはアスタ。まあ、強いて違う点を挙げるなら、恋人を何人も作れるってことくらいか。ゲームはまだ中盤だというのにアスタには四人もの彼女がおり、所持金も金貨50枚を優に超えていた。
「どうだ愚民共よ恐れ入ったか!! このままハーレムエンドに向けて一直線だぜえ!!」
「す、凄いですねアスタさん。現実では全然ハーレムじゃないのに……」
「がはあっ!?」
容赦のないリナの一言に、調子に乗っていたアスタは盛大に血を吐いて倒れた。
「はっ!? ごごごめんなさいアスタさん、私思わず……!!」
「……いや、いいんだ。続けよう……」
アスタはヨロヨロと起き上がり、なんとか復活を遂げた。前から思ってたけどリナって結構天然だよな。クエストを頼んだらバイト募集のチラシを持ってきたこともあったし。
「さ……財布を落として金貨5枚を失う……」
一方の僕はと言えば、アスタとは対照的にぶっちぎりでビリを独走しており、今止まったマスに更なる追い打ちをかけられていた。当然恋人など一人もおらず、所持金貨は驚きの0枚。それどころか金貨70枚もの借金を抱えている有り様である。
「お、おかしくないか? 所持金ないのに金貨5枚が入った財布を落とすって……」
「屁理屈言わない。はいこれ」
スーによって僕の手元に「借金・金貨1枚」と書かれた紙が五枚、追加された。
覇王城でアンリ達と遊んでた時もそうだったけど、どうして僕ってこの手のゲームにとてつもなく弱いんだろうか。泣いちゃうよ? 僕泣いちゃうよ?
「せめてこんな時に恋人がいてくれたら、まだマシなんだろうけど……」
「べ、別にいいじゃない。現実には、その、アタシがいるんだし」
「……それもそうか」
恥ずかしそうに頬を染めるセレナを見て、僕は思わず笑みをこぼした。